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最後の事件記者 p.280-281 金を渡した中村秘書を落城させる

最後の事件記者 p.280-281 妻はどんなにか恐い思いをしたようだった。『暴力団が子供を誘拐したらどうしようかしら』そういって、学校へ通う長男にかんで含めるように教えた。
最後の事件記者 p.280-281 妻はどんなにか恐い思いをしたようだった。『暴力団が子供を誘拐したらどうしようかしら』そういって、学校へ通う長男にかんで含めるように教えた。

「三田の奴メ、同志のようなカオしやがって、裏切りやがったな。どうするかみていろ!」という、彼らの言葉が、私に伝ってきた。

そうこうするうちに、岸首相までが、自民党の幹事長時代に、百万円をタカられたということが判明した。事件は国会でも取上げられたので、警視庁捜査二課でも放っておけずに、後藤主任を担当として捜査を始めた。

私はこの主任に協力して、何とかして金星をあげさせようと努力した。だが、どこの出版社もどこの映画会社も、被害にあっていながら、被害を認めようとしない。被害届がなければ事件として立たない。商売人である出版社や映画会社が、金で済ませるのはまだ良いが、暴力追放をスローガンにした、岸首相の秘書官、現金を飯田橋の本部にとどけた本人までが、どうしても被害を認めない。

私は主任と同行して、甲府の奥に住む元同隊幹部を探し出して、当時の被害状況の参考人調書まで作らせた。その男を口説き落すのに、どんなに苦労もしたことか。金を渡した中村秘書を落城させるため、関係事実を調査しては主任に提供するなど、刑事以上の苦労であった。しかし、どんな証拠がでても、中村秘書(当時外相秘書官)は、被害を認めようとしない。「選挙が終るまで待ってくれ」「岸が外遊から帰ってきたら……」と。

『あんたのおかげで、次々と証拠をつきつけて、中村秘書を理責めにしたのさ。しまいには、彼

も額に油汗をかいて、もう少しで被害を認めてくれるところまでいったよ。だけど、逮捕した容疑者ではなく、協力してくれる被害者という立場だろ、むづかしいよ。認めようとしないものを、認めさせようというんだからナ。オレは捜査二課の一主任だ、あんたは外相秘書官だから、上の方へ手を廻して、一警部補のクビを切るぐらいは簡単だろうけれどと、熱と誠意で押したのサ。もう少しのところだったのに、惜しいことしたよ。あんなに協力してくれたのに、カンベンしてくれよ。本当にありがとう』

主任はこういって、私に感謝した。彼の声にならない声は、警視庁の幹部の方に、岸首相の一件はやめろと、政治的圧力がかかったのだとも、受取れるような感じだった。

この事件での、私の捜査協力はついにモノにならなかったが、何回かの記事で、私はともかくとして、妻はどんなにか恐い思いをしたようだった。「家の付近に、怪しい奴がウロついているから、今日は帰ってこない方がいいわ。奈良旅館へ泊って…」という電話がきて、私は一週間も旅館住いをした。

『暴力団が子供を誘拐したらどうしようかしら』

そういって、学校へ通う長男にかんで含めるように教えた。長男もオビエた顔で、母の注意を

聞いていた。

最後の事件記者 p.282-283 家へやってきたらどうしよう

最後の事件記者 p.282-283 バリバリッと、音を立てて、ひろげる。サッと眼を射る大きな横見出し。「自称右翼〝護国青年隊〟の内幕」、肩に太い二本見出し「恐かつ専門の暴力団、分け前は前科で決る」。何ともいえない芳香を放つインク
最後の事件記者 p.282-283 バリバリッと、音を立てて、ひろげる。サッと眼を射る大きな横見出し。「自称右翼〝護国青年隊〟の内幕」、肩に太い二本見出し「恐かつ専門の暴力団、分け前は前科で決る」。何ともいえない芳香を放つインク

『暴力団が子供を誘拐したらどうしようかしら』

そういって、学校へ通う長男にかんで含めるように教えた。長男もオビエた顔で、母の注意を

聞いていた。

『パパの留守に、家へやってきたらどうしよう。私はともかくとして、この子に手を出したりしたら……』

幼い次男を抱きしめて、彼女は真剣に考えた。そしていった。

『浅草あたりでは、一万五、六千円でピストルが買えるというじゃないの。社で前借して買ってきて下さいよ。家へ押し入ってきたら、撃ってやるんだ』

そして、しばらくしてまたいった。

『……ね、パパ、お願いだから死なないでよ。……もう、危険なお仕事はやめて!』

これが、〝ピエロ〟の妻である。ああ! 母は強く、女は弱い!

それなのに、ピエロは、踊るのをやめない。バリバリッと、音を立てて、ひろげる。サッと眼を射る大きな横見出し。「自称右翼〝護国青年隊〟の内幕」、肩に太い二本見出し「恐かつ専門の暴力団、分け前は前科で決る」。何ともいえない芳香を放つインク、何十万、何百万枚と刷ってゆく輪転機のごう音。

——この感覚のエクスタシーが、新聞というマンモスなのか。

※※護国青年隊関連資料/『日本を哭く』推薦の言葉・三田和夫※※

ピエロはとばされる

新聞記者の功名心という、誰にも説明できないピエロの衣裳は、麻薬のように本人だけのエクスタシーなのであろう。

何も光文社ばかりではない。新聞の世界にも、ガラ空きの客席を前に、一人踊り呆けるピエロの自覚が訪れてきている。去年の秋の売春汚職にからむ立松事件が、その最初のステップである。

立松記者は、デタラメやウソを書いたのではない。福田篤泰、宇都宮徳馬両代議士が、売春汚職にからんでいると、しかも、五人の代議士のうち、この二人だけは名前を出しても絶対大丈夫だ、と、ハッキリ聞いたのである。彼は私たちの前で、相手に電話した。立松もピエロだから、何もそんな芝居は必要としない男である。

相手は、検事の肩書を持つ課長である。立松はそれを信じて原稿を書いた。その結果が現役記者の逮捕である。

立松記者の上司もまた、その課長に会って確かめたはずである。社会部のピエロたちは、たと え立松記者を有罪としようとも、懲役に送ろうとも、ニュース・ソースは明かすまいと決心した。本人もそのつもりであったに違いない。