最後の事件記者 p.018-019 文芸春秋が安藤に手記を書けと…。

最後の事件記者 p.018-019 『ブンヤさん!担当!』ヨネさんの鋭い声が飛んだ。巡回の看守が、房の中を覗きこみながら通りすぎる。
最後の事件記者 p.018-019 『ブンヤさん!担当!』ヨネさんの鋭い声が飛んだ。巡回の看守が、房の中を覗きこみながら通りすぎる。

それで判った。房内には、顔に傷のある男が多いし、同一事件のホシは各署の留置場へ分散す

るのが通例だから、まさか安藤とは思わなかった。

手記の相談

運動というのは、毎日一回だけ、タバコ一本を戸外で吸わせてくれるのである。運動という名で呼ばれているが、駈け足や体操などするわけではない。オヤ指を焦がす位、時間をかけて吸う一本のタバコ、約八分ほどの間だけ、太陽光線を浴びさせる時間だ。

安藤はその後の運動の時間にも、「このたびは御迷惑をかけてしまって、何とも申しわけありません」とか、「会社の方は大丈夫ですか」「身体は悪くありませんか」などと、顔があうたびに、キチンと声をかけて挨拶をしてきた。そのようなやりとりが、私と安藤との間にあってからの、この電話なのだ。

例のように、私の健康へのいたわりの言葉があってから、彼は用件に入ってきた。

『実は、三田さん。文芸春秋から、私に手記を書けッて、いってきたんだけど、どうしましょう』

『何、手記? いいじゃないか。あンたの横井を射ったことについての、感想をかけばいいよ』

『ブンヤさん!担当!』

ヨネさんの低く押しつぶした、鋭い声が飛んだ。私はさり気なく金網をはなれて、腰をふり、小用を済ませたように装った。

コツ、コツ、コツ。巡回の看守が、房の中を覗きこみながら通りすぎる。内側から看守の動きをみていたヨネさんが、安藤の九房の前を通りすぎたのを確認して、「イイヨ」と合図した。

断線である。電話は事故のため、通話中に切れてしまった。すぐ復旧にとりかからねばならない。要領を覚えた私は、また金網にヘバリついて、小声で十房を呼んだ。

『十房、十房。十一房から、九房の安藤さん』

『ハイ、十房』

私の声を聞きつけて、十房の見も知らぬ男が立ち上ってきた。

『十一房の三田から、九房の安藤さん』

『九房、 九房。十一房の三田さんから、九房の安藤さん』

『ハイ、安藤です』

『アア、 三田です』 断線した電話は、即座に復旧した。