読売梁山泊の記者たち p.142-143 スパイ誓約書

読売梁山泊の記者たち p.142-143 「私ハ、ソヴィエト社会主義共和国連邦ノタメニ、命ゼラレタコトハ、何事デアッテモ、行ウコトヲ誓イマス。(この次にもう一行あったような記憶がある)コノコトハ、絶対ニ誰ニモ話シマセン。モシ、誓ヲ破ッタラ…
読売梁山泊の記者たち p.142-143 「私ハ、ソヴィエト社会主義共和国連邦ノタメニ、命ゼラレタコトハ、何事デアッテモ、行ウコトヲ誓イマス。(この次にもう一行あったような記憶がある)コノコトハ、絶対ニ誰ニモ話シマセン。モシ、誓ヲ破ッタラ…

しつようにおしかぶさってきて、少しの隙も与えずに、ここまでもちこむと、少佐は一枚の白い紙

を取り出した。

「よろしい、ではこれから、私のいう通りのことを紙に書きなさい」

——とうとう来るところまで来たんだ。

私は渡されたペンを持って、促すように少佐の顔をみながら、刻むような日本語でたずねた。

「日本語ですか、ロシア語ですか」

「パ・ヤポンスキ!」(日本語!)

はね返すようにいう少佐についで、能面のように、表情一つ動かさない少尉がいった。「漢字とカタカナで書きなさい」

「チ、カ、イ」(誓)

「…」

「次に住所を書いて、名前を入れなさい」

「……」

「今日の日付、一九四七年二月八日……」

「私ハ、ソヴィエト社会主義共和国連邦ノタメニ、命ゼラレタコトハ、何事デアッテモ、行ウコトヲ誓イマス。(この次にもう一行あったような記憶がある)

コノコトハ、絶対ニ誰ニモ話シマセン。日本内地ニ帰ッテカラモ、親兄弟ハモチロン、ドンナ親シイ人ニモ、話サナイコトヲ誓イマス。

モシ、誓ヲ破ッタラ、ソヴィエト社会主義共和国連邦ノ法律ニヨッテ、処罰サレルコトヲ承知シマス」

不思議に、ペンを持ってからの私は、次第に冷静になってきた。チ、カ、イにはじまる一字一句ごとに、サーッと潮がひいていくように興奮がさめてゆき、机上の拳銃まで、静かに眺める余裕がでてきた。

最後の文字を書きあげてから、捺印をと思ったが、その必要がないことに気付くとともに、「契約書の内容も判らぬうちに、一番最初にサインをさせられてしまったナ」などと考えてみたりした。

この誓約書を、今まで数回にわたって作成した書類と一緒に重ねて、ピンでとめ、大きな封筒に収めた少佐は、姿勢を正して命令調で宣告した。

「プリカーズ」(命令)

私はその声を聞くと、反射的に身構えて、陰の濃い少佐の眼を凝視した、その瞬間——「ペールヴォエ・ザダーニェ!(第一の課題)、一カ月の期間をもって、収容所内の反ソ反動分子の名簿をつくれ!」

ペールウイ(第一の)というロシア語が、耳朶に残って、ガーンと鳴っていた。私はガックリとうなずいた。

「ダー」(ハイ)

「フショー」(終わり)

はじめてニヤリとした少佐が、立ち上がって手をさしのべた。生温かい柔らかな手だった。私も

立 ち上がった。