しつようにおしかぶさってきて、少しの隙も与えずに、ここまでもちこむと、少佐は一枚の白い紙
を取り出した。
「よろしい、ではこれから、私のいう通りのことを紙に書きなさい」
——とうとう来るところまで来たんだ。
私は渡されたペンを持って、促すように少佐の顔をみながら、刻むような日本語でたずねた。
「日本語ですか、ロシア語ですか」
「パ・ヤポンスキ!」(日本語!)
はね返すようにいう少佐についで、能面のように、表情一つ動かさない少尉がいった。「漢字とカタカナで書きなさい」
「チ、カ、イ」(誓)
「…」
「次に住所を書いて、名前を入れなさい」
「……」
「今日の日付、一九四七年二月八日……」
「私ハ、ソヴィエト社会主義共和国連邦ノタメニ、命ゼラレタコトハ、何事デアッテモ、行ウコトヲ誓イマス。(この次にもう一行あったような記憶がある)
コノコトハ、絶対ニ誰ニモ話シマセン。日本内地ニ帰ッテカラモ、親兄弟ハモチロン、ドンナ親シイ人ニモ、話サナイコトヲ誓イマス。
モシ、誓ヲ破ッタラ、ソヴィエト社会主義共和国連邦ノ法律ニヨッテ、処罰サレルコトヲ承知シマス」
不思議に、ペンを持ってからの私は、次第に冷静になってきた。チ、カ、イにはじまる一字一句ごとに、サーッと潮がひいていくように興奮がさめてゆき、机上の拳銃まで、静かに眺める余裕がでてきた。
最後の文字を書きあげてから、捺印をと思ったが、その必要がないことに気付くとともに、「契約書の内容も判らぬうちに、一番最初にサインをさせられてしまったナ」などと考えてみたりした。
この誓約書を、今まで数回にわたって作成した書類と一緒に重ねて、ピンでとめ、大きな封筒に収めた少佐は、姿勢を正して命令調で宣告した。
「プリカーズ」(命令)
私はその声を聞くと、反射的に身構えて、陰の濃い少佐の眼を凝視した、その瞬間——「ペールヴォエ・ザダーニェ!(第一の課題)、一カ月の期間をもって、収容所内の反ソ反動分子の名簿をつくれ!」
ペールウイ(第一の)というロシア語が、耳朶に残って、ガーンと鳴っていた。私はガックリとうなずいた。
「ダー」(ハイ)
「フショー」(終わり)
はじめてニヤリとした少佐が、立ち上がって手をさしのべた。生温かい柔らかな手だった。私も
立 ち上がった。