読売梁山泊の記者たち p.228-229 もう一度ウラ付け取材を

読売梁山泊の記者たち p.228-229 立松は、いささかムッとした感じで、だが彼のクセで、笑いにまぎらわせて抗弁した。「河井検事に、ウラを取ったんだよ。河井のいうことを信じないなんて…。いま、キミの前で、河井に電話したのを、見ていたじゃないか」
読売梁山泊の記者たち p.228-229 立松は、いささかムッとした感じで、だが彼のクセで、笑いにまぎらわせて抗弁した。「河井検事に、ウラを取ったんだよ。河井のいうことを信じないなんて…。いま、キミの前で、河井に電話したのを、見ていたじゃないか」

「全性から、どういう経路をたどったのか。ともかく、献金リストが政界筋に流れて、その中の代議士のうち、何人かの名前の上に、丸済みのマークがある、というので、ちょっとした騒ぎになってい

るんだ、そうですよ」

椅子の背もたれに、両肘をかけて、天井へと立ち上る紫煙を、目で追っていた立松が、滝沢の説明の途中から坐り直した。

「おい、それだ。その線を追っかけよう」

「でも、全性の献金リストが、そう簡単に表に出るでしょうか。ガセネタかも、知れませんよ」

「ガセかどうかは、裏を取ってみれば分る。ともかく現物、それがなければ、写しでも手に入れるのが、先決だ」

「写しといえば、もう地検の手に渡っている、という話ですよ」

「そうか、それならなんとかなるだろう」

立松は、自信ありげに二度、三度うなずいて、やおら、火の消えかかったパイプを、口元へ運んだ》

本田は、「不当逮捕」の文中、立松が、落とし穴にはまりこんでゆく姿を、こう描写している。本田が、意識して描いたのか、どうかは、つまびらかではないが、滝沢の、「もう地検の手に渡っている」という話に、立松が、自信を得たフンイキが、良く出ている。

今でも、ハッキリと覚えているのだが、立松のメモを原稿に直した滝沢と、立松と私の三人が、その原稿をデスクに出す、という最後の段階で、私がいった。

「オレには、宇都宮が、そんな汚い金を受け取るとは、とても信じられない。明日、もう一度、ウラ付

け取材をしたらどうだね」

滝沢は黙っていた。彼は、私の部下であると同時に、立松の後輩であり、かつ、友人でもあった。

立松は、いささかムッとした感じで、だが彼のクセで、笑いにまぎらわせて抗弁した。

「河井検事に、ウラを取ったんだよ。河井のいうことを信じないなんて…。いま、キミの前で、河井に電話したのを、見ていたじゃないか」

もちろん、〝政治家オンチ〟の立松のことだから、宇都宮や福田が、どんな政治家であるかなんて、知りもしないし、考えてみたことも、なかっただろう。

立松が、そこまでいうのだったら、もう仕方がない。彼に対して、私には指揮命令権がないのだから…。

こうして、読売新聞の大誤報、といっても朝日の伊藤律会見記よりは小さいが(というのは、朝日の架空会見記は、保存版から削除されて、白地になっているが、読売のは、マイクロフィルムにキチンと写されて、いまでも入手できる)とにもかくにも、つづいて「立松記者逮捕事件」へと発展する大誤報は、輪転機のごう音のなかで、何百万部と刷られていった。

三十年後に明かされた事件の真相

そしてさらに、三十年と六カ月の月日が流れて、昭和六十三年五月二十日、朝日新聞朝刊の呼びものであった、前検事総長・伊藤栄樹の回想記「秋霜烈日」の第十三回が、意外や意外、売春汚職事件 の内幕を、ズバリとバクロしてくれた。