日別アーカイブ: 2019年8月3日

p60上 わが名は「悪徳記者」 それなら、あんたにやるよ

p60上 わが名は「悪徳記者」―事件記者と犯罪の間―三田和夫 1958 王、小林が誰か犯人を、二日の約束であずかったのだが、そのまま背負い込まされているので、連絡係のフクに喰ってかかっているのだ。
p60上 わが名は「悪徳記者」―事件記者と犯罪の間―三田和夫 1958 王、小林が誰か犯人を、二日の約束であずかったのだが、そのまま背負い込まされているので、連絡係のフクに喰ってかかっているのだ。

王と小林はプンプン怒って出たり、入ったりしていたが、やがて、私に伝言を残していなくなってしまった。

事務所の伝言によると、先程の若いヤクザを探して一緒にきてくれということだ。私は付近の喫茶店にいたその「フク」と呼ばれる男と一緒に渋谷のポニーという喫茶店に出かけた。

そこには、王、小林の両名がいて、たちまち、そのフクとの間で激しい口論になった。『何だ、二日という約束なのに、どうしたッていうんだ。いまだに何の連絡もないじゃないか』『今時のヤクザなんて、何てダラシがないんだ。他人に迷惑をかけやがって』

私は黙って三人の会話を聞いているうちにやっと様子がのみこめてきた。王、小林が誰か犯人を、二日の約束であずかったのだが、そのまま背負い込まされているので、連絡係のフクに喰ってかかっているのだ。

『一体、その男は誰だネ』

『安藤組の幹部で、山口二郎という人だ』

私の問に王が答えた。山口二郎? 聞いたことのない男だが、五人の指名手配者の誰かの変名に違いない。しかも、〝という人〟という表現だ。面白い。私は乗り出した。

『そんなみっともないケンカは止めなさい。それより、その男に私を逢わしてくれ』

『ヨシ、それなら、あんたにやるよ』

王と小林は渡りに舟とばかり、即座に答えた。私はその男をもらったのである。煮て食おうが焼いて食おうが、私の自由である。それから三十分ほどのちに、渋谷の大橋の先の広い通りで待っていた私の車を認めて、一台の車が向い側で止った。

p60下 わが名は「悪徳記者」 その男に自首をすすめた

p60下 わが名は「悪徳記者」―事件記者と犯罪の間―三田和夫 1958 旅館について、明るい灯の下で、〝山口二郎という人〟を見た私は、どうやら小笠原郁夫らしいナと感じた。いろいろの話をしたのち、私は、その男に自首をすすめた。
p60下 わが名は「悪徳記者」―事件記者と犯罪の間―三田和夫 1958 旅館について、明るい灯の下で、〝山口二郎という人〟を見た私は、どうやら小笠原郁夫らしいナと感じた。いろいろの話をしたのち、私は、その男に自首をすすめた。

私の車を認めて、一台の車が向い側で止った。

ドアを開けて、一人の男がこちらに走ってくる。私は『山口さんですネ』と念を押してうなずく男を、すぐ車中に招じ入れた。チョッとしたスリラーである。例のフクも乗りこんできた。私は運転手に『奈良へ』と、赤坂見付にある社の指定旅館「奈良」へ行くように命じた。これが、新聞記事にある〝共同謀議をした赤坂の料亭〟の正体である。旅館のママさんは、一流料亭のように扱われたのでニヤニヤであろう。近頃のデカやサラリーマン記者には、〝赤坂の料亭〟など、見たこともないし、旅館と料亭の区別もつかないのであろうか。

旅館について、明るい灯の下で、〝山口二郎という人〟を見た私は、どうやら小笠原郁夫らしいナと感じた。いろいろの話をしたのち、私はその男に自首をすすめた。

『しかし、自首といっても、形はあくまで逮捕ですよ。犯人が自首して出るなンてのは生意気ですからね。警察というものは、犯人を逮捕しなければ、威信にもかかわるのです。だから私はあなたを、あくまで逮捕させるのに協力するのです。そして、ウチの紙面でももちろん逮捕と書きます』

彼は、『まだ自首できない』と答えた。その理由をいろいろと述べるのである。私はもう深夜なので、時間を気にしはじめた。明日までに週刊「娯楽よみうり」に決りものの、「法廷だより」の原稿を書かねばならない。

『ともかく、一晩ゆっくり考えて、自首する決心をつけなさい。もし、どうしても自首できないならば、明日の夕方までにここを立ち去ってもらいたい』

と、私は厳しくいって「奈良」を出た。