だが満期の八月十三日、「犯人隠避ならびに証拠いん滅」罪で起訴された。五月二十六、七日ごろ(注、横井事件とは全く関係がない)短銃を不法所持していた小笠原を短銃不法所持の手配犯人だと承知して逃がしたというのである。また証拠いん滅というのは、小笠原を横井事件の重要な証人だと承知して逃がしたということだ。一体これはどうしたことだろう。
つまり、小笠原や私を手配したり逮捕したりしたことと、すっかり違うことなのだ。もし小笠原がピストル不法所持だけの手配犯人なら、私は会ってくれと頼まれたって会やしない。私は忙
しいのである。
小笠原が横井事件の証人だと承知していたって? とんでもないいいがかりである。私が承知していたことは、小笠原は横井事件の狙撃犯人であり、瓜二つの千葉に訂正されたけど、やはり小笠原が狙撃犯人かもしれないということである。狙撃犯人だと思えばこそ、狙撃した煙も消えないようなピストルを持っていることも当然併せ考え得るのだ。
今の印象を忌憚なくいえば、当局のサギに引っかかって、無実の罪におとしいれられようとしている感じである。刑法のサギ罪のように、人を特ダネという欺罔におとしいれて、読売記者という財物を騙取(へんしゅ)されたのだ。
小笠原が横井事件と関係がなくとも、グレン隊であればアイ口やピストルだって持ち歩くだろうに、それが一面識もなかった読売記者の私と、一体何の関係があるのだ。こうなると、私の起訴などは、街のグレン隊のつけるインネンそのものである。
小笠原を横井殺人未遂事件の犯人の重要な一人として指名手配したのは一体誰なのだろう。捜査本部はもちろん捜査二課にさえ顔出ししたことのない私には、新聞記事以外に事件のことは知らない。新聞には小笠原が「安藤組大幹部」とあったし、「射ったのは小笠原」ともあった。それだからこそ、私は大特ダネをものにしようと考えたのである。
私は出所して、小笠原の起訴事実を知り、私の起訴状を読んで驚いた。こうなると、条文通りの法律論かも知れないが、机上の空論だといいたくなる。そして、読めた。荒井検事の優しい言
葉や、笑顔や、あの調書の取り方が。私には横井狙撃犯人としての小笠原しか関係がないんだ。ピストルを持って盛り場をうろついたかもしれないグレン隊に、誰が十五年の記者経歴をかけるものか、と叫びたい。私には名誉も地位も将来も、私の収入で生活し学んでいる老母と妻子がいるんだ。〝日本一の記者〟になれるのに値する事件と犯人だと思えばこそ、やったことじゃないか。小笠原が横井の殺人未遂犯人でないのならば、私は何の関係もないはずだ。小笠原を殺人未遂犯人として手配し、私にそう思いこませたのは、一体、どこのどいつなのだ!
万年取材記者
私がもし、サラリーマン記者だったなら、もちろん、〝日本一の記者〟などという、大望など抱かなかったから、こんな目にも会わなかったろう。もし、それでも逮捕されたとしても、起訴はされなかったろう。
七月の四日すぎ、多分、七日の月曜日であったろうか、警視庁キャップの萩原君が、ブラリと最高裁のクラブにやってきた。二人で日比谷公園にまでお茶をのみに出かけた。
「オイ、岸首相がソウカンを呼びつけたという大ニュースが、どうしてウチにはのらなかったのだい、まさか政治部まかせじゃあるまい」
と、私はきいた。
「ウン、原稿は出したのだが、それが削られているンだ。実際ニュース・センスを疑うな。削っ
た奴の……」