編集長ひとり語り第36回 小渕世襲後継に反対する!

編集長ひとり語り第36回 小渕世襲後継に反対する! 平成11年(1999)11月20日 画像は三田和夫58歳(最前列右端 保定幹部候補生隊合同慰霊祭・靖国神社1979.07.01)
編集長ひとり語り第36回 小渕世襲後継に反対する! 平成11年(1999)11月20日 画像は三田和夫58歳(最前列右端 保定幹部候補生隊合同慰霊祭・靖国神社1979.07.01)
編集長ひとり語り第36回 小渕世襲後継に反対する! 平成11年(1999)11月20日 画像は三田和夫58歳(最前列右端 保定幹部候補生隊合同慰霊祭・靖国神社1979.07.01)
編集長ひとり語り第36回 小渕世襲後継に反対する! 平成11年(1999)11月20日 画像は三田和夫58歳(最前列右端 保定幹部候補生隊合同慰霊祭・靖国神社1979.07.01)

■□■小渕世襲後継に反対する!■□■第36回■□■ 平成11年(1999)11月20日

小渕前首相が亡くなって、日刊紙はしきりとその遺徳をたたえる紙面を展開している。通夜、密葬とも、青山葬儀所で盛大だったと参加者の人数を出して、アピールしているのだが、私は反論を唱えたい。

祭壇には遺影と勲章だけ。その遺言に「葬式は簡略に…」とあったとかで、献花の看板ズラリもなく、無宗教で、白花を献ずるだけというので、カッポー着のオバさんや高校生までが並んだという。

「首相臨時代理」の任命があったか、なかったかで、モメているくらいだから、この遺言は事前に用意されていたものだろう。それならばナゼ、「二世の後継は無用」も、同時に用意しなかったのか。「小渕の名を消すな」という、地元の熱意は、26歳の次女を担ごうとしているが、これほど、国民をバカにした話はない。国会議員のバッジは小淵家の私有財産な のか?

やっぱり、私は小渕恵三は首相の器ではなかったのだと思う。一国の総理という重責を担いながら、ブッチホンだ、ナンだと、パフォーマンスのみ心を砕き、十分な休養を取らなかったから、血管がブッチ切れてしまったので、いうなれば“自業自得”であり、本人はもちろん周辺の人々の補佐責任も大きいということだ。

現職で死んだもう一人の首相、大平正芳の最後も哀れなものだった。周辺の医者から聞いた話だが、心臓外科の医師たちは、バイパス手術をすすめ、そうすれば半年後には再び政治活動もできる、手術をしなければ生命の保証はできないと直言したようだ。だが、秘書や官房長官など、側近の人たちは「やりかけの仕事(利権か?)があるから」と、手術を受ければ首相を辞めざるを得ないので、手術に反対し、本人もそれを認めたというものである。そして、数日後に死んだ。これも“自業自得”である。

横綱・若乃花の引退も、能力がないのに、周辺に押されて横綱にさせられた。だから引退に追い込まれた。これも、小淵首相と同じケースだが、横綱には引退があり、年寄株で威張れるところが、首相とは違う点だ。

だが、新聞は「惜しまれて去る」と、大げさな紙面を作った。能力のない人間は能力以上の器にはなれないのである。

日本には、古来、死者に鞭打たずを美徳とする風習がある。だが、首相という最大の公人は、冷静に批判されるべきである。ましてや「小渕の名を消すな」などと、人物、識見ともわからぬ“小娘”を後継ぎになどは、言語道断である。 平成11年(1999)11月20日