黒幕・政商たち p.110-111 緒方は不吉な予感を覚えた

黒幕・政商たち p.110-111 「河野が死んで、オレも忙しくなった。ついては例の件は忙しくてやれないから断わるよ」児玉は拓銀の帯封のピン札を一千万円、押しやりながらこう緒方にいった。
黒幕・政商たち p.110-111 「河野が死んで、オレも忙しくなった。ついては例の件は忙しくてやれないから断わるよ」児玉は拓銀の帯封のピン札を一千万円、押しやりながらこう緒方にいった。

児玉は現金をかぞえてからいった。

「この中の三百万は、この男(政治記者を示し)の関係している出版社の株代金にするぞ」

緒方は児玉の堂々たる事務処理に感嘆しながら、ハイと答えた。「き誉ほうへんは別として

やはり魅力ある人物ですナ」緒方は金の工面の苦しさも忘れ、大船にのった安堵をおぼえたという。

年があけた。三月になって、経済記者から「大堀副総裁によばれ電発はほば要求額を支払うことになった。ついては、技術的な問題だが、長野鉱区の鑑定書の数字を水増ししてもらいたい」という連絡が入り、ついで児玉からも、「電発の内部調整のため、お盆がすぎたら、要求通り支払がある」と、正式な連絡があった。

この返事をきいて、緒方は感慨無量であった。晩年の父が我が子さながらの日本産銅から冷たく放逐された原因であり、経歴ある実業家が六年の歳月を費やしても、一顧だにされなかった補償交渉が、一私人の指揮で新聞記者が走りまわれば、数カ月で解決する——五・四億の大金も、経費をさし引き、株主に分配すれば、緒方には幾ばくも残らない。

「しかし、これでいいんだ。日本産銅の数百の株主に対し、その債権、債務を継承したシリカ社長として、オレは十分責任を果したのだ」緒方はそう自分にいいきかせた。だが、シリカ社長は納得できても、緒方個人は釈然としなかった。

「これが、日本の政治の現実なのか!」肩の重荷を下ろした喜びと、現実直視の苦しみの、混乱した日がすぎて、ある日、テレビニュースが、河野一郎の急逝を告げた。

その瞬間、緒方は不吉な予感を覚えたという。

四十年七月二十六日(河野の死後十八日目)、緒方は呼ばれて児玉家へやってきた。中曾根康弘と経済記者が同席していた。

「河野が死んで、オレも忙しくなった。ついては例の件は忙しくてやれないから断わるよ」児玉は拓銀の帯封のピン札を一千万円、押しやりながらこう緒方にいった。「中曾根康弘は、腕組みしたまま天井をみつめ、私の方を見ませんでした」不吉な予感は的中した。河野の突然の死が、こんな形で影響してくるとは——

これも〝政治の現実〟であった。

河野の死の前、四十年四月に電発の用地担当理事は石井に代っていた。呆然自失の数カ月がすぎた。緒方には大堀副総裁が憎かった。親密な経済記者を通して、補償を認めるといいながら、河野という重石がなくなるとヒョウ変するとは——

緒方は泣くに泣けなかった。記者を通しての大堀の返事には、何の証拠もない。児玉だって、一銭もとったわけではなし、〝お願い〟を〝断わられ〟たのだから、どうしようもないのだ。その上、とんでもないオトシ穴さえ掘られていたのに、気付いたのは後になってからであった。

その年の春、ようやく気力を回復した緒方は、山梨の田辺国男に会った機会に、この驚くべき〝現実〟について語った。