事件記者と犯罪の間 p.170-171 王と小林が誰か犯人を二日の約束であずかった

事件記者と犯罪の間 p.170-171 五人の指名手配者の誰かの変名に違いない。面白い。私は乗り出した。「その男に私を逢わしてくれ」「ヨシ、それなら、あんたにやるよ」王と小林は渡りに舟とばかり、即座に答えた。
事件記者と犯罪の間 p.170-171 五人の指名手配者の誰かの変名に違いない。面白い。私は乗り出した。「その男に私を逢わしてくれ」「ヨシ、それなら、あんたにやるよ」王と小林は渡りに舟とばかり、即座に答えた。

それからしばらくたって、私はある週刊誌から、横井事件の内幕の原稿依頼を受けた。どんなに面白いネタを集めても、自分の新聞にのらないのだから仕方がない。何しろ、私は一出先記者である。紙面制作にタッチしていないのだから、原稿の採否の権限がない。

私は依頼を引受けて、蜂須賀対横井の最高裁までの法廷の争いを調べようと思った。私は車を駈って、目黒区三谷町の王の事務所を訪れた。夜の八時ごろだったろうか。七月三日のことである。その時に安藤組の子分という若いヤクザっぽい男に会った。

事務所の二階で、各級裁判所の判決文写しなどを見せてもらっていると、階下が騒がしい。事務員がやってきて、「碑文谷署の刑事がきた」という。上ってきた刑事は、横井事件の本部から、「こちらに安藤組の犯人が立廻ったという情報だから調べてくれ、とのことです」という。

私が王から、付近のマーケットの立退き問題でモメていると聞いていたから、即座に私を誤認したイヤガラセの電話だナと判断したのだった。何しろ、その時の私は、髪は油気なしのヒゲボウボウ、Yシャツを車に脱いでアンダーシャツ一枚の姿だったから、見間違えられるのもムリはなかった。

「それは間違いでしょう。私は読売の記者で三田といいます。私を間違えたのですよ」と、笑って自ら名乗った。もちろん、何の疑念もなかった。そして、刑事たちは納得して帰っていった。王と小林はプンプン怒って出たり、入ったりしていたが、やがて、私に伝言を残していなくなってしまった。

事務所の伝言によると、先程の若いヤクザを探して一緒にきてくれということだ。私は付近の喫茶店にいたその「フク」と呼ばれる男と一緒に渋谷のポニーという喫茶店に出かけた。

そこには、王、小林の両名がいて、たちまち、そのフクとの間で激しい口論になった。

「何だ、二日という約束なのに、どうしたっていうんだ。いまだに何の連絡もないじゃないか」

「今時のヤクザなんて、何てダラシがないんだ。他人に迷惑をかけやがって」

私は黙って三人の会話を聞いているうちにやっと様子がのみこめてきた。王、小林が誰か犯人を、二日の約束であずかったのだが、そのまま背負い込まされているので、連絡係のフクに喰ってかかっているのだ。

「一体、その男は誰だネ」

「安藤組の幹部で、山口二郎という人だ」

私の問に王が答えた。山口二郎? 聞いたことのない男だが、五人の指名手配者の誰かの変名に違いない。しかも、〝という人〟という表現だ。面白い。私は乗り出した。

「そんなみっともないケンカは止めなさい。それより、その男に私を逢わしてくれ」

「ヨシ、それなら、あんたにやるよ」

王と小林は渡りに舟とばかり、即座に答えた。私はその男をもらったのである。煮て食おうが焼いて食おうが、私の自由である。それから三十分ほどのちに、渋谷の大橋の先の広い通りで待っていた私の車を認めて、一台の車が向い側で止った。