事件記者と犯罪の間 p.174-175 自首どころかもう一週間ほどかくしてくれという

事件記者と犯罪の間 p.174-175 私は短かい時間で決断を迫られていた。彼の申出をキッパリと拒絶するかきいてやるか。当局へ連絡して逮捕させるべきか、黙って別れてしまうかである。
事件記者と犯罪の間 p.174-175 私は短かい時間で決断を迫られていた。彼の申出をキッパリと拒絶するかきいてやるか。当局へ連絡して逮捕させるべきか、黙って別れてしまうかである。

自首の段取りができたら、この事件の担当である深江、三橋両記者を呼んで、逮捕数時間前のカッチリした会見記を取材する。取材が終ったら、この両記者が花を持たせたい捜査主任に連絡して、小笠原を放し、路上で職務質問の逮捕をさせるのである。

或は、小笠原の自宅に張込みをさせて、そこまで送りとどけ、細君と最後の対面をさせてやって、逮捕してもよい。仲の良い後輩であるこの二人の記者に花を持たせ、両記者は担当主任に花を持たせる。そして、当局の捜査に協力したという実績が、読売をして捜査二課に、ニュース・ソースというクサビを一本打込ませるのだ。

不忍池で現れた小笠原を車に拾い、「奈良」にとって返した私は、さらにフクの案内で現れた「花田映一」という人物に会った。私が入浴している間に、やってきた三人は、何事かを相談し合っていた。

「東興業副社長の花田さんです。何にもヤマがないので、幹部でホジョウ(逮捕状)の出ていない唯一人の人です」という紹介だった。しばらくして、

「御迷惑をおかけしてますが、何分とも宜しくお願いします」

と、花田は礼儀正しく挨拶して、一人先に帰っていった。如何にも小笠原より兄貴分らしい貫禄だった。

花田が帰り、小笠原とフクとの三人になったが、彼は一向に自首の話を持ち出さない。私が変だゾと思いはじめた時、小笠原はフクに向って、

「お前はしばらく風呂に入ってこい」

と命じて、私と二人切りの機会を作った。

すると意外にも、自首どころかもう一週間ほど、かくしてくれという依頼を切り出したのだ。

小笠原がどんな気持で、私に「逃がしてくれ」と頼んできたのか、私には未だに判らない。のちに、フクからきいたところによると「王さんや小林さんは信用できない人だと思ったので、そこにいる間中、いつサツに密告されるかと心配していた。その人たちに紹介された三田さんだし、検察庁担当の記者だと聞いて、いよいよ不安だった」そうである。

すると、三日、四日と二日間が無事だったので、すっかり信用してしまったらしい。ともかく、小笠原は花田にも、フクにも内緒で三田さんと二人だけの話ですから、北海道へでも、しばらくかくして下さい。しかし決して逃げ切ろうというのではなく、せめて社長(安藤)の後から自首したい。時間もそう長いことではない。必ず三田さんの手で自首する。御迷惑は決してかけない(自首しても逃走経路は黙秘するという意味)と、頭を下げて頼みこむのである。

私はこの時に、短かい時間で決断を迫られていた。つまり、彼の申出をキッパリと拒絶するかきいてやるか。当局へ連絡して逮捕させるべきか、黙って逃がしもせず別れてしまうかである。

私と小笠原との出会いは、前述した通りである。もちろん、安藤組とは誰一人として、今迄何の関係もなく、何の義理も因縁もなかった。王、小林にも、「かくまってくれ」とは頼まれていない。むしろ、先方で持て余していたのを、私が会わせろといったので、厄介払いをしたように、「ヨシ、あんたにやるよ」といって、全くもらってしまった身柄であるし、私の興味は新聞記者としての取材対象以外の何ものでもない。もちろん、金で頼まれたりするような、下品な男ではない。