事件記者と犯罪の間 p.196-197 立松事件のニュース・ソースの検事

事件記者と犯罪の間 p.196-197 ニュース・ソースは絶対秘匿せよという社の命令だった。だから、私はそれを守ったのだが、結果的に間違ったニュースを提供したソースをも、果して秘匿しなければいけないのか?
事件記者と犯罪の間 p.196-197 ニュース・ソースは絶対秘匿せよという社の命令だった。だから、私はそれを守ったのだが、結果的に間違ったニュースを提供したソースをも、果して秘匿しなければいけないのか?

私たち検察庁担当記者は、副部長クラスまでは知っているが、荒井検事にはもちろんはじめて。地検のあの汚いバラックの二階の小部屋に入った時、「オヤ? こんな年配で貫禄のある立派な検事が、どうして平検事でポン引だのコソ泥だの、ゴミみたいなホシを調べているのだろうか」と、まず感じた。
「逮捕状の容疑事実をどう思うか」
「全面的に否認します。第一に塚原勝太郎と共謀とありますが、共謀ではありません。第二に小笠原を庇護する目的とありますが、警視庁の捜査に協力する目的です。第三に山口二郎と偽名せしめとありますが、私は山口二郎と紹介されたので、私が偽名させたものではありません。第四

に逃走させるためとありますが、自首させるためです」

私はハッキリと否認した。

「しかし、結果的に行為は犯人隠避の行為になってしまったことは認めます。小笠原は指名手配犯人という認識もありました」

検事は私の言い分を、その通りに口述して短い調書にした。私が署名し捺印した時、検事は突然、憎々しげに私を叱りつけた。「自首などしてもらわなくていいんだ」

お前たちが協力などとノサばりでる幕じゃない。自首などしなくたって捕えてみせるぞ、それがオレの商売だ、とでもいわんばかりの口調である。

得意気に気負っている彼の背中の国家権力の姿をみた。

根っからの社会部記者

〝罪を憎んで、人を憎まず〟

私は去年の立松事件の時にも、身柄不拘束のまま被疑者として調べをうけた。やはり東京高検の川口検事だけあって、その調べは良識そのものであった。私は司法記者クラブのキャップとし

て、立松事件の真相を知っている。のちにあの事件は、政治的解決の手が打たれて、読売新聞が記事の取消を行い、告訴側が告訴を取下げて一応解決した。

私は当時読売の記者であった。そして、ニュース・ソースは絶対秘匿せよという社の命令だった。だから、私はそれを守ったのだが、結果的に間違ったニュースを提供したソースをも、果して秘匿しなければいけないのか? これは新聞界でも立松が一方的に悪い記者として片付けられているようだが、問題は残っているはずである。立松事件のニュース・ソースの検事はあの騒ぎの中で平然と顔色一つかえずに執務していた。

(写真キャプション)〈検察批判〉の温床となったのは立松事件から

私はこの一年間、司法クラブに勤務していて売春汚職、立松事件、千葉銀行事件と、三回の大きな事件に会い、そのたびに、「検察は政党

の私兵であってはならない」と主張した。