最後の事件記者 p.344-345 酔った父がいやらしいことばかりする

最後の事件記者 p.344-345 その原稿をデスクの辻本次長に渡した。すると、彼も読んだような気がするという。二人で考えてみると「人生案内」の話がこれと全く同じようなケースだった。
最後の事件記者 p.344-345 その原稿をデスクの辻本次長に渡した。すると、彼も読んだような気がするという。二人で考えてみると「人生案内」の話がこれと全く同じようなケースだった。

一人の乙女の自殺があった時にも私はウソを書いたことがある。真実を伝えなかったのである。バカな父親が、社会的にも人間的にも殺されてしまうのを防ぐためだった。
二十六年九月十八日、板橋のある病院で二十歳の娘さんが息を引きとった。前日に猫イラズをのんで自殺を図ったのだが、発見がおくれたため、手当もとうとう間に合わなかったのである。

若いサツ廻りの記者は、この事件をゴミ原稿として電話で送ってきた。私は遊軍だったので、たまたまその電話をとった。内容は「働きつかれた娘さん自殺」というものだった。母親に先立たれた長女が、父と弟妹の面倒をみて、主婦代りになって家事をやっていたのだが、それにくたびれて自殺してしまったという。それこそ七、八行の短かい記事だった。

その原稿をとり終って、私はフト、「何だか読んだことのあるような記事だナ」と思った。

「オイ、どこかの新聞が、朝刊で書いてるのじゃないか。オレは何だか読んだことがあるようだゾ」

私はサツ廻りにいった。記者は、「とんでもない」と、自分がサボっていたようにいわれたのかと思って、目に見えそうな様子で抗議した。

「アハハハ、そう怒るなよ。出ていなければいいんだよ」

そういって、電話を切って、その原稿をデスクの辻本次長に渡した。すると、彼も読んだような気がするという。それから、二人で考え出してみると、一昨日の朝刊の「人生案内」欄の話がこれと全く同じようなケースだった、ということに気がついたのだった。

取り出して読み返してみると、いよいよ全く同じである。その「人生案内」は、「イヤらしい父」という見出しで、「お酒に酔った父が、フトンをまくったり、いやらしいことばかりするので、心配で夜もオチオチ寝られない」という訴えだった。

「ウン、これだ! 同一人物かどうか、すぐ調べてくれ。ただの自殺じゃないゾ」

私は、婦人部へ行って、人生案内の担当者から、その手紙をもらおうとすると、解答者の真杉静枝女史のもとだという。車を飛ばして、真杉女史宅へ行き、事情を話してその手紙を探してもらった。

そして、娘の家へ行ってみた。お通夜で近所の人たちが集っているが、もう、父親の酔いどれ声がする。

「何しにきたンでえ。おめえたち、新聞やなんざあ、来てほしくねえんだ。帰ってくれ。とんでもねえ奴だ」

門前払いを喰わされたのだが、ハイそうですかと帰れない。板橋のいわば細民街、彼女の家もその例にもれない、古い傾いた貧しそうな家だった。私は妹を呼び出した。

「ネ、姉さんの書いたもの、手紙かノオトでもない?」

「洋裁のノオトならあるわ」

「そう、ちょっとみせてよ」

そのノオトを借りると、街灯の明りでみながら、文字の一番多いページを、そっと気付かれないように破り取った。

明るいところに出て手紙と比べてみると、文字のクセはまぎれもなく、同一人物ではないか。私は躍りあがってよろこんだが、さて、もっと具体的な事実が必要だ。父親があんな有様では、傍証を固めなくてはならないのだった。