最後の事件記者 p.348-349 二日も空白の日がある

最後の事件記者 p.348-349 私は彼女の死体の執刀医をさがした。医師は事情を聞いて、「そうですね。破瓜したのは、ちょうど一週間ほど前でしょう。傷口から判断して……」
最後の事件記者 p.348-349 私は彼女の死体の執刀医をさがした。医師は事情を聞いて、「そうですね。破瓜したのは、ちょうど一週間ほど前でしょう。傷口から判断して……」

父親の弟というその男は懸命になって頼むのだったが、私は黙っていた。真杉女史も答えない。日記をみると、如何にも文学少女らしい日記で、一日もかかさずにつけている。だが、その年の三月ごろから、父への呪いの言葉が書かれはじめている。
三月×日、父はお酒をのむと、いやらしい様なしぐさをする。それがほんとにいやだ。
四月×日、叔父は相談に来いという。なぜ行けないのだろう。叔父もやはり男性として考えているからかもしれない。私は父のある半面を非常に憎み、そしておそれている。私にとっては、あらゆる男性がおそろしい。けがらわしいもののように思えてしまう。

六月×日、父はお酒をのんでは、いやなことばかりしようとする。人の身体をさわりたがったり……

六月×日、父はなぜああなのだろう。お酒をのんではいやなことをしようとする。

八月×日、三日ほど前に書いておいた、身の上相談を今朝やっと出した。

九月×日、お母ちゃん、なぜ死んでしまったの、お母ちゃんが死んでから丸三年間、私はずいぶん苦労しました。父のこと、弟のこと、お金のこと、学校のこと、そして、近所のことでも、私は精一ぱいやったつもりです。兄ちゃんだって、姉ちゃんだって、みんな家をすてて逃げていってしまった。お母ちゃんは何もかもみているから、知っているでしょう。

私は新聞に投書しました。そして、やっと今夜答が出ていました。もう出ないと思っていたのに、死ぬ前の晩に出るなんて! これも何かのさだめかと思って、考えた末やっと叔父さんのところへ行きました。でもやはりだめでした。私の一度冷たくなった心は容易にとけそうもない。結局私が意気地なしでだめな人間なのだ。今度生れてくる時は、もっと明るい、ほがらかな娘に生れますように。   おぼろ月夜や、今宵かぎりの虫の声。

拭いきれぬ悪夢

調べてみると、この最後の日記の、ちょうど一週間前、それまでは空白の日が一日もないのに二日も空白の日がある。この日がカギだった。私は大塚の監察医務院へとかけつけた。

自殺をはじめ、変死一切、つまりタタミの上で死ななければ、その死体は、ここで行政解剖、犯罪であれば司法解剖にふされる。私は彼女の死体の執刀医をさがした。

医師は、事情を聞いて、カルテをみながら言った。

「そうですね。破瓜したのは、ちょうど一週間ほど前でしょう。傷口から判断して……」

道具は全部そろった。娘は父親に殺されたのである。人生案内の解答者が、わざわざ相談にいらっしゃい、とまでいっている。親切な解答をしているのに、娘はそれを読みながら、ネコイラズを飲んでしまった。

それは、解答の出る数日前、その忌むべき事件が起ってしまったのだ。それは日記と解剖所見とから立証される。まして、日記からも、弟妹の口からも、近所の噂話からも、男友達のないのが明らかな彼女だった。

「ナ、なにしに来やがった。あの娘が一生懸命やってた時にやァ、ハナもひっかけねえで……。大切なあの子は、お前さんたち世間をうらみながら、死んでいったんだよオ。死にゃ死んだで、物見高く覗きこみやがって、まだ苦しめたりないのかよオ」

その日も、父親は朝からの酒びたりだ。訪れた私に向って、グチッぽく、酒臭い息で、こうワメキ散らすのである。黙って、父親の悪態を聞き流していた私は、しばらく間をおいてから、低い声で憎々しげに怒鳴りつけたのである。

「何いってるンだ、ケダモノ奴! あの子は、お前が殺したんじゃないか! 人でなし奴!実の父親のクセに、実の娘を犯すなんて、お前が殺したも同然だ!」

この、一番残酷で、最も侮辱的な一ことに、父親の表情が変った。青くなってふるえ出した。