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最後の事件記者 p.254-255 オバさんは「可哀想に」と呟いた

最後の事件記者 p.254-255 ウソも方便と、ホトケ様がいわれたそうだが、この交成会の潜入で、計画的かつ継続的なウソの辛さ、苦しさをしみじみと味わわされた。
最後の事件記者 p.254-255 ウソも方便と、ホトケ様がいわれたそうだが、この交成会の潜入で、計画的かつ継続的なウソの辛さ、苦しさをしみじみと味わわされた。

しかし、鈴木は耳に入らないかのように考えこむ。グイ、グイと盃をあけながら、「本当かなあ」「救われるかなあ」と、ひとり呟いている。ややあって、鈴木は思いきったように、顏をあ

げて、真剣にオバさんをみつめていった。

『オバさん。オレはやってみるよ。その有難い教えというのを、オレにも教えてくれよ。もう一度、一人前になりたいんだよ』

鈴木は声を落して、オバさんと連れの記者とに、彼の罪多い過去から、行き詰った現在までを語り出した。

遂に潜入に成功

こうして、鈴木勝五郎こと私の、交成会へ入会のキッカケは作られた。成功したのであった。オバさんはコロリだまされて、不幸な私のため涙まで浮べてくれたのである。

ウソも方便と、ホトケ様がいわれたそうだが、この交成会の潜入で、計画的かつ継続的なウソの辛さ、苦しさをしみじみと味わわされた。一時逃れの、方便のためのウソとは違って、この人の良いオバさんの善意に対し、ウソをつきつづけるということは、今だに寝覚めの悪い感じだ。

オバさんを信じこませるため、途中でわざわざ便所に立った。オシリの破れをみせるためだ。すると、オバさんは「可哀想に」と呟いたという。効果的ではあったワケだ。

導いてくれる(入会紹介をしてくれる)と決れば、もう短兵急である。明朝の約束をして、それこそ明るい気持で店を出た。駅の近く、暗い横丁へ待たせてあった車にサッと飛びこんだ。

ところが、その衣裳のままで、社の旅館に入ったところが、顔見知りの政治部記者が、廊下の向うで私をみていた。その記者はあとで女中に向って、「どうしてアンナ汚いのを泊めるのだ」と怒ったという。女中たちと大笑いしたが、自信もついてきた。

翌朝早く、その呑み屋へ行って、オバさんを叩き起した。彼女は少女と一緒に、店の奥の一畳ほどのところに、センべイ布団でゴロ寝だ。モゾモゾと起き出してきて、新聞紙で粉炭を起す。洗面すると、交成会発行の総戒名という、先祖代々の戒名に向い、タスキ、ジュズの正装で、お題目を二十分ばかり、朝のお勤めである。

それから朝食だが、これには驚いた。やっとおきた粉炭でお湯をわかし、丼に入れた洗わないウドン玉の上に、おソウザイ屋のテンプラをのせ、醤油をかける。それにお湯をそそいだ、即席テンプラうどんだ。不潔な上にまずそうで、吐き気すら催しそうだ。

だが、おばさんも外出姿になると、精一ぱいのオシャレだから、電車に乗ると、私のみすぼらしさたるや、彼女が同行するのも恥づかしかろうと思うほどだ。蓬髪、不精ヒゲ、オーバーなし

の穴あきズボンに、ヒビ割れ靴というのだから……。

最後の事件記者 p.256-257 「もっと熱心に信心しなければ」

最後の事件記者 p.256-257 いずれも支部と自分の名を書いたノシ袋に、オサイ銭を入れて、本部拝殿前の三宝の上に差出す。名前が明らかにされるのだから、誰でも数枚の百円札はハズまざるを得ない。
最後の事件記者 p.256-257 いずれも支部と自分の名を書いたノシ袋に、オサイ銭を入れて、本部拝殿前の三宝の上に差出す。名前が明らかにされるのだから、誰でも数枚の百円札はハズまざるを得ない。

だが、おばさんも外出姿になると、精一ぱいのオシャレだから、電車に乗ると、私のみすぼらしさたるや、彼女が同行するのも恥づかしかろうと思うほどだ。蓬髪、不精ヒゲ、オーバーなし

の穴あきズボンに、ヒビ割れ靴というのだから……。

こちらも国電に乗ると緊張した。誰か知人に出会って、「よう」などと、肩を叩かれたら大変。「何だ、読売はやめたのか?」と、きかれること間違いなしの格好だからだ。伏眼がちに、四方を警戒しながら、やっとのことで新宿駅へ。そしてバスで本部へ。

行ってみると、オサイ銭をあげるオバさんの気前の良さに驚いた。冬のさ中にあんな朝食をとるオバさんが、実にカルイ気持で三百円もの大マイを、妙佼先生に捧げる。イヤ、ふんだくられているのだ。

バスを降りると、参拝者の列がつづく。それが、いずれも支部と自分の名を書いたノシ袋に、オサイ銭を入れて、本部拝殿前の三宝の上に差出す。名前が明らかにされるのだから、誰でも数枚の百円札はハズまざるを得ない。しかも、信者の勤労奉仕の道路整理係がいて、信者の群れを本部拝殿前へと追いこむのだ。そこを通らぬと、直接は修養道場へ行けないように、交通制限をしている。

そして、拝殿前でこのノシ袋を市価より高く売っているのは、教祖一族のものだというから、二重、三重のサク取である。

金の成る礼拝道路を経て、修養道場へ入る。道場というと立派そうだが、要するにクラブである。大広間になっていて、支部ごとに別れて、支部長を中心に〝法座〟を開いている。輪(和)になって、妙佼先生の代理ともいうべき支部長さんの前で、ザンゲしたり教えを受けたりする場だ。

しかし、実際は、例のノシ袋で支部ごとのオサイ銭上り集計表が作られて、支部長が「もっと熱心に信心しなければ」と、金のブッタクリを訓示する場所である。〝熱心に信心する〟ということは、〝毎日本部へ来る〟ことである。本部へ来れば、あの礼拝道路を必らず歩かせられるのだから。

支部長の御託宣

オバさんの支部長への報告の済むまで、隅ッこに坐っていた私は、やがて法座へ加えられた。そこで、まず、ザンゲをしなければならないのである。

肩を落し、低い声で、とぎれとぎれに語る私のセリフに、年配のオカミさんたちの、好奇の視線が集まる。……とうとう女房は逃げてしまったのです。私はすてられました……という件りに

きたとき、支部サン(支部長)の声がかかった。