『本多の専攻は?』
『細菌』
事務的な、意味のない応酬だった。
『兵役は?』
『陸軍技師、満洲第七三一部隊付』
『復員年月日は?』
「分らないわ』
『その後の職業は?』
二人とも、レースのカーテンを通して、舖道に行交う人々の足をみつめている。
『長屋研究所に復職』
『現在も?』
『違うわ』
沈黙が再び二人を支配するのが恐かった。間のびした、呟くような会話だった。
『ぢゃ、今は?』
『東京製薬取締役、付属血液研究所長よ』
『エ?』
勝村は我が耳を疑うように、顔をあげてチェリーをみつめた。テーブルを越えて彼女の両腕を確かりとつかまえていた。
『何だって? もう一度!』
終りまで聞かずに彼は立上って歩き出していた。
『東京駅!』
表の駐車場でタクシーに怒鳴る勝村の姿が、カーテンでボヤけながらも、チェリーの瞳に映った。彼の乗った車が吐きだしたガソリンのスッとした匂いが、ガラスを通して彼女のまわりにただよってきたようだった。
『本多さん、大変な目に遭ったのよ、今』
十八貫もの豊満な身体を弾ませながら、高橋サキ女史が研究室の扉をあけた。
『チョッと待って』
ここは所長室に続いた本多の個人研究室だった。ヂット顕微鏡を覗く本多の顔を見守っているのは、意外にも外人だったので、女史もいささかたぢろいだが、馴れたものでニッコリ会釈した。
国連軍に乾燥血漿を納めるようになってからは、衛生関係の将校も女史のサロンの客となっていたから、研究所に外人がいても不思議ではなかった。
本多が眼をあげて外人をみた。微笑が口辺に浮ぶ。
『生きています。大丈夫です』