正面中央に大きなデスクをすえて、キチンと軍服をきたペトロフ少佐が坐っていた。傍らに
は、みたことのない若いやせた少尉が一人。その前には、少佐と同じ明るいブルーの軍帽がおいてある。ピンと天井の張った厳めしいこの正帽は、NKだけがかぶれるものである。
密閉された部屋の空気はピーンと緊張していて、わざわざ机の上においてある帽子の、眼にしみるような鮮かな色までが、すでに生殺与奪の権を握られた一人の捕虜を威圧するには、充分すぎるほどの効果をあげていた。
『サジース』(坐れ)
少佐はかん骨の張った大きな顔を、わずかに動かして向い側の椅子を示した。
——何か大変なことがはじまる!
私のカンは当っていた。私は扉の処に立ったまま落ちつこうとして、ゆっくりと室内を見廻した。八坪ほどの部屋である。
正面にはスターリンの大きな肖像が飾られ、少佐の背後には本箱、右隅には黒いテーブルがあり、沢山の新聞や本がつみ重ねられていた。ひろげられた一抱えの新聞の「ワストーチノ・プラウダ」(プラウダ紙極東版)とかかれた文字が印象的だった。
歩哨が敬礼をして出ていった。窓には深々とカーテンがたれている。
私が静かに席につくと少佐は立上って扉の方へ進んだ。扉をあけて外に人のいないのを確か
めてから、ふり向いた少佐は後手に扉をとじた。
『カチリッ』
という鋭い金属音を聞いて、私の身体はブルブルッと震えた。
——鍵をしめた!
外からは風の音さえ聞えない。シーンと静まり返ったこの部屋。外部から絶対にうかがうことのできないこの密室で、私は二人の秘密警察員と相対しているのである。
——何が起ろうとしているのだ?
呼び出されるごとに立会の男が変っている。ある事柄を一貫して知り得るのは、限られた人人だけで、他の者は一部しか知り得ない組織になっているらしい。
——何と徹底した秘密保持だろう!
鍵をしめた少佐は静かに大股で歩いて再び自席についた。それからおもむろに机の引出しをあけて何かを取りだした。ジッと少佐の眼に視線を合せていた私は、『ゴトリ』という鈍い音をきいて、机の上に眼をうつした。
——拳銃!
ブローニング型の銃口が、私に向けておかれたまま冷たく光っている。つばきをのみこもう と思ったが、口はカラカラに乾ききっていた。