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最後の事件記者 p.190-191 百万円持ち逃げ事件

最後の事件記者 p.190-191 『今日のおタクの夕刊に出ている、仙台の百万円持ち逃げ犯人と同じような男が、ウチに泊っていますがどうしましょうか』
最後の事件記者 p.190-191 『今日のおタクの夕刊に出ている、仙台の百万円持ち逃げ犯人と同じような男が、ウチに泊っていますがどうしましょうか』

彼女はAさんのニコヤカな表情に迎えられたが、私へは誰の顔からも反応がない。果物をAさ

んの枕許におくと、巡査に背を向けて内ポケットの写真をとり出した。

『この男ですか』

Aさんは似てると答えたが、隣りのMさんは、サアと考えた。もう、バレても仕方がない。見舞を装って、男の側へ廻ると、二人の男の枕許で、大ぴらに写真を見せた。二人とも似ていますよ、と答えた時、私は背後から巡査に抱きすくめられてしまった。

面通しの結果は、七十五%も似ている、だったが、このSはやがてシロくなった。私の面通しの結果で、ヴェテラン記者が、すぐその夜に山形へ会いに出張したほどだったが。

下山事件の時は、法医学会へ週刊読売の沢寿次編集長が、法医学者を装ってモグリこんだのだが、開会前に、学校名と氏名の点呼が行なわれて、ツマミ出されたということもあった。

百万円持ち逃げ事件

私の心理作戦が、本当に実を結んだ事件がある。「百万円の四日天下」と、続き写真入りの紙芝居である。私はそこで、旅館の番頭に扮して、ピストルをもった百万円拐帯犯人の逮捕に協力したのであった。

神田神保町の甲陽館という旅館の女将から、電話がかかってきたのは、もう夕方であった。夕刊も終り、朝刊へうつる、緊張から解放された時間だったので、私はものうく、鳴りつづける電話に手をのばした。受話器を耳にあてると、あたりをはばかるような相手の声に、私はハッとひきしまった。

『今日のおタクの夕刊に出ている、仙台の百万円持ち逃げ犯人と同じような男が、ウチに泊っていますがどうしましょうか』

愛読者というものは、ありがたいもので、警察よりも先に知らせてくれたのだ。私はもう一人の記者と、旅館へかけつけた。指名手配の犯人は小島行雄(二一)だが、宿帳には小島行夫とかいてある。

事情を聞いてみると、この日の夕方四時ごろ、若い男二人がパンパン風の若い女二人と連れ立って現れた。四人は少憩ののち、一緒に出かけたかと思うと、やがて男女四人とも、上から下まで新品づくめの、バリッとした服装に変って帰ってきた。

やがて女二人が出かけ、男二人は夕食を食べてからおでかけである。「あの年でどうしてあんなに金が?」と、首をカシげながら、女将が夕刊に眼を通すと、パッと眼を射たのが「百万円持

ち逃げ」の記事だ。宿帳とつき合せてみると、名前も住所もほとんど同じ。

最後の事件記者 p.192-193 怪しまれない人物は?

最後の事件記者 p.192-193 番頭に大男は禁物である。金のある奴は大体からして、肥った小さいのが多い。私は五尺七寸五分の長身、眉目秀麗で、あまり〝番ちゃん〟スタイルではない
最後の事件記者 p.192-193 番頭に大男は禁物である。金のある奴は大体からして、肥った小さいのが多い。私は五尺七寸五分の長身、眉目秀麗で、あまり〝番ちゃん〟スタイルではない

やがて女二人が出かけ、男二人は夕食を食べてからおでかけである。「あの年でどうしてあんなに金が?」と、首をカシげながら、女将が夕刊に眼を通すと、パッと眼を射たのが「百万円持

ち逃げ」の記事だ。宿帳とつき合せてみると、名前も住所もほとんど同じ。

『もう恐くてヒザがガタガタ……』と。そこで、相談かたがた本社へ急報したという次第だった。

部屋にはボストンバッグが二つ。中をあけてみることは容易だが、もし全くの人違いだったらエライことだ。まず、小島行夫が、小島行雄であることを確認せねばならない。「二人に会っても怪しまれない人物は?」と、考えついたのが、旅館の番頭である。

番頭に大男は禁物である。客を見下すことになるし、金のある奴は大体からして、肥った小さいのが多い。私は五尺七寸五分の長身、眉目秀麗で、あまり〝番ちゃん〟スタイルではないが、これは演技カで補うことにした。衣裳は、肝心なのがズボンである。これは坐りつけているため、ヒザが丸くなっていなければいけない。そこで、ツンツルテンだけれども、衣裳はすべて本物と決めた。

同行の記者は、写真の手配、サツとの連絡係だ。こうして、準備万端整えて、初日兼千秋楽の幕が上ったのは夜の十時すぎ。主役の私は帳場のオモテイタツキである。

表がガヤガヤとやかましくなったとみるや、男たちは付近のキャバレーの女の子たちに囲まれ

て、御機嫌うるわしい御帰館、いや登場である。

『お帰りなさいまシ』

帳場から飛び出すや、小腰をかがめて、モミ手よろしく、スリッパをそろえる。

『オット、お危うございます』

小島の腕をとるとみせかけて、実は身体捜検。ピストル、アイ口類の兇器が、背広の下にかくれていないかと、さわってみる。

『何分、夜は女中どもを休ませますので…。何しろ、労働何とかの時代で…』

と、言い訳しながら、酒だ、ビールだと騒ぐのをあしらって、再び部屋での酒盛りのサービスに忙しい。台所では、女将や女中たちが、他処行き姿の番頭まで加えて、おびえたような顔で待っている。

番頭作戦成功

女の子たちが、「菓子」というので、また台所へ飛んできて、菓子鉢を持ってゆくと、

『ドオ、番頭さん、甘いのは?』

最後の事件記者 p.196-197 私の名演技〝番頭〟が酒の肴に

最後の事件記者 p.196-197 パラリとほどけた結び目から、キチッと帯封された十万円の札束が六つ。つづいて、バッグの底から、ズシリと出てきたのが、大型の十四年式拳銃。今度は記者や女中たちの息をのむ番だった。
最後の事件記者 p.196-197 パラリとほどけた結び目から、キチッと帯封された十万円の札束が六つ。つづいて、バッグの底から、ズシリと出てきたのが、大型の十四年式拳銃。今度は記者や女中たちの息をのむ番だった。

女中が廊下から呼ぶ、刑事がきた!

『アノ、誠に恐れ入りますが、別のお部屋で、お客様にチョット間違いがございましたので、警

察の方が……』

サツと聞いて、ガバとはね起きた小島は、床の間へ手をのばしたが、もう、その時には二人の刑事がズイと入ってきていた。

職務質問だ。バックの中味が取出される。白いハンケチ包みが出る。

「アア、カメラね』

これがお芝居とは気づかぬ女たちは、社長令息を信じきって、かえってハシャギながら叫んだ。

パラリとほどけた結び目から、キチッと帯封された十万円の札束が六つ。女たちもさすがにハッと息をのむ。男二人は、机にうつ伏して、肩で息をしている。もはや、立派に覚悟の態だった。

つづいて、バッグの底から、ズシリと出てきたのが、大型の十四年式拳銃。今度は記者や女中たちの息をのむ番だった。

その夜も、そして、その次の夜も、ことに「ハンニンタイホニ、ゴキョウリョクヲシャス」という、仙台北署長からのウナ電のきた次の夜などは、社の付近の呑み屋で、私の名演技〝番頭〟が酒の肴になっていた。私は、警察の捜査の〝協力者〟であった。

「東京租界」

新聞記者入るべからず

二十七年四月二十八日、日本は独立した。この年の二月の末から、社会部では、辻本次長が担当して、「生きかえる参謀本部」という続きものをはじめ、私もその取材記者として参加した。これは、講和を目前に迎えて、日本の再軍備問題を批判した企画であった。

この早春のある朝、私は辻政信元大佐を訪れた。仮寓へいってみると、入口には、「警察官と新聞記者、入るべからず」と、墨書した木札が出ている。これにはハタと困って、しばらくその門前で考えこんでしまった。

だが、そのまま引返すほどなら、記者はつとまらない。私は門をあけ、玄関に立った。日本風の玄関はあけ放たれて、キレイに掃除してある。「御免下さい」と案内を乞うと、すぐ次の間で 声がした。