『暴力団が子供を誘拐したらどうしようかしら』
そういって、学校へ通う長男にかんで含めるように教えた。長男もオビエた顔で、母の注意を
聞いていた。
『パパの留守に、家へやってきたらどうしよう。私はともかくとして、この子に手を出したりしたら……』
幼い次男を抱きしめて、彼女は真剣に考えた。そしていった。
『浅草あたりでは、一万五、六千円でピストルが買えるというじゃないの。社で前借して買ってきて下さいよ。家へ押し入ってきたら、撃ってやるんだ』
そして、しばらくしてまたいった。
『……ね、パパ、お願いだから死なないでよ。……もう、危険なお仕事はやめて!』
これが、〝ピエロ〟の妻である。ああ! 母は強く、女は弱い!
それなのに、ピエロは、踊るのをやめない。バリバリッと、音を立てて、ひろげる。サッと眼を射る大きな横見出し。「自称右翼〝護国青年隊〟の内幕」、肩に太い二本見出し「恐かつ専門の暴力団、分け前は前科で決る」。何ともいえない芳香を放つインク、何十万、何百万枚と刷ってゆく輪転機のごう音。
——この感覚のエクスタシーが、新聞というマンモスなのか。
※※護国青年隊関連資料/『日本を哭く』推薦の言葉・三田和夫※※
ピエロはとばされる
新聞記者の功名心という、誰にも説明できないピエロの衣裳は、麻薬のように本人だけのエクスタシーなのであろう。
何も光文社ばかりではない。新聞の世界にも、ガラ空きの客席を前に、一人踊り呆けるピエロの自覚が訪れてきている。去年の秋の売春汚職にからむ立松事件が、その最初のステップである。
立松記者は、デタラメやウソを書いたのではない。福田篤泰、宇都宮徳馬両代議士が、売春汚職にからんでいると、しかも、五人の代議士のうち、この二人だけは名前を出しても絶対大丈夫だ、と、ハッキリ聞いたのである。彼は私たちの前で、相手に電話した。立松もピエロだから、何もそんな芝居は必要としない男である。
相手は、検事の肩書を持つ課長である。立松はそれを信じて原稿を書いた。その結果が現役記者の逮捕である。
立松記者の上司もまた、その課長に会って確かめたはずである。社会部のピエロたちは、たと え立松記者を有罪としようとも、懲役に送ろうとも、ニュース・ソースは明かすまいと決心した。本人もそのつもりであったに違いない。