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迎えにきたジープ p.096-097 勝者の敗者への復讐裁判

迎えにきたジープ p.096-097 The Soviet army conducted a war crimes trial in the Khabarovsk military court for the preparation and use of bacterial weapons, with twelve defendants, including General Otozo Yamada. After that, even the Emperor was nominated as a bacterial war criminal.
迎えにきたジープ p.096-097 The Soviet army conducted a war crimes trial in the Khabarovsk military court for the preparation and use of bacterial weapons, with twelve defendants, including General Otozo Yamada. After that, even the Emperor was nominated as a bacterial war criminal.

東京細菌戦始末記

一九五〇年十月、国連保健部長ブロック・チスホルム博士は、英国学識者の研究会の席上で『細菌兵器は攻撃目標になった大陸の人口の過半数を絶滅し得る。それゆえ戦争の道具としての原爆はすでに古くなってしまった』と、語っている。

戦後、ソ連軍はハバロフスクの軍事法廷で、関東軍司令官山田乙三大将以下衛生兵にいたるわずか十二名の者を被告として、細菌兵器の準備および使用の廉による戦犯裁判を行った。そして二十五年二月一日、さらに天皇までを細菌戦犯として指名した。

今、七十四才の老齢である山田大将以下は『自由ヲ剥奪シ二十五年間ヲ期限トシテ矯正労働収容所ニ収容スベシ』という判決を与えられ、それぞれ強制(矯正?)労働に服役してるという。

だが、果して細菌戦を準備していたのは、日本だけであったろうか? 軍事研究誌「大陸問題」(大陸問題研究所発行、二十七年第六号)は『米ソ両国の細菌戦準備について』で、ソ連の細

菌戦準備の状況を正確な資料にもとずいて暴き、ハバロフスク裁判が、勝者の敗者への復讐裁判であることを明らかにしている。

そして、いまや米ソ両国の謀略うずまく魔都と化した最近の東京では、誰も気付かぬうちに不思議な事件が次から次へと起きては消えていっている。

一 作られない捕虜名簿のナゾ

この物語は、極北の地シベリヤで永遠のナゾと消えた数十万同胞の、悲しい運命をたずねて、静かに一昔前にさかのぼる……

ゆるやかな大地のうねりが、果しなく続いて、丘、また丘。コルホーズらしい人家の影すら求められない、いわゆるシベリヤ大波状地帯は、すでに雪と氷の白一色におおわれている。樹氷となった白樺の疎林の低さも、またうそ寒い。昭和二十一年一月から二月にかけてのことだった。

ここ中部シベリヤの炭坑町チェレムホーボの郊外にある第一収容所は、ゼムリャンカ(半土窟建築の家)のバラックが十棟以上も並び、旧日本軍の捕虜を約四千名も収容した、同地方最大のものだった。

この辺一帯は豊富な炭田地帯で、地下五、六尺も掘ればもう泥炭層が現われ、さらにその下には油でギラギラ輝く黒ダイヤが眠っている。

迎えにきたジープ p.140-141 戦犯中の極悪人本多は自由の身

迎えにきたジープ p.140-141 "I found out about that man. Fukuzo Honda, 43, a doctor of medicine. From the University of Tokyo Faculty of Medicine. The old occupation was a researcher at the Nagao laboratory of Wakamoto."
迎えにきたジープ p.140-141 ”I found out about that man. Fukuzo Honda, 43, a doctor of medicine. From the University of Tokyo Faculty of Medicine. The old occupation was a researcher at the Nagao laboratory of Wakamoto.”

ハルビン石井部隊の戦犯裁判の公判記録だ。大谷はパラパラとめくりながら、若干イヤな顔をした。ハルビン第二陸軍病院長として自分も関係していたことがあったからだ。証拠書類の項には当時の軍命令や各級部隊命令など、軍事極秘の書類の写真版が多数納められていた。

『ノルマ社長の小竹博助の友人で奥津久次郎というのが、三巴商事という貿易商社を丸ビルで開いている。今度はさらに二千冊のソ連図書が、正式にポンド決済で輸入されるから期待してい給え』

珍らしいキリコフの雑談を聞き流しながら、大谷はフトある一頁に眼を止めた。『……本多研究員ノ命令デ、私ハ〝丸太〟ヲ柱ニ縛リツケマシタ……』この本に、こうして戦犯中の極悪人として扱われている本多は、内地にいて自由の身となっており、何も知らず上官の命のままに動いた一衛生兵が、麗々しく戦犯の片棒をかつがせられている現実。

大谷はハルビン病院の院長室で、女医チェレグラワー女史の豊満な肉体のとりことなってから、生体解剖をきっかけに、ずるずると引ずり込まれた自分の姿を想って、さく然としたままキリコフに答えなかった。

五 朝鮮戦線に発生した奇病

勝村は冷たいコーヒーを注文して、チェリーの現れるのを待っていた。

『待った?』

明るい声がしてチェリーが立っている。人出入りの多いデパートの喫茶室では、この二人に注意する者もない。

『あの男のこと、分ったわ。本多福三、四十三才、医博、論文は何でも消化器系統の伝染病よ。何とかいったけど憶え切れなかった』

『学校は?』

『あ、そうそう。東大医学部。学士会名簿にも出ているから本当よ。職業は昔のだけど、ホラ〝いのもと〟という薬の社長のやっている長屋研究所員』

『やはり、本多に間違いなかったか』

『アラ、知っていたの? あの時は知らないといってたのに』

『イヤ、後で想い出したんだ。シベリヤで逢ったことがあったんだヨ』

『そお、で、私へのプレゼントは?』

チェリーは悲しい表情で勝村をみつめた。彼女の知っている限りのものを、男の仕事の役に立つならばと、何でも話していた。そしてその限りでは献身的な、殉教者的な深いよろこびを感ずるのだった。

しかし、彼女も逃れられない運命を背負っている。男に何か米国側の情報をもらう時、それが特に意識されて悲しかった。意識した二重スパイも、或は強制された逆スパイも、常にどちらかへ比重をおいているものだ。