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雑誌『キング』p.119上段 幻兵団の全貌 諜報業務に協力

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.119 上段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.119 上段

この日は意外にも四人の将校がおり、モスクワの大佐というのが取調べに当たった。前日の大尉と少尉のほかに、霜降りの詰襟に乗馬ズボンの男がいたが、何者か分からなかった。この男だけは全く沈黙を守っていた。

政治的な話題からはじまって、履歴、収容所内の状況、情報勤務の状況など、詳細に取調べをうけ、さらに続いて一日おきに二十日、二十二日と呼び出された。

二十二日には、諜報業務に協力しないかといわれ、ついに誓約書を書いた。

白西洋紙の美濃判の紙にペン書きしたが、深夜の一時ごろ終わった。大佐は握手を求めて、砂糖湯、鮭カン詰、カルバサ(腸詰)、リビョーシカ(ジャガイモ料理)、黒パンなどを御馳走してくれた。金は一〇〇ルーブルもらった。

翌々二十四日に再び大佐の調べ室に呼び出されたので、何事だろうと思って行くと、大佐は厳粛な態度で、

『Dは戦犯事実なきことを宣言する。近日中に釈放を許可する』

と、誓約書の一件など全く知らないような顔で、私の戦犯容疑が晴れたという判決を下したのだった。そのころ、私の写真はすでに調べ室で撮影済みだった。

私は翌々二十六日に釈放となり、スパイ命令は

雑誌『キング』p.117中段 幻兵団の全貌 ポルトウインで陶然

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.117 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.117 中段

っていました。車から降りた二人は、ご持参のポルトウイン(ブドウ酒)やシャンペンスキーの栓を抜き、カルバザ(腸詰)をひろげて、私の方をみてニッコリ笑いながら、人差指と親指でポンとのどを弾くのです。これはソ連人の『一パイやるか』といったような仕種です。

何が何だか、夢のようで分かりませんでしたが、松林の静まり返った中で、捕虜になってからみたこともない御馳走で、宴会がはじまりました。わずか一、二杯のポルトウインで、すっかり陶然としたころ、少佐らしい背広の男がニコヤカに話を進めてきたのです。

『あなたは、絶対に否とはおっしゃいませんでしょう?』

私には、その時になってはじめて、マーシャの残していった、謎のような言葉が思い当たりました。

私は誓約書を書きました。運転手は、いつ、どこに消えたのか、姿がみえません。背広も、中尉も、一言も脅迫がましいことはいいま