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雑誌『キング』p.138中段 幻兵団の全貌 ソ連へ忠誠を誓う百人

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.138 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.138 中段

その第二は、たとえば炭坑のチェーン・コンベヤが故障を起こせば、モーターを分解して完全修理せずに、力まかせにチェーンを引っ張って無理やり動かしてしまう、といったような原始的なソ連的方式から、一万人のスパイをつくっておけば、裏切り、死亡その他の事故で、一万人が百人に減っても、その最後までソ連へ忠誠を誓う百人に期待するということだ。つまりスパイの目減りを見越していたともいえよう。だからソ連にとっては、裏切りのスパイ達によって、その組織のある程度が暴露されても、十人でも百人でも〝本物〟が残ればよい、と考えているに違いない。

〝スパイ〟を拒否しても、殺されもせずに無事引揚げて、静かに平和な幸福につつまれて生活している人がいるということは、〝生きて帰る〟ために誓約書を書いてしまっても、引揚げてきた

雑誌『キング』p.137中段 幻兵団の全貌 デスメズガン国際懲罰収容所

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.137 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.137 中段

『大馬鹿野郎! 今に思い知らせてやるゾ!』

そのすさまじい権幕に、さすがの私も脇の下に冷汗をビッショリかいていた。

だが、拳銃や営倉の脅迫もなく、この二回にわたる調査に関して、絶対に他言をしないという誓約を一札入れさせられたのだった。

このままでは済むはずがないと、もんもんの日を送るうち、果たして一カ月後の七月末に転属命令が出て、第二三分所に移り、管内から集められた逃亡未遂者と共に九月二十三日夜貨車に積まれ、厳重な監視のもとに出発した。一月ほどの苦しい旅行ののち、到着したのは中央アジアの地の果てともいうべき砂漠地帯、デスメズガンの国際懲罰収容所だった。

ここには、ドイツ、ハンガリー、ルーマニア、イタリア、日本、中国、朝鮮、蒙古、白系露人など十四カ国人の、主として逃亡者や反ソ分子が、重労働と栄養失調にあえぎながら働いていたのだった。…私は懲罰の期間もすぎたのか、のちにカラカンダに移り、身体虚弱者としてついに帰国することが叶えられた。

㊁村上富雄氏の場合(談話)

(岩手県気仙郡矢作村、元少尉、ウォロシロフより二十三年四月復員)

二十二年九月十六日、ウォロシロフ五六三労

雑誌『キング』p.136中段 幻兵団の全貌 引揚者同盟や親睦会

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.136 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.136 中段

されていた人の一人は、引揚者同盟の幹部であり、他の一人は官庁資料課長であること。またメムバーの有力な一員が、東京と大阪とで、それぞれ引揚者の親睦会を組織していること。アクチヴだった者にきけば、まったく否定する誓約書の事実も、反動だった者にたずねると事細かに話してくれること。——確かにエラブカ将校収容所が、〝幻兵団〟で果たしている役割は大きいものである。

誓約書を迫られ『日本人だから日本のことは売れない』と、つっぱねたところ、『それでは外国のことならよいだろう』と、つけこまれて、ついに署名をしたという吉田元中佐。

雑誌『キング』p.135中段 幻兵団の全貌 女中尉のカバン持ち

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.135 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.135 中段

った。㊁金持ち、名門、特異な職業の者などを対象としていたこと。㋭反動の偽装と日本における地下潜入をハッキリと示していること。などの諸点である。

背が低く四角いアカラ顔の、そのNK中佐のもとに、モスクワ東洋大学の言語学科出身という腕達者な女中尉が日本人部長として、ニラミを利かしていただけに、一部の極反動を除いては、ほとんどが懐柔されてしまった。ことに、若い尉官たちの活動的な民主運動に圧迫を感じた、参謀肩章の佐官や、中年の尉官たちが、自己保身のために、意外なほど簡単に妥協してしまったらしく、参謀長が部下参謀をさしおいて先に帰還したという例が多い。

ここで女中尉のカバン持ちをしていたという、北海道の多田光雄(三二)元少尉は、『ソ同盟情報部との誓約書にいたっては、ふきだしてくる。これでみるとソ同盟側ではとりわけファシストをえらんで、誓約書をかかせたものらしい』と、アカハタ記者に語っているが、反動に誓約書をかかせたということは事実で、多田氏は〝ふきだしてくる誓約書〟の真相を知って、語るに落ちているわけだ。

今年の一月に入った高砂丸で帰ってきた元男爵細川元中佐参謀なども『〝幻兵団〟には民主グループは駄目で、反動から探している』と語

雑誌『キング』p.134中段 幻兵団の全貌 霞ヶ関の某官庁に

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.134 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.134 中段

緊張を示し、恐怖か嫌悪を感じていたことを物語っている。

また、✕✕✕と聞いただけで、いままでの警戒心を解いたことについては、『✕✕✕の某局長が中学の同窓生なのでその人の紹介だと思った』と弁解したが、帰京後某局長に質すと、『G氏の名前だけは知っているが、人を紹介したり、されたりする仲ではない』と答えた。すなわちG氏には、某局長以外の人物で、✕✕✕に心当たりがあるのだが、ことさらにその人をかくして、思い付いた某局長の名をあげたと、考えられる。

年末に日帰り上京したことについては『暮れの忙しいのにそんな暇があるものですか』と否定したが、私がG氏の身辺調査に着手する以前に、G氏の自宅で、訪客に対しておのずから問わず語りに、上京の事実について話している。

しかもこの上京が『✕✕✕に用事があって』と称されているので、某局長の名をあげたこととともに疑惑を深めている。

合言葉に対する表情の激変と、小さな叫びをもらしたことに対しては『初対面の男が名前も名乗らずに事業の話などするので、失敬な男だと腹を立てた』と弁解したが、その時の反応は、私の経験からいって、そんな簡単なものではない。

G氏は『舞鶴では米軍の一般調査すらも受け

雑誌『キング』p.132中段 幻兵団の全貌 G氏に直接ぶつかる

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.132 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.132 中段

と県庁所在地をはじめ数市しかない。まず、それらの各支局にロ、ハ、ニ、ヘ、トの五条件該当者の調査を依頼した。しかし目的を明かさなかったためか、似かよった報告は数件きたが、どうも思わしくない。職業と居住地に対するカンから、私は小都市の○○市と判断して、出張してみた。居た! すべての条件に該当するG氏を、ついに発見した。

G氏の身辺調査をはじめる。彼は自宅に遊びにきた知人に、『私はこの間、✕✕✕に用事があって、商用もかねて日帰りで上京してきました』と、話のついでに自ら語ったことが判明、商大卒の学歴、政党、思想的関係は表面上なし、父親との折り合い悪し、など分かる。

私はついに直接ぶつかる決心をする。

『Gさんにお眼にかかりたいのですが』

小さな事務室では、二人の男が現金の計算をしており、女の子の給仕が一人いた。私は正面のG氏とおぼしき男に向かって口を切った。

『どちらさんでしょうか?』

その男は、自分はGである、と名乗る前に、アリアリと警戒の色を浮かべて、そう反問してきた。この男こそG氏だ、と直感して、私は注意深く相手の表情や態度を見守りながら続ける。

『東京から参った者ですが』

『どなたの御紹介でしょうか?』

雑誌『キング』p.131中段 幻兵団の全貌 誓を破った男

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.131 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.131 中段

『とんでもないことです。初耳です。人違いでしょう』と。だが、彼らの行動には疑惑につつまれたナゾがある。

Ⓑのスパイたち。その一人はいう。『合言葉がささやかれるのは、もう少し近い将来、米ソの関係がもっと緊迫してからでしょう』と。また一人はいう。『合言葉の男は、もう日本中を飛び廻っていますよ。そして、スパイたちは一生懸命の活躍をしているんです』と。その男は声をひそめて続けた。『何故なら、私の所に来ないからです。私は暗い〝かげ〟を背負った生活に堪えられなくなり、当局の保護を願って誓を破ったのです。不思議に、奴らにはそれが分かるのです。そして裏切り者は、チャンと選り分けて、合言葉をささやこうとしないのです。第一、つい最近関西方面で、東京で誓を破った男が帰郷の途中に、二人の暴漢に襲われて〝お前はシャべってしまったナ〟と散々な暴行をうけたとい

雑誌『キング』p.130中段 幻兵団の全貌 水晶島、ソ連船、日共…

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.130 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.130 中段

えてから、帰国に際し与えられた四つの連絡ルートが明らかとなった。

①北海道根室港付近沖のソ連領水晶島に、密漁を装って近づき、赤旗を掲げてソ連監視員に合図し、情報書を渡す。

②新潟港と北海道間を航行している日本漁船、○○丸、○○丸、○○○丸、○○丸の四船は、ソ連の協力船であるからこれを発見せよ、同船は船名を変えることもあるが、常に船内に黒地か赤地の旗を掲げ、旗面には丸が二つ描かれている。(寸法不明)

③北鮮の元山、羅津から、ソ連監視船が、毎月一、二、三日および十五日と、月末の数回に、日本内地方面へ出航するから、小型漁船にのりこみ、ウラジオストックを弧の中心として描いた三十九度線付近の円周に接触する、能登半島——佐渡間の海上で、早朝四時にこの船と連絡せよ。(このさいは、モスクワ放送の天気予報を聞くこと。荒天なれば出航せず)

④日本共産党員の誰にでもよいから、封書の表書に『ソ同盟、——市、リラノフ中尉殿』と書き、裏に『民主グループY』と書いて渡せ。

同氏は、さきにのべたごとき偽装——、肺病と称して一人だけ先に帰還したものだが、命令さ

雑誌『キング』p.129中段 幻兵団の全貌 コバレンコと親しい中佐

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.129 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.129 中段

て帰すということだ。二十三年の引揚げが再開されるや、一船ごとにⒷ要員を適宜に乗船せしめた。何故ならば、そのスパイの偽装が巧妙で、そうとは知らないナホトカ民主グループ員に吊るしあげられた場合、予定の乗船日を狂わせると、同地区の梯団に追いつかれて、『彼奴は偽装反動だ、オカシイ』と、化けの皮をはがされる恐れがあったのである。一人ポツンと引き抜かれて、下士官が将校となり、あるいはムシバ程度の病人が患者の群れに入り、ともかくその男の過去が分からない梯団に潜入して、しかも反動を偽装して、日本に送りこまれたのだった。

船中での吊るしあげ拒否で有名になった某中佐などは、中佐でありながらハバロフスクの将官収容所におり、しかも市内を高級車でのりまわし、日本新聞社長のコバレンコ少佐の部屋もフリーパスで、同少佐をして『日本将校中もっとも親ソ的で、もっとも有能な男』と激賞せしめたという。あの船中の吊るしあげ拒否も、後に当時の状況を調べてみると、多分にお芝居臭い点があり、アクチヴと同中佐との、馴れ合いの演出だったという。

このような偽装と、このような潜入方法でⒷスパイは、二十三年度に続々と海を渡って帰ってきた。上陸後は、もちろん反動として通して、もちろん、共産党などとは関係を一切もたないよう

雑誌『キング』p.127中段 幻兵団の全貌 私は狙われている

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.127 中段 写真・自殺者
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.127 中段 写真・自殺者

『貴方は薬品会社にお勤めですか?』
——イ、エ、私は製紙会社です。

『この近くに食堂がありますか?』
——ハイ、この道の先にあります。

前の例は屋内で用いられるもので、会社の名前、あるいは営業部、総務部などの部課名でもそれぞれのケースで違ってくる。二の例は、戸外で用いられるもの。いずれも、薬品会社——製紙会社、食堂——先にある、という具合に受け答えが決まっている。

ハ、反覆式

『貴方は星澤さんを御存知ですか?』

雑誌『キング』p.126中段 幻兵団の全貌 スパイの報酬

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.126 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.126 中段

なお、ここで注目すべきことは、ハバロフスク、ウォロシロフ両地区は、誓約書の文面が、Ⓐ、Ⓑともに同文であり、しかも、一人の人間が、Ⓐ、Ⓑ両方の誓約書をかいていることである。これによってみても、さきに述べた通り、Ⓐの使命は一応シベリアで終わっているが、日本におけるⒷの予備隊として、必要とあれば直ちに編成され、〝影なき男〟の連絡がつけられるとみてよいと思う。

4 報酬 Ⓐは毎回五〇—七〇ルーブルというのもあれば(チェレムホーボ)、帰還の時にビール五杯だけ(タイセット)というものもあり、種々まちまちであって、いちがいにはいえない。これも、担当将校の人柄と、スパイの活躍如何によるものであろう。全期間一年半を通じて六回の呼び出しをうけ、最後に一二〇ルーブルを渡されようとしたが、不要だといったところ、受領証だけを書かされて、担当将校に横領された(チェレムホーボ)というのもある通り、機密費に類するものだけに、適当に行われていたようである。Ⓑにいたっては、月に一回の呼び出しがあり、その都度五〇—三〇〇ルーブルの大金を与えられていた(バルナウル)というのからも、相当莫大な金が、このスパイ組織のために費やされていたことが分かる。

雑誌『キング』p.125中段 幻兵団の全貌 前職者と反動の摘発

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.125 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.125 中段

ホ、〔ライチハ〕

住所、氏名、部隊名
(前半恐怖のため記憶なし)
今日ノ訊問ハ日本内地ニ帰ッテカラモ、親兄弟、妻子等ハモチロン、親類ノ人ニモ話サナイコトヲ誓イマス

ヘ、〔アルマアタ〕

宣誓書
ソ連内務省ノ実施スル諜報業務ニ協力スルコトヲ宣誓スル

以上あげた六例は、文面に地区別の違いはあるけれども、いずれもⒶに属するもので、前職者と反動の摘発を目的としている。そして、報告書のために偽名を与えられているのもあるが、偽名もない者すらある。命令者、あるいは報告先としては、ソ連政府またはソ連内務省となっている。違約の際の罰目は、『法律』『刑法』『刑法第何條』となっているが、いずれも同じである。

ところが、Ⓑ種となると、これらとは全く違う。

B種

イ、〔バルナウル〕

誓約ノコト
私ハ赤軍ノタメニ米軍ノ情報ヲ提供スルコトヲ誓イマス
(以下、違約の際の條件などはⒶと同じ)

ロ、〔ハバロフスク〕

雑誌『キング』p.124中段 幻兵団の全貌 誓約書を口述筆記

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.124 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.124 中段

多い。拳銃を黙って机上に置き(チェレムホーボ)、胸につきつけ(ウォロシロフ)、さらにひどいのになると、呼び出された部屋のドアを開け、一歩踏みこもうとした時に、ズドンと一発、拳銃弾が頭上をかすめて壁につき当たった(ライチハ)などというのがある。

また、俘虜たちの唯一の念願である帰国を交換条件としたものには、『内地では妻子が待っているのに、帰りたくありませんか』(ウォロシロフ)とか、『帰国は一番先にしてやるし、君のためによい事がある』(ハバロフスク)など、徹底しているのは『帰りたいか』(タイセット)とだけ、単刀直入にきいているなどをはじめとして、ほとんど各地区でいわれている。

銃口の脅迫、帰国の懸念、報酬の利得、この三種を見せびらかしながら、『内務省に協力しないか』『ソ連のために働きたくないか』といいはじめて、否とはいわせぬ雰囲気の中で、『いう通りに書け』と、誓約書を口述筆記させている。

3 誓約 誓約の内容は、ⒶとⒷとでは、ハッキリと違っている。また各地区ごとに多少文面の違いはあっても、ⒶはⒶの目的を、ⒷはⒷの目的を明示している。

ここにその数種を示そう。

A種

イ、〔チェレムホーボ〕

雑誌『キング』p.123中段 幻兵団の全貌 謎の少佐が面接

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.123 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.123 中段

各地区ごとに分かれて、地区内の収容所を廻っていたらしい。いずれも漢字がスラスラと読めるほど日本語に熟達している。だが、モスコウスキイ・マイヨールというだけで、知っていても教えてくれないのか、誰も少佐の名前を知らないのも妙である。もちろんNKで、まぼろしのごとく現れては、数日から一週間ほど滞在して、またまぼろしのごとく消える。

この謎の少佐が、収容所付思想係将校のあらかじめ準備した候補者と、個々面接しては、自身で直接取調べを行い、採用、不採用を決定していたのである。

引揚者の誰にきいても、このモスコウスキイ・マイヨールの話は肯定する。ところが面白いことには、一般収容所がマイヨール(少佐)であったのに、エラブカ将校収容所だけは、ポトボウコウニタ(中佐)であることだ。最も例外としては、このマイヨールがただ巡視だけして帰っている場合もある(奥地の収容所)し、D氏の場合の如く戦犯監獄には大佐がモスコウスキイ・ボウコウニタ(大佐)として、取調べに当たっていたということもある。

この少佐の取調べを、人事書類のカミシヤ(検査)とも称していたこともある。この少佐が、果たしてモスクワの少佐であるか、あるいはハバロフスクの極東軍情報部の少佐であるかは判明して

雑誌『キング』p.122中段 幻兵団の全貌 全ソ連地域で要員摘出

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.122 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.122 中段

収容所で、専属の思想係将校がおらず、しかもⒶ要員であった。

2 地区 アルチョムでは二十一年暮れにはじめられたらしいが、大体において、アルチョム、ウォロシロフなどの沿海州地区、チタ、イルクーツク、チェレムホーボなどの東部シベリア地区などで、二十二年上半期に大量に、まさに玉石混淆の状態で選考された。

この連中は結局主としてⒶ要員とされて、しかも、極反動も含んだため、この組織の暴露される原因ともなった。

これと並行して選考はされていたが、コムソモリスク、ハバロフスク方面、及びカラガンダ、ベゴワード、アルマアタ方面、バルナウル、ビイスク、ロフソフカ方面、カザン、エラブカ方面などでは、二十二年下半期において、粗製らん造をさけた厳選主義で、Ⓑ要員がえらばれていた。

もちろん、ここにあげた地名は、ごく大ざっぱな分類であって、全ソ連地域の各収容所で、この要員摘出は行われていた。ただ、二十二年上半期の玉石混淆の大量生産が、主としてⒶ要員となり、同年下半期の粒選りがⒷ要員となっていることは面白い。

3 基準 Ⓐ要員には、軍隊の人事関係者、民主グループ員、特殊(本部、炊事、理髪、縫

雑誌『キング』p.121中段 幻兵団の全貌 対米情報を収集

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.121 中段 監獄見取り図
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.121 中段 監獄見取り図

か』と説明している。日本の現状を徹底的につかむことは、将来、日本をして二度と対ソ侵略に立たしめないためであり、また、元第三軍参謀の細川直知元中佐のいうように、情報の収集は『参謀の立場からいっても、攻防の有無にかかわらず、当然なさるべきこと』である。そのためには、Ⓑを組織して対米情報を収集しようとするのも、ソ連としては極めて当然のことに違いない。

Ⓑの使命遂行は、日本国土内に限られると述べたが、ある場合にはⒶの目的をも兼ねて行わしめることもあり得るであろうし、Ⓐもまた、在ソ間にのみ限らず、将来必要を生じた時に

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.121 D氏の投獄された戦犯監獄見取り図
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.121 D氏の投獄された戦犯監獄見取り図

雑誌『キング』p.120中段 幻兵団の全貌 モスクワの指令だ

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.120 中段 三、組織の全貌
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.120 中段 三、組織の全貌

間をもって終了するとみられる者にも、偽名のない者とある者もあれば、またC氏の如く在ソ間は全く飼い殺しで、偽名、合言葉を与えられ、誓約書には帰還後のみ遂行し得る目的を明示された者と、さらに写真まで撮影されている者もある。

人選に関しては、D氏の如く戦犯容疑者でありながら、毒をもって毒を制する如く起用され、さてはE氏の如く幼年学校、士官学校という経歴の純軍人をも、その履歴にカモフラージュしている。

これらの事実に徴してみると、元大本営参謀で戦争中止を天皇に直訴して、東條に忌まれて朝鮮軍にトバされたという種村佐孝元大佐の言うように、この組織は『各収容所付の政治部員の独断ではなく、モスクワの中央情報部の指令だ』とみるべきであろう。

この組織の選考、任命、連絡の各段階を詳細にみると、全ソ連地区に共通したものがあるこ

雑誌『キング』p.119中段 幻兵団の全貌 ソ連内務省に協力

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.119 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.119 中段

何も与えられずに収容所に帰ってきた。

五、E氏の場合(書簡)

E氏(今泉丈彦氏、二十四歳、元見習士官、幼年学校、陸士卒、会社員、東京都世田谷区東玉川、タイセット地区より二十四年に復員)

彼の地では二十三年二月以来、帰還の日までラーゲル内民主委員をつとめてきましたが、二十四年正月半ば、NKのエルマーク少尉なる者に呼び出され、誓約書とさらに八項目にわたる内容についての情報提供を強要されました。実はそのエルマーク少尉も二十三年秋に収容所に配属されてから、個人的にも親しく正月の休みには遊びに行ったほどで、かつ彼が独身で炊事の面倒もみてやっている仲でした。

誓約書をとられる前、つまり元旦すぎて直ちに呼び出されて、半紙三枚ほどに『現在の世界の二大勢力について』『天皇制支配機構について』『収容所内の民主運動について』の三つのテーマで所感を書くべく命ぜられたこともありました。その後呼び出されて、少尉はおもむろに、ソ連邦内務省への協力を要求したのです。平素の親しさは何処へやら、その時の彼の冷たい態度は、驚駭の淵に突っ込まれた私に、ちゅうちょなく承諾を迫りました。私は当惑の色を浮かべな

雑誌『キング』p.118中段 幻兵団の全貌 D氏 情報将校

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.118 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.118 中段

もう、帰ってから一年の余になりますが、本当ですよ。合言葉はきいていませんです。

しかし、今でもまだハッキリと、あの言葉は耳に残っています。時々、街角でマーシャではないかと思って、ハッとするような婦人をみかけることもあるんです。

『また、東京でおめにかかりましょう』

あの女なら、本当にもう一度、逢ってみたいような気もします…。

四、D氏の場合(談話)

D氏(特に名を秘す、四十一歳、元大尉、東京都、アルマアタ地区より二十五年に復員)

私は収容所で大隊長をしていた。軍隊時代には情報将校だった。昭和二十二年の春のこと。組織の力で所内の生活を改善しようと計画をたてていた時、反ソ的だというのと、何事かを企図していると密告され、また、情報関係だったという密告もあって、逮捕されたのである。

四月二日のこと、作業に出ようとしていたら、六、七名が転属だといわれ、私の名も入っていたので、仕度をして集合した。ところが、私一人だけ、NKの下士官が拳銃をつきつけて、約四キロはなれた他の収容所の近くにある監獄に入れられた。

ここは戦犯を調べるところらしく、レンガ造りの

雑誌『キング』p.117中段 幻兵団の全貌 ポルトウインで陶然

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.117 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.117 中段

っていました。車から降りた二人は、ご持参のポルトウイン(ブドウ酒)やシャンペンスキーの栓を抜き、カルバザ(腸詰)をひろげて、私の方をみてニッコリ笑いながら、人差指と親指でポンとのどを弾くのです。これはソ連人の『一パイやるか』といったような仕種です。

何が何だか、夢のようで分かりませんでしたが、松林の静まり返った中で、捕虜になってからみたこともない御馳走で、宴会がはじまりました。わずか一、二杯のポルトウインで、すっかり陶然としたころ、少佐らしい背広の男がニコヤカに話を進めてきたのです。

『あなたは、絶対に否とはおっしゃいませんでしょう?』

私には、その時になってはじめて、マーシャの残していった、謎のような言葉が思い当たりました。

私は誓約書を書きました。運転手は、いつ、どこに消えたのか、姿がみえません。背広も、中尉も、一言も脅迫がましいことはいいま