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雑誌『キング』p.137下段 幻兵団の全貌 『撃てるなら撃て!』

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.137 下段 見出し・あとがき
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.137 下段 見出し・あとがき

働大隊にいる時のこと、NKの少尉と通訳の少尉に呼び出され、ドアに鍵をかけて履歴を書かされたのち、このことを一切口外しないと一札をとられて帰された。第二回は一週間後、ソ連と日本の政治形態を比較して政見を書け、と強いられ、第三回はさらに三週間後に呼び出された。

『あなたはこの誓約書にサインして私達の仕事に協力して下さい』

『私は日本人を売ってまで帰りたくない』

『妻子がまっているのに帰りたくないか』

『嫌だ、何回いわれても人を裏切るようなことをしてまで帰りたくない。絶対に嫌だ』

少尉は腰から拳銃を取り出すと私の胸につきつけた。私は叫んだ。

『撃てるなら撃て!』

『………』

少尉の眼は怒りにもえて無言だ。

『………』

『日本人捕虜を射殺してよいという、ソ連の法律があるのか!』

少尉は再び銃口をあげた。二人の息詰まるようなニラミ合いが数分も続いたのち、少尉は拳銃を腰へもどしてしまった。

あとがき

雑誌『キング』p.124上段 幻兵団の全貌 誓約の場所は密室

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.124 上段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.124 上段

誓約したことになり、全ソ連地域百六十二万とすれば、三万二千—六万四千人の多きにのぼる。

少なくとも一万名前後の人が、誓約書を書いたことは間違いないが、Ⓑは五千名を超えないと思われる。

2 方法 ソ連はかつてのナチスドイツにも劣らぬプロパガンダ(宣伝)の国であるから、スパイ任命の誓約に当たっては極めてドラマティックな演出を行って、俘虜に精神的圧迫感を与えるという舞台効果をあげている。

時間はがいして夜が多い。作業係、日直、軍医などの名を用いて、ひそかに呼び出しをかける。場所はほとんど事務所、司令部の一室で鍵をかける(チェレムホーボ)とか、窓に鉄格子のある(タイセット)とか、密室を用いている。しかし、昼間ジープにのせて森の中に連れこむ(バルナウル)とか、美人が呼び出しに来る(バルナウル)といった例外もある。

相手はその収容所付の思想係将校(少尉から少佐まで)と、通訳の少尉の二名だけで、両名ともNKである。話の進め方は、事前に砂糖水を出したり(アルマアタ)、ブドウ酒、シャンペン、ソーセージの小宴を開き(バルナウル)、コニャック、菓子をふるまう(エラブカ)といった御馳走政策もあるが、概して脅迫によるものが

雑誌『キング』p.118下段 幻兵団の全貌 取調室でNKと

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.118 下段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.118 下段

平屋建てで、七つの房と、事務室、宿直室、それに二つの取調室があるらしかった。監房は六畳敷きほどの広さで、廊下側に鉄扉、反対側に鉄格子のはまった一尺五寸ほどの窓が一つあるきりだった。二段寝台があり、五十六、七歳の白系露人と同室していた。給養は一日三百五十グラムの黒パンとスープだけ。スープといっても魚の塩湯だ。取調べは、いつも夜の十時ごろから翌朝四時ごろまであり、廊下の入口に厳重に歩哨が立っているので、隣室と壁を叩いてモールス通信をした。

四月二日に放りこまれてからずっと音沙汰なく、ある日、同居人として入っていた満鉄の関係の男に取調べの模様をきいたところ、『前職関係のことを調べられた』といったきり、頑固に口をつぐんだが、やがて出て行ったので、何かあるなと感じていた。

四月十六日の夜十時ごろ、取調室にはじめて呼び出された。NKの大尉と通訳の少尉が待っており、コップに甘い紅茶を一杯くれた。

『あなたは情報勤務をしていたということだが、非常に興味ある問題だから話をしてくれ』といいだして、駐屯地とか、どんなことをするかとか、情報の仕事について調べられた。この日は三十分ほどで終わり、翌々十八日の夜十時から二回目の取調べがあった。

雑誌『キング』p.115下段 幻兵団の全貌 『金をやろう』

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.115 下段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.115 下段

したら、『なんだ、お前はこれだけしか知らないのか』と、その中尉に嘲笑されてしまった。そして、呼び出しがあると『腹痛だ』『作業に出ている』と逃げばかり打っていたので、役に立たないと思ったのか、各収容所を転々として廻される羽目になった。そして他の仲間はどんどんダモイするのに、私ばかり帰されなかった。

各所を廻されている間も、連絡はあるとみえて、それぞれのところで呼び出されていた。合計六回も行ったろう。最後は昭和二十四年七月末のこと、最初の通訳の少尉に逢った。

『金を持っているか』

この手で今までによくマキ上げられた経験があるので警戒して少なく答えた。

『二十ルーブルほどある』

『足りるか』

『どうやら煙草代にはなる』

『金をやろう』

私は驚いたが、わずかばかりの金なぞと思い、

『いらない』

『では、オレのいう通り書け』といって、

『私ハ賞金トシテ一二〇ルーブルヲ受領シタ』

と、領収証を私にかかせ、スパイ名で署名すると、金も一緒に自分のポケットにしまいこんで、『もう帰れ』と涼しい顔をしていた。

自分がスパイになったので、気をつけてみる