そして『忠誠なり』の判決を得れば、フタロイ・ザダーニェ(第二の課題)が与えられるだろう。続いてサートイ、チェテビョルテ、ピャートイ……(第三の、第四の、第五の……)と
私には終身暗い〝かげ〟がつきまとうのだ。
私は、もはや永遠に、私の肉体のある限り、その肩をガッシとつかんでいる赤い手のことを思い悩むに違いない。そして『……モシ誓ヲ破ッタラ……』その時は当然〝死〟を意味するのだ。そして、『日本内地ニ帰ッテカラモ……』と明示されている。
ソ連人はNKの何者であるかをよく知っている。私にも、NKの、そしてソ連の恐しさは、充分すぎるほど分っているのだ。
——だが待て、それはそれで良い。しかし……一ヶ月の期限の名簿はすでに命令されている。これは同胞を売ることだ。私が報告で認められれば早く内地に帰れるかも知れない。
——次の課題を背負ってダモイ(帰国)か? 私の名は間違いなく復員名簿にのるだろうが、私のために、永久に名前ののらない人が出てくるのだ。
——誓約書を書いたことは正しいことだろうか? ハイと答えたことは、あまりにも弱すぎただろうか?
あのような場合、ハイと答えることの結果は、分りすぎるほど分っていたのである。それは『ソ連のために役立つ』という一語につきてしまう。
私が、吹雪の夜に、ニセの呼び出しで、司令部の奥まった一室に、扉に鍵をかけられ、二人
の憲兵と向き合っている。大きなスターリン像や、机上に威儀を正している二つの正帽、黙って置かれた拳銃——こんな書割りや小道具まで揃った、ドラマティックな演出効果は、それが意識的であろうとなかろうと、そんなことには関係はない。ただ、現実にその舞台に立った私の、〝生きて帰る〟という役柄から、『ハイ』という台詞は当然出てくるのだ。私は当然のことをしただけだ。
私はバラック(兵舍)に帰ってきてから、寝台の上でてんてんと寝返りを打っては、寝もやらず思い悩み続けた。
『プープー、プープー』
哀愁を誘う幽かなラッパの音が、遠くの方で深夜三番手作業の集合を知らせている。吹雪は止んだけれども、寒さのますますつのってくる夜だった。
四 読売の幻兵団キャンペイン
しかし私に舞い込んできた幸運は、この政治部将校ペトロフ少佐の突然の転出であった。少佐は次回のレポである三月八日を前にして、突然収容所から消えてしまったのである。ソ連将校の誰彼に訊ねてみたが、返事は異口同音の『ヤ・ニズナイユ』(知らない)であった。そして私の場合はレポはそのまま切れて、その年の秋、二十二年 十月三十日、第一大拓丸で舞鶴に引揚げてきた。