最後の事件記者 p.014-015 安藤からの電話

最後の事件記者 p.014-015 新米記者さながらに、安藤親分のいると覚しきあたりに向って、小さな声で答えた。『ハイ、三田です』『ア、三田さん? 安藤です。体は大丈夫ですか?』
最後の事件記者 p.014-015 新米記者さながらに、安藤親分のいると覚しきあたりに向って、小さな声で答えた。『ハイ、三田です』『ア、三田さん? 安藤です。体は大丈夫ですか?』

留置場でも、生活の智恵は必要である。〝小さな喫茶店で、タダ黙って〟と、恋人と二人きりでいるようなワケには参らんのだった。

『ウン……(ちょっと口籠って、どう説明したら判ってもらえるのかな、といったようなハッタリをつけて)。つまり、難しくいえば犯人隠避といって……。』

『ああ、読売新聞のダンナですね』

ヨネさんは、私の思惑を裏切って、ズバリといい切った。

『エエ、ソウ』

私は驚くと同時に、極めて不器用な返事をしてしまった。

『新聞記者でもパクられるのかねエ』

彼は感にたえたようにいう。もう、ずっと以前から私のことを知っていたような、親し気な調子だ。ヨネさんは、このように情報通であった。そして、その情報が、どうして集まるのかという、ナゾを解いてくれたのが、この電話だったのである。

安藤からの電話

『安藤サン、安藤サン、ただ今、三田さんが出ますから、しばらくお待ち下さい。』

ヨネさんは、留置場の外側の金網にヘバリつくと、看守の巡回通路の壁に向って、無線電話の通話調で話しかけた。呆ッ気にとられている私を促すと、チラリと内側の金網に視腺を駆って、中央見張り台にいる看守の動静をうかがう。

扇形に看房が並んでいる留置場は、カナメにあたる部分に、潜水艦の司令塔のような見張り台がある。ここに看守が一人坐ると、一、二階とも全部で二十八の看房が、少しの死角もなく見通せるのである。

その他に数人、収容者の出入を扱う看守がおり、彼らは手が空いていれば、動哨する。

『オレガシキテンをキッてる(見張りしている)から、あの便器にまたがって、用便と見せかせて、話をするんだヨ』

電話のかけ方から教わるのである。新米記者さながらに、私は教えられた通りにして、安藤親分のいると覚しきあたりに向って、小さな声で答えた。

『ハイ、三田です』

『ア、三田さん? 安藤です。体は大丈夫ですか?』