読売梁山泊の記者たち p.058-059 三体が同時に解剖されている

読売梁山泊の記者たち p.058-059 サイドカーを運転していた小泉悦三は、若手のボス格だった。解剖を、最後まで見通した私の肝ッ玉と、堂々と〝潜入〟した私の顔とが、小泉によって、自動車部に喧伝された
読売梁山泊の記者たち p.058-059 サイドカーを運転していた小泉悦三は、若手のボス格だった。解剖を、最後まで見通した私の肝ッ玉と、堂々と〝潜入〟した私の顔とが、小泉によって、自動車部に喧伝された

十六歳、二十二歳、二十八歳という、女性の肉体の大きな変化の時期に当たる、三体が同時に執刀

された。執刀医と助手の記録係とがいる。着衣を脱がされて、全裸になる。

青酸カリによる死亡だから、苦悶の姿のまま、硬直している。執刀医が、全身を調べて「外傷ナシ」というと、記録係が、「外傷ナシ」と復唱して、記入する。

次は、ガラス棒を膣内に入れて、検体を採る。外陰部も調べ、検体をプレパラートにのせて、顕微鏡を覗く。精液が認められない。

「暴行ノ形跡ナシ」

次は、髪を前半分、顔面におろして、耳から耳へ、頭皮を切り、髪を引ッ張ると、頭皮はスルスルとめくれる。後半分も、同じようにおろすと、頭蓋骨が出る。

耳の上の部分、両側にノコで切れ目を入れて、ポンポンと軽く叩くと、頭骨が上半分脱れて、脳が露出する。それを、全部取り出してから、また、頭骨をあてがい、アゴのあたりの髪を軽くもどすと、スルスルと戻っていって、顔が見える。頭皮を縫合して、髪をすくと、元通りになる。

ノド仏のあたりから、真直ぐ、胸、腹、ヘソをクルリと避けて、大陰唇の縫合部あたりまで、メスで、まず、皮膚を切る。

皮膚、脂肪、筋肉と、メスを換えながら切開する。胸骨も、バリバリと切る。と、ドテラをはだけたように、内臓が露出する。肺や胃や、子宮などを摘出して、中身を調べる。

内臓を取り出したあと、然るべきものを詰めてから、縫合する。タタミ針のような針で大ざっぱに縫う。血が若干、白い肌に付着している。それを、当時、東大法医学教室の名物男だった、〝ノートル

ダムのせむし男(フランス映画の題名)〟のような男が、バケツの水をかけて洗い流す。

そしてまた、着衣をつけさせて、台上からお棺に移す時、もう、硬直がとけて、イヤイヤをしているように、両腕を振るのが印象的だった。

二、三メートルの距離で、三体が同時に解剖されている——まさに〈人体生理の秘密〉を目のあたりにして、私は、サイドカーで雨に打たれたことなど、まったく、忘れ去って感動に佇立しつづけていた。

この時、サイドカーを運転していた小泉悦三は、若手のボス格だったが、もう、途中で退室してしまっていた。解剖を、最後まで見通した私の肝ッ玉と、堂々と〝潜入〟した私の顔とが、小泉によって、自動車部に喧伝されたことも、私が、コシケンに可愛がられるにいたった、理由のひとつでもあるだろう。

母親が病死したあと、幼い弟妹の面倒を見ていた健気な少女が、父親に犯されて、猫イラズで自殺した事件があった。

その少女は、読売の人生案内に投書して、回答者の真杉静枝女史(作家)が、それを読んだ時は、すでに手遅れで、「イヤらしい父親」(回答の見出し)の段階から、破局へと進んでいたのだった。

その取材を、私が担当した縁で、真杉女史と親しくなり、たまたま、解剖の話になって案内することになった。男と女と、二件の解剖を見たあとで、女史はポツンといった。