読売梁山泊の記者たち p.214-215 バクチ場の手入れで場馴れ

読売梁山泊の記者たち p.214-215 電通通りの向かい側で待機していた私たち読売組は「午前0時突入」を知らされていた。課長の右手が振りおろされ、付近から集まってきた私服が、ドドドッと、階段を駈けのぼる。最初の男が叫んだ。「そのまま、そのまま!」
読売梁山泊の記者たち p.214-215 電通通りの向かい側で待機していた私たち読売組は「午前0時突入」を知らされていた。課長の右手が振りおろされ、付近から集まってきた私服が、ドドドッと、階段を駈けのぼる。最初の男が叫んだ。「そのまま、そのまま!」

(読売朝刊の記事)
この日、警視庁では、午後六時ごろ、クラブ・マンダリンで「慈善パーティー」を表看板に、賭博を開いていることを察知したが、慎重を期して、午後十一時以降の営業禁止時間に入るのを待ち、これを名目に踏みこむ作戦をとった。
午前零時、上村保安課長指揮の制私服警官三十五名が、「慈善パーティ」とはり紙をしたドアを排して、一せいに飛びこみ、ドア・ボーイが呆然としている間に二階へ。

とっつきの部屋にある、大きなダイス台を囲んでいた外人客が、あわてて台から飛び離れる。ビールを呑みながら、ふざけていた男女客の顔が、一瞬、蒼白となる間を縫って、警官は手ぎわよく、各グループのそばにつき現場の位置を保つよう、通訳を通じて、命令する。

ダイスの台の上には、いままで続けていたままに現金代わりのチップが散らばり、それを掻き集める熊手のような棒が投げ出されたまま。

厚いカーテンで囲まれた、奥の部屋には、係官も名前を知らない、二種類の賭博台が並び、その前に、動くに動けない客が、一瞬、しおれる。

証拠保全のためのカメラが、活躍をはじめ、パッ、パッとフラッシュがたかれるたびに、客は照れくさそうに顔をしかめ、係官の眼をかすめては、そっと、位置をかえようとするあわてかた。

外人客には、日本語のうまいものが多く、照れかくしに、係官相手に冗談をとばすものや、なかには、「学校へいくのだから、帰してくれ」と、ごねる若い客。

銀座の某キャバレーの名前をあげて、そこの女給と待ち合わせしているから、電話をかけさせてくれと、拝み倒すものなど、色とりどり。しかし、その間にやはり、一人が裏の窓から、屋根伝いに逃げたのが判り、係官をくやしがらせる。

現場写真をとり終わると、こんどは一人一人の、身分証明書の提示を求めて、名前を書きとり、簡単な調べののち、約一時間かかった手入れを終了。

警視庁から、応援にくり出した予備隊(当時は、機動隊をこう呼んだ)の警戒のうちに制服軍人を

MPに引き渡し、他の検挙者には一人に一人の警官をつけて、雪の中を大型トラックにのせて、警視庁へ——。

銀座から、有楽町の本社へもどって、締め切り時間に追われながら書いた私の原稿である。決して、名文ではないが、現場のフンイキは出ていよう。

電通通りの向かい側で待機していた私たち読売組は、課長から「午前0時突入」を知らされていた。

ホンの数分前、課長が、車を降り立つのを合図に、作戦通り、一人の私服が、ドア・ボーイに体当たりした。飛ばされ、尻餅をついたボーイは、ドアから、二、三メートルも離れて、ベルを押せなかった。倒れたボーイを別の私服が押える。

課長の右手が振りおろされ、付近から集まってきた私服が、ドドドッと、階段を駈けのぼる。最初の男が、場内を見まわしながら、叫んだ。

「そのまま、そのまま!」

バクチ場の手入れで、場馴れしているのか、その声には不思議な魔力と、威圧感がこもっていたのを、今だに覚えている。場内は、その声のほうに、振り向きはしたが、だれも逃げ出そうとはしなかった。

「そのまま、そのまま! 動くな!」

さっきまで、映画のコマが止まったように、ピタッと動きが止まっていたのに、二度目の声で、我

に返ったように、人びとは、声にならない声をあげたけれども、足は釘付けされたように動かない。