読売梁山泊の記者たち p.264-265 立松は我がままで甘えん坊

読売梁山泊の記者たち p.264-265 本田は、個人的に立松と親しい。いや、私淑していた、といったほうが、正しいかも知れない。そうして、この「不当逮捕」は、立松に好意を持ちすぎるあまりに、冷静な客観の立場を忘れて、ひいきの引き倒しになっている部分が、かなり多い。
読売梁山泊の記者たち p.264-265 本田は、個人的に立松と親しい。いや、私淑していた、といったほうが、正しいかも知れない。そうして、この「不当逮捕」は、立松に好意を持ちすぎるあまりに、冷静な客観の立場を忘れて、ひいきの引き倒しになっている部分が、かなり多い。

「ニュース・ソースのことでしたら、十分、心得ています」

原は、立松の胸中も知らず、端正な顔に似合わない、時代がかった台詞を口にした。

「そうだ。要するに、お前の意地と根性の問題だな」

午後四時、立松は、東京高検の正面で、三田と一緒に乗ってきた車を降り、三階の公安検事室に川口主任検事を訪ねた。

「こんにちわ」

かつての調子で、気軽に扉を押して入ると、川口と差し向かいで坐っていた滝沢が、にわかに取り乱した態度を見せた。

「立松さん、ひどいんですよ。川口さんはこの僕から調書をとるんだから。いま、この記事の説明を、しつこく求められているところなんです」

滝沢は、机の上の新聞を指しながら、表情ばかりか、声までもひきつらせている。

何といっても、まだ場数が足らない。それに神経質な面のある滝沢である。予期しない事態に、動てんしているのだろう。立松は、その程度にしか、受け止めなかった。

しかし、滝沢は川口の容赦ない取り調べぶりから、東京高検の上層部が、自分をオトリに立松を釣り出して、強硬な態度でのぞもうとしているらしい気配を察知し、それを何とか彼に伝えて、入口で引き返させよう、としたのである。》

本田は、個人的に立松と親しい。いや、私淑していた、といったほうが、正しいかも知れない。滝

沢もまた、個人的に親しかったが、社歴では、本田より古かったから、立松を批判できる距離にあった。

そうして、この「不当逮捕」は、立松に好意を持ちすぎるあまりに、冷静な客観の立場を忘れて、ひいきの引き倒しになっている部分が、かなり多い。

立松は、いうなれば〝金持ちのお坊ッちゃん〟であったから、我がままで、甘えん坊でもあった。だが、頭はいいので、自分を大切にしてくれる人に対しては、自分もへりくだり、決して粗末にしなかった。

一方で、自分を粗末に扱う人には、激しい敵意を抱いた。それは、本田も指摘しているように、「クラブに加入して二年、記者歴を通算しても、たかだか三年の若輩」(「不当逮捕」39ページ)で、〝大スター記者〟になってしまったが、記者としての基礎訓練はまったくなく、かつ、原稿も決してウマクない、という、コンプレックスで裏打ちされたものであったろう。

立松は、月給のすべてを小遣いにして、さらに、「取材費伝票」で、経費を取っては、これまた、小遣いにしていた。だが、取材費は清算せねばならない。当時、社会部記者のほとんどが、そうであったように、銀座の松屋に出かけては、落ちているレシートを拾ってきて、その額面金額に合わせて、もっともらしい「項目」を書いていた。

立松もまた、そうしていた。ところが、彼のは、「○○検事にウイスキー」「××検事に果物」など、すべて、検事宅への夜討ちの手土産として、ズラリ列記しているのだ。