読売梁山泊の記者たち p.286-287 一枚の紙切れが入っていた

読売梁山泊の記者たち p.286-287 刑事たちは、自由に動きまわっている副親分の花田が、潜伏中の連中と連絡をとっているからだ、と、ニラんで、花田の家宅捜索令状をとって、ガサをかけた。もちろん、身体捜検もやる。花田のカミさんの財布をあけさせた。
読売梁山泊の記者たち p.286-287 刑事たちは、自由に動きまわっている副親分の花田が、潜伏中の連中と連絡をとっているからだ、と、ニラんで、花田の家宅捜索令状をとって、ガサをかけた。もちろん、身体捜検もやる。花田のカミさんの財布をあけさせた。

夜遅く、梅ヶ丘の自宅に戻った。妻も、二人の男の子たちも、もう寝静まって、家中がシーンとし

ていた。

自分の部屋に入り、改めて、六法全書を取り出し、机上にひろげた。

第一〇三条(犯人蔵匿) 罰金以上ノ刑ニ該ル罪ヲ犯シタル者、又ハ拘禁中逃走シタル者ヲ蔵匿シ、又ハ隠避セシメタル者ハ、二年以下ノ懲役、又ハ二百円以下ノ罰金ニ処ス

カタカナ書きの、刑法の条文が、それなりの重みをもって、私の視野に、飛びこんできた。

——オレはいま、間違いなく、刑法の罪を犯した…。

——しかし、これは私利私欲ではない。公器たる新聞の、取材のためであり、報道のためなのだ!

——新聞は事件なのだ。事件を扱わなくなった読売新聞の、編集幹部に覚醒を促すための手段なのだ。

新聞の編集局長や各部の部長などは、そのクビを、大勢いる部下の記者たちに、預けているのも、同然である。

古くは、朝日新聞の「伊藤律架空会見記」が、そうであり、近くは、「サンゴ礁事件」がそうである。部長、局長、社長のクビを飛ばすことができる。

読売の立松事件では、記事はデマだったが、ネタモトに法務省刑事課長・河井信太郎という、レッキとした人物がいたので、部長が左遷されただけで、局長はお構いなしだ。

なんと、美辞麗句を並べようと、私の今夜の行動は、まぎれなくも、「犯人隠避」である。

——これが、「事件」になるかどうかは、私の手で、安藤以下の指名手配犯人を警視庁に自首させられるか、捜査の手が早く逮捕されてしまうか、どうか、そのスピード如何にかかっている。もし、当局

の手が早ければ、私は犯人隠避罪の、刑事被告人になることは、間違いのないところである。

そう考えると、私は、急に脱力感に襲われて、虚しくなってきた。

——いったい、新聞記者、新聞記者って、ひとりでリキみ返っているが、新聞記者って、なんなのだ?

いつも私の寝ている間に、学校へ行ってしまって、顔を合わせるチャンスの少ない、子供たちの顔が、急に見たくなってきた。

子供部屋に行って、二人の男の子の寝顔を見ていると、虚しさが、一層つのってきた。

発覚、そして辞職、逮捕、裁判へ…

そして、しばらくののちに、私のクーデターは失敗する。私は負けるのだった。それもまったくの偶然からだった。

安藤の足取りは、まったくつかめない。上からは、ヤイヤイいわれる。刑事たちは、自由に動きまわっている副親分の花田が、潜伏中の連中と連絡をとっているからだ、と、ニラんで、花田の家宅捜索令状をとって、ガサをかけた。

もちろん、身体捜検もやる。花田のカミさんの財布をあけさせた。と、一枚の紙切れが入っていた。

「北海道、旭川市……。山口二郎」

手紙の封筒のウラの、差出人の住所部分を財布に入れて、持っていたのである。刑事たちは、いぶかった。