しかし、妻は私の良き協力者だった。幻兵団事件という、ソ連スパイの記事を書いた時も、生れたばかりの長男を抱きしめて、幾度か恐怖にふるえたことがあったろうか。それでも彼女はいった。
「パパが記者というお仕事のために死ぬようなことがあったら、後に残った私たち母子のことが
心配でしょう。でも大丈夫よ。パパのお葬式を済ませたら、後追い心中をするからね。子供には可哀想だけど、パパのいない生活なんて考えられないし、皆であの世で一緒に住めるンだから、安心してお仕事のために死んで頂戴よ」
こういって激励してくれたのである。だから、私には後髪をひかれる心配は一つもなかった。危険な仕事でも、家庭を顧みずに打込めたのである。金がなければ、梅干一つで何日でも私の留守を守れる妻だった。
「パパほどステキな新聞記者はいないのよ。日本一の記者なンだから」
彼女はそういって子供たちに教えこんでいた。読売同期の青木照夫が、「三田こそ典型的な、根ッからの社会部記者ですヨ」と、妻にいったそうだが、私には「和子さんは根っからの記者の女房だナ。和夫と和子というのからして、本当の似た者夫婦だ」といっていた。
話を本筋にもどして、私を担当する石村勘三郎という警部補は、どんな奴だろうかと、私の視線と彼の眼とが合った時、サッと表情が変るのを、私は確かに見た。その時、私は「負けた」と思った。「この男にだけは、何も彼も話しても、判ってもらえる」
私は二十二、三の両日に、何もかも話してしまった。そして第一回の供述調書ができ上った。石村主任は私という被疑者にジカにふれているだけに、私をよく理解してくれた。警視庁の御自慢の地下調べ室は、防音や通風が完備していると聞いていたが、見ると聞くとは大違いで、三十室ほどの小さな調べ室に分れていたが、数室先の怒鳴り声がビンビンと響いてくる。午後には熱気
がこもって、もうドアを閉め切ることができない。
「こんなインチキな調べ室を作ったりして、警視庁にも汚職があるんじゃないか」
ドアが開け放しのため、便所に立った時、廊下から各室の被疑者の顔が見える。横井事件関係のホシの、ほとんどすべてに会えたほどなので、私は主任に冗談をいったりした。
他の部屋からは猛烈な怒鳴り声が聞えてくるが、私の部屋は談笑ばかりだった。調べというのは、怒鳴ったりしてコワイほうが被疑者にとっていいうちで、優しくなったら被疑者には悪くなった証拠だといわれるが、私の警視庁の調べは、最初から優しく、和やかだった。
検事は東京地検刑事部の第一方面担当の荒井道三という人だ。警視庁管内を八方面に分けて、各方面本部があるのだが、検察庁でもそれに対応して、方面別に専任者をおいている。私たち検察庁担当記者は、副部長クラスまでは知っているが、荒井検事にはもちろんはじめて。地検のあの汚いバラックの二階の小部屋に入った時、「オヤ? こんな年配で貫禄のある立派な検事が、どうして平検事でポン引だのコソ泥だの、ゴミみたいなホシを調べているのだろうか」と、まず感じた。
「逮捕状の容疑事実をどう思うか」
「全面的に否認します。第一に塚原勝太郎と共謀とありますが、共謀ではありません。第二に小笠原を庇護する目的とありますが、警視庁の捜査に協力する目的です。第三に山口二郎と偽名せしめとありますが、私は山口二郎と紹介されたので、私が偽名させたものではありません。第四
に逃走させるためとありますが、自首させるためです」