事件記者と犯罪の間 p.192-193 私に対するもっと重大な反感があるのを感じた

事件記者と犯罪の間 p.192-193 警視庁の描いた〝予断〟は、三田は王との関係で安藤一派の一味だった。三田、王、小林、安藤、小笠原とつながるもっと重大な犯罪の背景があるに違いないと、こうニランだのである。
事件記者と犯罪の間 p.192-193 警視庁の描いた〝予断〟は、三田は王との関係で安藤一派の一味だった。三田、王、小林、安藤、小笠原とつながるもっと重大な犯罪の背景があるに違いないと、こうニランだのである。

安藤組の縄張りである渋谷は、当然、正統派バクチ打ちのシマでもある。ところが、その安藤の賭場が栄えるので、この正統派バクチ打ちから、「スジを通さない」といって文句がついたそうだ。ところが、これに対し安藤は敢然と答えたという。「オレはグレン隊だ。バクチ打ちなら、スジを通さないことは悪いだろうが、グレン隊にスジもヘチマもあるか。グレン隊だってバクチ

もやらあ。スジで文句があるならケンカで来い」と。

さすがのバクチ打ちたちも、この答に唖然として、引退ったというが、それほどに彼の賭場ははやっていた。

小笠原が、逃げ切れないから自首すると私に約束しながら、その日をのばしていた理由の一つにも、彼が安藤組のバクチの客扱係で、すでに家宅捜索でこの客の名刺がすべて押収されているので、堅気の社長たちであるお得意さんに迷惑がかかる、ということがあったのである。

ともかく、警視庁の描いた〝予断〟はこうである。王長徳は国際バクチの三大親分の一人で、その盛んな安藤の賭場というのは、王の縄張りである。三田は王との関係で安藤一派と以前から付き合いがあり、その一味だったのだから、安藤組の腕利きの小笠原を、取材というカモフラージュで逃がしてやった。そうでなければ、十五年も勤めた記者経歴を棒に振ってまでかくまい、しかも捕まってから平然としていられるはずはないと。だから、三田、王、小林、安藤、小笠原とつながるもっと重大な犯罪の背景があるに違いないと、こうニランだのである。

私は出頭すると、まず特捜本部の上田係長のもとにいった。中村弁護士と萩原記者とが挨拶して、私を引渡すと帰っていった。すると係長は即座に、「とんでもない奴だ」という意味の口小言をいった。それを聞いて、私は、「自分たちが苦労して捜査しているのに邪魔をしやがって!」という感情のほかに、私に対するもっと重大な反感があるのを知って、出頭する前に担当記者たちから聞いて知っていた〝予断〟が、本格的な感情だなと感じた。

捜査当局がこのような私に対する〝予断〟を持っていたことが、逮捕へ踏切らせた要因であろう。そしてそのことは、調べに当った石村捜査主任(警部補)、木村警部の口から判ったことでもある。また、弁護士からの伝聞だが、「東京地検の岡崎次席検事が、三田君は王や安藤組とそれは深いつながりがあるようですよ、といっていたが、君は岡崎君とは仲が悪いようだネ」といった言葉からも、〝予断〟があったといえるのである。

激励する妻の言葉

今度の事件を妻に話したのは、二十日の夜「事、敗れたり」と判ってからだった。私は笑いながら「完全にアウトだよ」と、努めて安心させるように語ったが、結婚以来丸十年、常に身を挺して危険な仕事に打込んできている私に、熱心なファンとして協力してきた妻は、はじめて涙ぐんだ。

私はさておき、無力な妻や子たちにとって、私の体当りで打込む取材は、どんなにか不安と恐怖とを与えたであろうか。

しかし、妻は私の良き協力者だった。幻兵団事件という、ソ連スパイの記事を書いた時も、生れたばかりの長男を抱きしめて、幾度か恐怖にふるえたことがあったろうか。それでも彼女はいった。

「パパが記者というお仕事のために死ぬようなことがあったら、後に残った私たち母子のことが

心配でしょう。でも大丈夫よ。パパのお葬式を済ませたら、後追い心中をするからね。子供には可哀想だけど、パパのいない生活なんて考えられないし、皆であの世で一緒に住めるンだから、安心してお仕事のために死んで頂戴よ」