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黒幕・政商たち p.138-139 佐藤栄作をめぐる閨閥

黒幕・政商たち p.138-139 佐藤栄作をめぐる閨閥
黒幕・政商たち p.138-139 佐藤栄作をめぐる閨閥

佐藤栄作をめぐる閨閥①

元首相 浜口雄幸  国際電々会長 浜口雄彦 淑
          富士銀行頭取 岩佐凱実 清子
                富士
          代議士 大橋武夫

 昭和電工 大橋光夫
 大蔵省  大橋宗夫
        千世

森矗昶  日本治金社長 森暁
     早苗
     代議士 三木武夫
     陸子
     代議士 森清
     毬
    (安西満江)

              皇太子
日清製粉社長 正田英三郎  美智子妃
              日本銀行 正田巌
              恵美子
              修

佐藤栄作をめぐる閨閥②

佐藤祥明
  さわ
  もよ
佐藤秀助  元首相 岸信介
          佐藤栄作  日本鋼管 佐藤信二
            寛子  アラビア石油 佐藤竜太郎
元外相 松岡洋右  佐藤松助

         満江  千世
昭和電工社長 安西正夫  昭和電工 安西孝之
             三井不動産 安西直之
東京瓦斯社長 安西浩   東京瓦斯 安西邦夫
         敏子  昭和電工 安西一郎
             和子
元首相 吉田茂  桜子
        吉田寛

黒幕・政商たち p.140-141 御喜家氏は犯人として逮捕

黒幕・政商たち p.140-141 〝総会屋〟のボロ儲け仕事という印象を払拭し、まともな財界人のまともな事業という線を打ち出してきたのである。
黒幕・政商たち p.140-141 〝総会屋〟のボロ儲け仕事という印象を払拭し、まともな財界人のまともな事業という線を打ち出してきたのである。

この時の設立発起人代表の十四氏以外の、「発起人として御協力を頂く旨の御承諾を得ております」名簿は、実員九十九名、帝国石油岸本社長が抜け、森永製菓森永社長、山陽パルプ難波社長の二氏が新加入している。この時期には、ついに会社の設立が叶わなかったのは、前にのべ

た通りである。

芝山氏は、まず第一番に、財界人の一致団結(意思統一と協同動作)と、御喜家氏の引退とを求めて、それ以外に、ランド前進の可能性はないことを警告した。いうなればコンサルタントである。

その結果、会社側は顔見世オールスター・キャストをやめ、ユニット・プロでゆくことになった。〝総会屋〟のボロ儲け仕事という印象を払拭し、まともな財界人のまともな事業という線を打ち出してきたのである。従って、お付合い気分の人には遠慮してもらい、ヤル気のある人で再編成したのだ。

それが文書の一、三十九年八月十七日付の大蔵大臣あての、連名陳情書となった。その署名をみると、前記十四名のうちから、社長市村清氏を筆頭に、長沼弘毅、藤井丙午、松原与三松、本間嘉平、藤井深造、岡崎真一の七氏が残り、新たに、平木信二(リッカーミシン社長)、駒井健一郎(日立製作所社長)、藤川一秋(東都製鋼社長)、安西正夫(昭和電工社長)、五島昇(東急社長)の五氏が加わり、計十二名。

「何卒如上の経緯御賢察の上、本事業のため当該地を確保出来ますよう、格別の御配意を賜り、茲に一同折入って陳情申上げる」次第を、田中蔵相に頼込んだ。百名に及ぶ一流スターのけんらん豪華さはなくとも、自署捺印したこの十二名の連名には、いままでと違って、ヤ

ル気が感じられる、「責任」をアッピールしている。これこそ、さきの市村社長の〝決意〟を裏付けるものであった。

だが、国有地払下げ問題は、当時の政治情勢を反映して、困難となり、それから一年して、ついに株式会社「サイエンス・ランド」は解散となる。

この解散が問題である。その間に、御喜家氏は「怪文書」をバラまいた犯人として逮捕され、略式罰金刑をうける。田川議員の告訴からである。

解散によって、一流各社が分担し、払込んだ株式代金はどうなったか。誰が漁夫の利を得たか。財界人のうちには、個人で自分の社にランドの株式代金を弁済した者もいれば……。世はさまざまである。

「百名に余る財界トップの方々が、一部の妨害にくじけるようなことがあれば、日本財界に取り返しのつかぬ汚点を残すことになります……。いかなる迫害、妨害にもめげず、私は断乎やり通すことを、ここに誓約いたします」

昭和三十九年四月七日、東京会館での、サイエンス・ランド創立総会(結局は流会となった)で、こう語った市村清社長は、今、この挨拶を再録されて、何と感ずるであろう。〝市村学校〟の崩壊とも併せ考えると、口先ばかりの奴というものの、人間的な値打ちが判ろうというものである。

黒幕・政商たち p.142-143 芝山義豊、明治41年生。元子爵

黒幕・政商たち p.142-143 元宮様の会社の手形を、小宮山重四郎候補の実兄、小宮山平和相互銀行頭取の手で割っていた。 つまり、小宮山候補を逮捕すると、社長の元宮様も逮捕せざるを得なくなるのである。
黒幕・政商たち p.142-143  元宮様の会社の手形を、小宮山重四郎候補の実兄、小宮山平和相互銀行頭取の手で割っていた。 つまり、小宮山候補を逮捕すると、社長の元宮様も逮捕せざるを得なくなるのである。

元子爵、二幕目で主演?

さて、御喜家引退にはじまる、ランドの第二幕のドン帳があがった。そこに、〝口先ばかり〟ではない、一人の人物が登場する。

芝山義豊、明治四十一年生。元子爵。

私の、芝山氏に関する記憶は、終戦後の「世耕事件」にまでさかのぼる。あの隠退蔵物資の摘発こそは、旧陸軍の兵器弾薬を、国府軍に引渡すという計画のもとに、芝山氏の構想からスタートしたものであった。

さらにまた最近では、小宮山重四郎代議士(自)が、初出馬した選挙で、鮎川金次郎にも劣らぬ、大買収作戦を展開したことがあった。小宮山派の違反は、埼玉県警の摘発をうけて、連日拡大の一途をたどり、ついには落選した小宮山候補の身辺まで危うくなってきたのだった。

だが、身辺に迫った段階までで、同派の違反事件はピタリと止った。不審に思った私が調べてみると、同派の買収資金は、小宮山候補がかついでいた、元宮様が社長をしている会社の手形を、小宮山候補の実兄、小宮山平和相互銀行頭取の手で、平和相互が割っていたものであった。——つまり、小宮山候補を逮捕すると、どうしても、社長の元宮様も逮捕せざるを得なくなるのである。そこに、県警本部長の〝政治的判断〟が働らいたようであった。

そして、芝山氏はその元宮様と学習院で同期生であり、県警本部にも、氏が現れた形跡があったのである。そのことをただした私に対し、芝山氏は笑って反問した。

「今は一市民となれたのだが、何も知らない方を〝逮捕〟するということは、やはり避けるべきではないだろうか」

この芝山氏の、コンサルタントとしての登場により、ランド問題は急速に動きはじめたのである。芝山氏は、まず第一番に、財界人の一致団結と、御喜家氏の引退とを求めた。いうなれば、一総会屋の手先にはならんのだゾ。そのためには、〝実〟業家である財界人が、団結して、ワシに礼を尽せ、ということであろうか。

この第二期を物語る、六通の文書がある。その第一は、十二名の財界人の自署連名による、田中蔵相への陳情書である。

三十九年八月十七日の日付のある、その第一号文書には、市村清を筆頭に、長沼弘毅、藤井丙午、平木信二、駒井健一郎、本間嘉平、藤川一秋、岡崎真一、安西正夫、松原与三松、五島昇、藤井深造とつづく。

文書の二、三はほぼ同じ内容である。「意見書」と題されるその二通の一つは、三十九年十月十四日付、名儀は、神奈川県市長会会長の肩書で、金子小一郎藤沢市長。その二は、それより一週間あとの二十一日付で、名儀は、神奈川県市議会議長会会長の肩書で、金子吉蔵平塚市

議会議長である。

黒幕・政商たち p.144-145 新聞界のフシギな対抗意識

黒幕・政商たち p.144-145 一口に三社といわれる、朝日、毎日、読売。そこに、三社ではない、四社だと主張するのが、ランドの設立発起人十四氏の一人、サンケイ社長の水野成夫氏である。
黒幕・政商たち p.144-145 一口に三社といわれる、朝日、毎日、読売。そこに、三社ではない、四社だと主張するのが、ランドの設立発起人十四氏の一人、サンケイ社長の水野成夫氏である。

文書の二、三はほぼ同じ内容である。「意見書」と題されるその二通の一つは、三十九年十月十四日付、名儀は、神奈川県市長会会長の肩書で、金子小一郎藤沢市長。その二は、それより一週間あとの二十一日付で、名儀は、神奈川県市議会議長会会長の肩書で、金子吉蔵平塚市

議会議長である。

神奈川県下十四市の、市長会と市議会議長会とが、それぞれにランド賛成を表明しているのである。さきの県議会で採択された、ランド反対、公園促進の意見には、一応尊重の態度を示しながら、「大衆性、公益性を前提条件として、その設立のすみやかならんことに賛意を表明」している。

文書の四、五、六は、公文書だ。吉村関東財務局長から、神奈川県知事あて、三十九年十一月二十日付で、「都市公園予定地の処理について」と題し、「その後相当の日時を経過しており、事務処理の都合もありますので、あらためて貴意を承知いたしたく」と、県の公式回答を求めたもの。

これに対し、知事は財務局長に、四十年一月二十九日付で回答し、「その後さらに慎重に検討を重ねた結果、湘南海岸公園整備の進展、県財政の現状等、諸般の事情を考慮し、県立都市公園の設置は、必ずしも適当ではないので、これを取止めることといたしました」と、公園計画の放棄を明らかにした。

つづいて、同文書の2号として「同…跡地の利用につき次のとおり要望いたします」と、「…都市公園にかわる施設として、公共性が強く、かつ公園の趣旨にも合致し、あわせて青少年の情操教育と科学教育のため、有益な施設が民間資本によって設置されることが、最も適当

と認められます」と、知事の意向を、ランドの社名を出すこともなく、控え目ながら、再度表明している。

水野サンケイの対抗意識

この文書はさらに次頁にわたり、「なお」書がついており、「住宅団地を拡張造成する計画がある模様だが、住宅過密を招き、東海道線の輸送も、極限にきているので、絶対に反対」なことを、申し添えている。

これらの状況をみると、三十九年八月以降、四十年はじめにかけて、ランド問題は大きく変化していることが判る。つまり、第二期、芝山氏の登場以後、事態が全く変化しているのである。ランドはフン詰りから脱却して大きく前進しているのである。

では芝山氏は何故、登場してきたのか、そして何の役割を果しているのであろうか。話はさかのぼるが、新聞界のフシギな対抗意識にもどらねばならない。

一口に三社といわれる、朝日、毎日、読売の三社は、たがいに全国紙としての、新聞本来の仕事ばかりか、あらゆる面での対抗意識を根強くもっている。そこに、三社ではない、四社だと主張するのが、ランドの設立発起人十四氏の一人、サンケイ社長の水野成夫氏である。

三社の対抗意識は、北海道進出にもみられるが、民放でも明らかである。読売の日本テレビ、 毎日の東京放送、朝日の教育テレビ、十二チャンネル、といった具合だ。サンケイは、文化放送、ニッポン放送、フジテレビと大きく頑張っている。

黒幕・政商たち p.146-147 〝戦前派学習院〟閥という集団

黒幕・政商たち p.146-147 この徳川宗敬氏の友人が芝山氏。牧野伸顕伯に見込まれ、吉田茂氏に推挙されて、世耕事件として有名な隠退蔵物資摘発の筋書を組んだ、ディレクターである。
黒幕・政商たち p.146-147 この徳川宗敬氏の友人が芝山氏。牧野伸顕伯に見込まれ、吉田茂氏に推挙されて、世耕事件として有名な隠退蔵物資摘発の筋書を組んだ、ディレクターである。

三社の対抗意識は、北海道進出にもみられるが、民放でも明らかである。読売の日本テレビ、

毎日の東京放送、朝日の教育テレビ、十二チャンネル、といった具合だ。サンケイは、文化放送、ニッポン放送、フジテレビと大きく頑張っている。

一方、読売が読売ランド計画を進めると、毎日はすぐドリームランドと手を握り、朝日は、国立こどもの国を支持するといった調子である。この三社のランドがいずれも神奈川県にあるのも面白いが、立ち遅れたサンケイは、独自にサンケイランドを計画し、吉浜海岸の造成地を考えた。

この造成地三万坪は、池袋の白雲閣の土地で、サンケイは「買う買う」と、白雲閣を引ッ張って造成工事を相手に進めさせながら、計算してみると、民有地だから高すぎて金繰りに無理がくると判断した。その結果、白雲閣を引ッ張り放しでポイと棄て、御喜家氏のサイエンス・ランド計画に乗り換え、水野氏が積極的に乗り出したのである。つまり、毎日がドリームランドと組んだように、サンケイはサイエンス・ランドと組もうとしたわけである。従って、発起人九十九氏の中には、マスコミからは、地元紙神奈川新聞社長が加わっているほかでは、サンケイだけといういきさつがある。

さらにまた、旧聞に属するが「文化放送事件」というのがある。そもそも文化放送を設立したのは、イタリー人神父マルセリーノ氏が、伝道用にというのであったが、何かとモメゴトが多く、元公爵徳川宗敬氏が社長になるハズのところ、何時の間にか逆転劇が仕組まれていて、水

野氏が乗っ取った形で社長となり、徳川氏は放逐されてしまった。

この徳川氏の友人が芝山氏である。牧野伸顕伯に見込まれ、吉田茂氏に推挙されて、第一次吉田内閣時代に、経済安定本部に勤務して、世耕事件として有名な隠退蔵物資摘発の筋書を組んだ、ディレクターである。そもそも氏の目的は日本軍の兵器を国府軍に渡し、増強して中国大陸の安定を期するにあり、それ故にこそ吉田茂氏も氏を起用したのであったが、兵器譲渡は米軍とのカネ合いで挫折し、物資摘発が主な仕事になってしまったという。

芝山氏は徳川氏のために、大いに憤慨して水野攻撃のチャンスを待っていたといわれる。そこに白雲閣事件である。サンケイ・ランドの用地造成のため、無理な金融をつづけていた白雲閣の苦境を知り、氏は義憤を感じてサイエンス・ランドに現れた。サイエンス・ランドを利用し、それを乗ッ取るという、水野氏一流の手口について、警告するためにだった。

〝戦前派学習院〟閥という、集団に非ざる集団があるとしよう。そんな〝閥〟があるかも知れないし、ないかも知れない。しかし、あるとすれば芝山氏は、それをバックに持つ隠れた実力者であろう。

その〝実力〟を知ったランド側は、フン詰り脱却のためのコンサルタントとして、氏の指導を仰ぐことになったのである。こうして、発起人の再編成が行なわれた。九十九名の配役表は、姿を消し、ホンモノの発起人十二氏が固まった。この時、サンケイ水野氏も退陣し、五千株の

一株主となって、ランドは芝山氏に敬意を表した。

黒幕・政商たち p.148-149 すべての事態は好転しあとは…

黒幕・政商たち p.148-149 三月、自民党県連会長である河野国務相がランド反対を表明した。一方、田川議員もまた、県政記者クラブに現れて会見を行い、ランド反対を一席打ったのである。
黒幕・政商たち p.148-149 三月、自民党県連会長である河野国務相がランド反対を表明した。一方、田川議員もまた、県政記者クラブに現れて会見を行い、ランド反対を一席打ったのである。

その〝実力〟を知ったランド側は、フン詰り脱却のためのコンサルタントとして、氏の指導を仰ぐことになったのである。こうして、発起人の再編成が行なわれた。九十九名の配役表は、姿を消し、ホンモノの発起人十二氏が固まった。この時、サンケイ水野氏も退陣し、五千株の

一株主となって、ランドは芝山氏に敬意を表した。

名の通った財界人十二氏の結束により、ランドは改めて、用地確保の運動をはじめたのである。そこには、ハッタリやテライもなくなり、事業としてのオーソドックスなビジネスだけになったのであった。

市村清社長から、その親しい三木幹事長へも陳情が行われ、安西正夫昭電社長からは、森清氏を通し、河野国務相の実弟、河野謙三参院議員へも了解が求められた。

地元の神奈川県会も同様である。まず、社会党への説得が行なわれ、事業の本質への理解を得て、常盤浄副議長が賛成した。その結果は、同じ社会党の飛烏田一雄横浜市長の支持である。県議会への了解と同時に、県会議員の選挙母胎である、市長会、市議長会が賛成へ動いて、前記のような「意見書」による支持表明へと進んだ

〝河野一郎のクシャミ〟

すべての事態は好転し、あとは、県議会における承認と、大蔵省の審議会への諮問とその答申を待つばかりとなったのである。

これらの動きが、三十九年夏から四十年二月へかけての半年間、いわゆる第二期のランドの姿である。そして、このような好転の変化が、芝山氏の働らきであるかどうかは、断定し得る

限りではないが、少くとも、氏のコンサルタントとしての助言の成果ではあろう。やはり、財界人は財界人らしく姿勢を正し、オーソドックスな形での事業を進めるべきであるという、絶好の教訓なのであった。

つづいて、ランドは第三期に入る。すなわち、四十年三月以降、会社解散までである。この第三期に入って問題の田川パンフレットが登場するのである。第三期の客観的事実といえば、印刷物では、この田川パンフレットだけである。しかし動きではいろいろなことが起きている。

まず、三月、自民党県連会長である河野国務相がランド反対を表明したのである。一方、田川議員もまた、三月のある日、本会議を抜け出して、県政記者クラブに現れて会見を行い、ランド反対を一席打ったのである。その際、三木幹事長に肩を叩かれたが、「総理にいわれても、私はランドに反対だ」と、語ったといわれる。

さて、いよいよ、さきに紹介した通り、田川パンフレットの問題点の解明に入らねばならない。そして、その問題点の監視が、青壮年向け政治社会教育の、早分りパノラマの見どころでもあるのである。

田川パンフレットを読み終えての、第一印象は、この文章にみる限り、田川議員がその政治生命をかけての、ランド反対——すなわち国有地の厳正な処分という、不退転の決意が現れていない、ということである。

黒幕・政商たち p.150-151 日本住宅公団が出資を申請

黒幕・政商たち p.150-151 不退転の決意の見えない議論、そのパンフレットは、いやがらせの反対、反対のための反対、〝政治的解決〟への誘い水の反対、とみられても止むを得まい。
黒幕・政商たち p.150-151 不退転の決意の見えない議論、そのパンフレットは、いやがらせの反対、反対のための反対、〝政治的解決〟への誘い水の反対、とみられても止むを得まい。

田川パンフレットを読み終えての、第一印象は、この文章にみる限り、田川議員がその政治生命をかけての、ランド反対——すなわち国有地の厳正な処分という、不退転の決意が現れていない、ということである。

このパンフレットの表紙の左肩には、宛名を記入するように、「殿」の一字が印刷され、そのウラ頁には、「注」として、「この冊子は、各方面から説明を求められておりますので、その回答として、解説と意見を加えて印刷に付したものです。したがって、不特定多数の方にはお渡しいたしません」と、断り書が書かれてある。

この、無くてもがなの断り書にも、問題はあろうと思われるが、なぜ、田川議員はランド反対の不退転の決意を見せないのかという疑問に答えよう。前に述べたように、〝政治問題化〟の唯一の打開策である、〝政治的解決〟の暁に備えての、自分の退路を残しておかねばならないからである。

国有地問題の権威であり、その実績を誇る田川議員が、自己の政治生命をかけての、不退転の反対であるならば、それはこのパンフレットを読む人をして、必ずや打つべきものがあるはずである。そして、〝政治的解決〟のあとで、ランド実現が行なわれたら、田川議員は辞任し、再び出馬すべきが、政治家の出所進退というものであろう。

不退転の決意の見えない議論、そのパンフレットは、いやがらせの反対、反対のための反対、〝政治的解決〟への誘い水の反対、とみられても止むを得まい。

では、田川パンフレット批判の具体論に入ろう。第一に、これは古い資料を使い、それを批判の根拠としている点である。ここまで延々と、客観的事実にもとづいて、ランドをめぐる動

きを解説してきた通り、その状況はまことに流動的で、ランド側はあやまちを改めるに憚るところなく、前進を続けてきている。従って、ある時点では、非難攻撃さるべき点も、次の時点では、もはや改められているのである。一例をあげれば、内山知事を突如として、御署名順による筆頭発起人に加えるようなランドの小細工である。このパンフレットが配布された、四十年三月現在の時点、すなわち、原稿執筆、印刷の物理的時間経過を差引いた時点において、立論の根拠とせねばならないにもかかわらず、それを故意にさけて、古い資料を使用しているのは田川議員が新聞記者出身だけに、何としても首肯し難いのである。

第二点は、国有地の厳正な処分をのぞみながら、ランド反対は、県立公園促進ではなくて、自案ともいうべき代替案を出している点である。スジを通すならば、昨年の県議会で採択された「意見書」の通り、ランド反対、公園促進であらねばならない。

公園促進の本来の姿にかえした上で、県が四十年一月二十九日付公文書で明らかにしたように、「県財政の現状」等から、公園計画を取止めた時に、はじめて代替案が出さるべきであって、ランド反対イコオル自案推進というのでは、何人をも納得せしめ得ない、我田引水論である。

このパンフレットの文章構成は、露骨に我田引水を主張せず、「白紙になれば(審議会の公園貸付け決定処分が)、この六万坪の国有地には日本住宅公団が出資を申請しているので、そ

の通りに決るかも知れません。(中略)もちろんこのほか、神奈川県が放棄すれば、学校敷地に欲しいという声も各学校から出ております。たとえば、隣りの相模工業学園は、四十年一月二十六日、払下げ申請を行いました」(パンフレット第十一、十二頁)という具合に、ランドよりこの方が公共性、教育性があるじゃありませんか、と、巧妙な主張をしている。

黒幕・政商たち p.152-153 六万坪を住宅公団にせよと

黒幕・政商たち p.152-153 住宅公団——土建業者——河野派資金源という、いまわしい予感は、さきの平井学建設省官房長事件を想起するまでもなく、誰の胸にも浮んでくることである。
黒幕・政商たち p.152-153 住宅公団——土建業者——河野派資金源という、いまわしい予感は、さきの平井学建設省官房長事件を想起するまでもなく、誰の胸にも浮んでくることである。

このパンフレットの文章構成は、露骨に我田引水を主張せず、「白紙になれば(審議会の公園貸付け決定処分が)、この六万坪の国有地には日本住宅公団が出資を申請しているので、そ

の通りに決るかも知れません。(中略)もちろんこのほか、神奈川県が放棄すれば、学校敷地に欲しいという声も各学校から出ております。たとえば、隣りの相模工業学園は、四十年一月二十六日、払下げ申請を行いました」(パンフレット第十一、十二頁)という具合に、ランドよりこの方が公共性、教育性があるじゃありませんか、と、巧妙な主張をしている。

「政治的」は「法律的」に通ず

〝巧妙〟というのは、同六十二頁から六頁にわたって、田川議員は大蔵省管財局長である江守説明員を吊し上げている。三十九年十二月の衆院地方行政委の議事録である。

「そこでもう一つ聞きたいのは、住宅公団のいわゆる住宅と先ほどあなたが営利事業といわれたサイエンス・ランド株式会社とは、どちらが一体公共性を持っておるかお伺いしたい」と、田川議員は質問している。その前には、「さらにもう一つお伺いいたしますが、株式会社サイエンス・ランドは、営利事業であるのかないのか、これをお伺いしたい」と質問したのちの、この質問である。

文字をみても、住宅公団と株式会社ではないか。田川質問は、それから長々と、六万坪を住宅公団にせよといわんばかりに続き、公団の代弁者——利益代表人の如き質問を行っている。

これが我田引水というのだ。

相模工業学園という、学校法人でありながら、手形を乱発している経営不良のブローカー会社のようなものでも学校とつけば教育といえる。これに三万坪を払下げた審議会の処分内容を調査するのが、政治家の本道と思われるが、そんな学校にさらに六万坪を払下げるべきだといわんばかりの、文章構成なのである。もっとも、この学校のことは、国会では何も発言していないのだから、ランド反対論の構成上のアクセサリーということはすぐ読めよう。

住宅公団——土建業者——河野派資金源という、いまわしい予感は、さきの平井学建設省官房長事件を想起するまでもなく、誰の胸にも浮んでくることである。警察官僚のホープであった平井学氏が、河野建設相に登用されたことから、後輩の警察官に取調べられるという事件は、検察の長老岸本義広議員が、大野派であったからとはいえないにしても、後輩の検事に起訴された事件とともに、感銘深い事件である。後者の選挙違反に対し、前者の汚職という点に、田川議員の住宅公団促進論が、ランド反対の大義名分を失わせているのを、惜しまねばならない。

第三点は、このパンフレットによって、出来るだけ余計な〝敵〟をつくるまいという小心な姿勢が見えすいている点である。政治的信念に生きるならば、少々どころか、どんな大敵をも恐れないのが、政治家としての正しいあり方ではあるまいか。

さきに引用した第七頁に、政治評論家戸川猪佐武氏を、「戸川某」と表現している。一流紙読売の政治部主任記者という経歴をもち、政治評論家として新聞雑誌から、ラジオテレビで活

躍し、反河野派とはいえ、衆院初出馬で二万近い得票を得て、泡沫候補ではないという証拠を示した同氏を〝車夫馬丁〟並みの〝某〟という表現を、どうして使用したかということである。

黒幕・政商たち p.154-155 政治的になら可能という暗示

黒幕・政商たち p.154-155 「サイエンス・ランドへの払下げは不可能である旨、法律的な説明をしました。しかし強くは申しませんで、私の老婆心からという意味で、言っただけでした」
黒幕・政商たち p.154-155 「サイエンス・ランドへの払下げは不可能である旨、法律的な説明をしました。しかし強くは申しませんで、私の老婆心からという意味で、言っただけでした」

さきに引用した第七頁に、政治評論家戸川猪佐武氏を、「戸川某」と表現している。一流紙読売の政治部主任記者という経歴をもち、政治評論家として新聞雑誌から、ラジオテレビで活

躍し、反河野派とはいえ、衆院初出馬で二万近い得票を得て、泡沫候補ではないという証拠を示した同氏を〝車夫馬丁〟並みの〝某〟という表現を、どうして使用したかということである。

苗字を冠した某という表現は、同人のその文中における登場意義が、全く重要でないか、または知名度が低くて、姓だけは分ったが名は明らかでないとか、過去の人物で記録がないため明らかにし得ない場合にのみ、このような表現をとるのが、文章作法上の常識である。その常識に反して、あえてこのような表現をとったということは、田川議員のランド反対論の立論が、極めて作為的であるといえる。

それこそ、あれを想い、これを考えるといった、〝政治的配慮〟に満ちている文章である。戸川氏ばかりではない。ランド第二期におけるV・I・P(最重要人物)の、芝山義豊氏の名前が、一切現れてこないのである。芝山氏が、同社の役員でも顧問でも、相談役でもないのは事実だから、同社に関係ない人物として黙殺しているのであろうか。

しかし、田川議員が、経過説明の中で、「上妻某、戸川某」と、芝山氏よりも存在価値の低い人名を出しているのだから、芝山氏黙殺は、何としても不明朗である。

その他、「……問題を究明すべき点はありましたが、これを差控えたのは、与党の一員であるという、私の立場を考えたからであります」(一五頁)

「サイエンス・ランドへの払下げは不可能である旨、法律的な説明をしました。しかし強く

は申しませんで、私の老婆心からという意味で、言っただけでした」(一七、八頁)などの表現に、田川議員の〝政治的退路〟をみるのである。

また、このパンフレット全部を通じて「法律的には払下げ不可能だ」と、必らず〝法律的〟には、の前提を付している点などは、それでは〝政治的〟になら可能、という、暗示とも受取れるのである。

ところが、現実は〝法律的〟にも不可能を、可能とする実例がある。

解散劇にみる損得勘定

河野一郎氏が農林大臣の時、バナナの輸入に関して、大臣権限で「東京市場」令を改正したことがある。

バナナ業界は、輸入業者と加工業者とに別れており、加工業者には輸入ワクが与えられていなかった。ところが、輸入業者は机と電話だけの設備で、青バナナを黄色くするムロなどの設備が必要な加工業者よりも、利巾が大きいのである。

多分、加工業者が、サイエンス・ランドのように、農林大臣に陳情したのであろう。その効果は即座に現れて、市場令は改正になり、加工業者にも輸入ワクが与えられて、〝法律的〟にできなかった加工業者の輸入が、法律的に可能になったのである。

黒幕・政商たち p.156-157 二将功なって財界の百卒枯る!

黒幕・政商たち p.156-157 計画倒産ではないが、計画解散である。もともと、払下げられてもいない国有地を舞台にした、株式出資金名儀の〝恐喝〟にも似た、金集めだったといわざるを得まい
黒幕・政商たち p.156-157 計画倒産ではないが、計画解散である。もともと、払下げられてもいない国有地を舞台にした、株式出資金名儀の〝恐喝〟にも似た、金集めだったといわざるを得まい

田川議員の〝法律的不可能論〟は、法律を改正する〝政治的解決〟への、サゼッションとみるのは、下司のカングリに過ぎるというべきか、どうか。

いずれにせよ、このような経過をもって、ランド問題は、第三期へと進んでいるのである。

そして田川議員の親分河野国務相が、〝反対〟で初登場し、片や三木幹事長の名前も、田川議員の言葉として現れるという、これより三役と拍子木の鳴るところにさしかかってきた。この、政財界早分りパノラマの結末に、何が展示されるであろうか。

第三期は、用地確保の不能から、ついに解散にいたる。芝山氏の登場によって、〝一株主〟と退けられていた、御喜家氏が、再び登場して、解散の主導権を握る。その軍師は小谷正一氏である。

井上靖「闘牛」のモデルと喧伝され、ランド解散後は、評論家の肩書でマスコミに登場。

大宅共栄圏に投じた小谷氏は、中共考察組にも加わり、共栄圏盟主に忠誠をつくす。そして、万博事務総長の椅子を狙う。

一方、御喜家氏は、経済雑誌「評」を、綜合雑誌「新評」へと発展させ、〝敗軍の将〟が〝家を建て〟ている有様である。

二将功なって、財界の百卒枯る! 嗤うべし、連名簿の財界人百名である。さらに、第三期の「会社解散劇」に筆を進めねばならないのであるが、紙数も尽きたようである。

解散の主導権を握った、御喜家、小谷両氏が、会社財産の評価をどのようにしたか。例えば、会社の自家用車が、数万円の評価で関係者に払下げられる、退職慰労金の金額の査定のデタラメさなど、計画倒産ではないが、計画解散である。もともと、払下げられてもいない国有地を舞台にした、株式出資金名儀の〝恐喝〟にも似た、金集めだったといわざるを得まい。

会社幹部はその間に高給を喰み、数回もの外遊を試み、揚句の果は喰い逃げである。私の知っている限りでは、八幡の藤井丙午氏だけが、会社の出資金の損害を、毎月の自分の収入の中から、月賦返済しているということである。他の財界人は果して、どうだろうか。

どうせやるなら、デカイことなされ、である。この時、冒頭の月刊「現代」誌の梶山季之の一文を見る時、うがち得て妙である。

黒幕・政商たち p.158-159 秘密を売る男の死

黒幕・政商たち p.158-159 昭和四十三年。外交時報九月号=七月二十二日付中華週報によれば、麻薬は中共第一の外貨稼ぎであり、毎年八億ドルのボロイ商売である。
黒幕・政商たち p.158-159 昭和四十三年。外交時報九月号=七月二十二日付中華週報によれば、麻薬は中共第一の外貨稼ぎであり、毎年八億ドルのボロイ商売である。

第8章 秘密を売る男の死

昭和四十三年。外交時報九月号=七月二十二日付中華週報によれば、麻薬は中共第一の外貨稼ぎであり、毎年八億ドルのボロイ商売である。

「兵庫県警というのは、神戸港を控えているだけに、何かと問題の多いところでネ。入管との対立から麻薬中国人に逃げられたり」——警視庁外事課のある警部。

黒幕・政商たち p.160-161 兵庫県警と麻薬一つのミステリー

黒幕・政商たち p.160-161 警部が、若いマッサージ師と、日光で心中した事件があった。これが、麻薬のヴェテラン刑事で、結果は〝中年男の愛欲行〟とされてしまったのだが……
黒幕・政商たち p.160-161 警部が、若いマッサージ師と、日光で心中した事件があった。これが、麻薬のヴェテラン刑事で、結果は〝中年男の愛欲行〟とされてしまったのだが……

麻薬Gメン〝愛欲行〟の謎

背後関係のからむ自殺説

「大阪府警では、兵庫県警に連絡すると情報洩れになると、二課でも四課でも警戒してますよ」——府警記者クラブでの話。

「昨年秋に、兵庫県警本部から、神戸水上署の保安課長に栄転した警部が、若いマッサージ師と、日光で心中した事件があった。これが、麻薬のヴェテラン刑事で、結果は〝中年男の愛欲行〟とされてしまったのだが……」ある麻薬取締官はこう語りはじめる。兵庫県警と麻薬——ここに一つのミステリーがある。

四十年十月三日、奥日光の中禅寺湖畔の国有林で、キノコ採りの男が、心中死体を発見して日光署に届出た。そして、それから五日経って、その死体の身許は八月三十日から行方不明になっていた、元神戸水上署保安課長松尾長次郎警部と十九歳のマッサージ師E子さんであることが確認された。その年の三月の異動で県警本部から水上署の保安課長に転任した、麻薬と密輸のべテラン。四十三歳の警部の、若い女に夢中になった、愛欲行とみられたのだった。

だが、「週刊新潮」誌によれば、どうも、単なる〝愛欲行〟とは考えられないようだ。二人の足取りは、九月一日のひるごろ、日光観光ホテルに現れ、一泊して、タクシーで中禅寺湖に向い、九月四日付日光局消印の手紙が、松尾警部の妻と、女の母親宛に出されているだけしか判らない。

この手紙にもとづいて、九月十日、水上署の刑事二名がホテルにやってきた。支配人に女の写真を見せて、宿泊の有無をたずね、宿帳の筆跡に「間違いない」とうなずいた。

「麻薬の捜査だ。部屋に注射器、クスリ包みのようなものがなかったか」とルーム・メイドにたずねた。「クズカゴの中に、クスリ包みのようなものがあったが捨てた」という答えを得ている。

水上署では、警部の失跡理由を、「もともと実直な人で、女の妊娠をオロスというチエも、駈け落ち前に依願退職して退職金を受け取る分別もなかったか」と、単なる〝中年男の愛欲行〟にすぎないというのだが、麻薬とその背後関係のからんだ自殺説もあるという。

というのは、「愛欲のための失跡」に対して、刑事二名を出張捜査させることがオカシイし、それへの批判に対しては「捜査費用は後日遺族に請求する」といっているのだが——と、同誌は疑問を投げている。

事実、神戸水上署の保安課長といえば〝陽のあたる場所〟である。それをしも若い女に狂っ

て、棒にふることはあり得よう。だが、それならば、妻と女の母親への手紙で〝愛欲行〟は判っていたのである。どうして、水上署の刑事二人が遠い奥日光まで、追って来なければならなかったのだろうか。

黒幕・政商たち p.162-163 兵庫県警の狙いは取締官の逮捕

黒幕・政商たち p.162-163 松尾警部心中事件の背景を求めて、阪神の〝極道〟たちの間を歩き廻った私は、「松尾事件は、モチロン麻薬があるのさ」と、彼らの間の、無責任な風聞をきき集めてきた。
黒幕・政商たち p.162-163 松尾警部心中事件の背景を求めて、阪神の〝極道〟たちの間を歩き廻った私は、「松尾事件は、モチロン麻薬があるのさ」と、彼らの間の、無責任な風聞をきき集めてきた。

事実、神戸水上署の保安課長といえば〝陽のあたる場所〟である。それをしも若い女に狂っ

て、棒にふることはあり得よう。だが、それならば、妻と女の母親への手紙で〝愛欲行〟は判っていたのである。どうして、水上署の刑事二人が遠い奥日光まで、追って来なければならなかったのだろうか。

警察では、捜査費用の予算が少ないことが、刑事たちに心身共のオーバー・ワークを強いる結果になることを、常日頃から洩らしているではないか。この出張捜査は、県警本部の了解なしには、行なえるものではない。とすると、やはり、松尾警部の死の愛欲行は、その背後関係を洗わねばならない。

松尾警部心中事件の背景を求めて、阪神の〝極道〟(ゴクドウ。東京でいうヤクザ)たちの間を歩き廻った私は、「松尾警部の事件は、モチロン麻薬があるのさ」「麻薬課長の女房が、オドかされているという、ケッタイな話もあるンヤ」と、彼らの間の、無責任な風聞をきき集めてきた。

それらの中で、フト、私の気持に、何かピンと来る、古い事件があった。一人の麻薬バイ人(ペーヤと呼ばれる、末端の小売り人)が、拘留中に痔のために一般病院に移され、そして間もなくピストル自殺を遂げたという話である。

鈴木兼雄、昭和四年生れ、昭和三十六年四月三日、神戸市生田区加納町四の一山田病院で自殺。神戸の極道、五島会岩田組に属し、常習の麻薬密売人である。

〝サツの犬〟の寝返り

「今回、私が警察でお調べをうける破目になり、反省してみましたが、私のようなインホーマー(注、情報提供者)の犠牲者を再び出さないように、しなければならないこと。麻薬事務所のオトリ捜査の行き方が、これで良いのかといった疑惑を抱くようになりましたことなどから、麻薬捜査の適正化といったことに役立てばと思い、私がインホーマーとして活躍した過程で、知っていることを一切お話したいと思います。これを話すことによって、私自身、自繩自縛のことになる点もあり、また、他から身体生命的な圧迫、迫害といったことも、一応予想されるところです」

このような文章で、この麻薬密売人は兵庫県警防犯課で、昭和三十五年八月十三日、真鍋弥太郎警部補に調書をとられているのである。

この調書の冒頭部分で明らかになったように、鈴木は常習密売人であると同時に、厚生省麻薬取締官近畿事務所のインフォマー(S、スパイのこと)であったのである。そして、鈴木一派の麻薬取締法違反事件は、同時に近畿事務所長近藤正次、同捜査二課長鋤本良徳、東海事務所阿知波重介という、三名の現職麻薬取締官の逮捕へと、意外な発展をしたのであった。

イヤ〝意外な発展〟といっては、正鵠を失しよう。兵庫県警の狙いは、近藤所長以下の、麻薬取締官の逮捕であったといってもよかろう。つまり、商売仇をヤッつけたのであった。

黒幕・政商たち p.164-165 警察と取締官とは犬猿の仲

黒幕・政商たち p.164-165 この五八条が問題なのである。警察官には許されていない、取締官だけの特権である。ということが、この両者の宿命的対立を招いているのである。
黒幕・政商たち p.164-165 この五八条が問題なのである。警察官には許されていない、取締官だけの特権である。ということが、この両者の宿命的対立を招いているのである。

イヤ〝意外な発展〟といっては、正鵠を失しよう。兵庫県警の狙いは、近藤所長以下の、麻

薬取締官の逮捕であったといってもよかろう。つまり、商売仇をヤッつけたのであった。その意気ごみが、鈴木の調書の導入部の作文に、ハッキリと謳われているではないか。

麻薬取締官というのは、麻薬取締法第五四条に、麻薬取締員と共に、その職務権限が示されているが、「厚生大臣の指揮監督を受け、麻薬取締法、大麻取締法もしくはアヘン法に違反する罪、刑法アヘン煙に関する罪、麻薬もしくはアヘンの中毒により犯された罪について、司法警察員として職務を行う」のである。

従って、武器の携行も許されており、「その他の司法警察職員とは、その職務を行うにつき互に協力しなければならない」とまで、定められているが、現実には、麻薬に関しては、警察と取締官とは犬猿の仲である。

さらに、同法第一二条は、「麻薬は、何人も輸入、輸出、製造、製剤、譲渡、譲受、交付、施用、所持、廃棄してはならない」と、厳しい禁止規定を設けてはいるが、同じく五八条で、「麻薬取締官は、麻薬に関する犯罪の捜査にあたり、厚生大臣の許可をうけて、この法律の規定にかかわらず、何人からも麻薬を譲り受けることができる」と、譲り受けに関して、免除条項がある。

この五八条が問題なのである。警察官には許されていない、取締官だけの特権である。ということが、この両者の宿命的対立を招いているのである。つまり、取締官が司法警察員の職務

(犯罪捜査)を行えるのは、麻薬関係だけである。彼らの経歴の多くは、いうなれば、ポッと出の薬剤師で、捜査に関しては、まるでズブの素人である。長年、捜査で叩きあげてきた、職人肌の刑事にとっては、そこが不愉快でならないという、その感情も理解できよう。

Gメンと警官の反目

刑事たちは、麻薬の不法所持者、密売人や中毒患者をみつけ出せば、いわゆるヒッカケ逮捕(他の犯罪容疑で逮捕)もできるし、日本の捜査の現状が、岡ッ引捜査(ショッピいてきて、叩いて、泥を吐かせる)であるだけに、丹念な積み重ね捜査しかできないのである。つまり、麻薬の譲り受けが許されてないから、密売ルートの中に、潜入できないのだ。

これに対し、取締官は、他の法律を援用できないからもちろん、ヒッカケや岡ッ引捜査ができない。つまり、麻薬そのものにタッチして、これを検挙するしか犯罪捜査の手段がないのである。これは、いわば、オトリ捜査である。取締官が、自ら麻薬を買いに行って、その譲り渡しの相手を捕まえる以外に、手がないのである。

この辺のところに、両者の「捜査線」の交錯が生ずるのである。警察が長時間をかけ、遠くからジッと見つめているところへ、取締官がその「線」の中に入りこんで、逃がしたり、警戒されたりして警察の捜査を、ブチ壊すケースが多いことなど、容易に想像されるのである。

黒幕・政商たち p.166-167 所長は『絶対に否認せよ』と強調

黒幕・政商たち p.166-167 この調書の狙いは、所長以下の三取締官の、鈴木との共謀振り(取締官の起訴事実の麻薬密輸、収賄)と、検察庁へ運動の阻止にあると思われる。
黒幕・政商たち p.166-167 この調書の狙いは、所長以下の三取締官の、鈴木との共謀振り(取締官の起訴事実の麻薬密輸、収賄)と、検察庁へ運動の阻止にあると思われる。

麻薬取締法五八条の、取締官の麻薬譲受けの許可は、どのような精神にもとづいて定められたのであろうか。「麻薬の犯罪捜査にあたり」と、但し書きが付されているのだから、これは、いわゆるオトリ捜査を認めているのではないだろうか。麻薬のオトリ捜査が、立法の精神において認められているとすれば、鈴木の警察調書の、冒頭部分のオトリ捜査への非難は警察官、否、兵庫県警麻薬担当官の〝感情〟と判断されよう。

大体からして、教育もないし、極道の麻薬密売人で、あのような〝大演説〟を文字通りにブテるハズがないので、調書の冒頭と末尾とは、筆者の体験からしても、調べ官の「……ということなんだろ?」という、断定的な発言に対し、被疑者は「ハイ」と、うなずくだけだ。

この、県警麻薬担当官の、近畿麻薬取締官への〝感情〟は、鈴木の調書の他の部分にもある。つまり、鈴木逮捕当時の取締官事務所との関係を、わざわざ一項目をたてて、三十五年十月十日に、鈴木入院中の山田病院で(数次の調書の日付をみてゆくと、十月になって入院しているようだ)、兵庫署の生田春次巡査部長が、調書をとっている。

「近畿事務所神戸分室に行きましたところ、分室長が『警察本部が君を逮捕するといっており、今、所長(近藤被告)に連絡をとり、検察庁にもなんとかして頂くよう話をしている」

(中略)

分室長が電話を代れというので受話機をとると、近藤所長が出ていて、『鈴木君、二十二日

間の辛抱や、絶対に否認せい。わしが検察庁に話してその間になんとかする』と、いいましたから、私は所長に、『今まで事件の内容をある程度弁護士から聞いていることでもあり、警察へ行って話をする』と、いいましたが、所長は『絶対に否認せよ』ということを強調し、さらに私に、『警察は君だけでなしに、麻薬事務所ということも計算に入れており、麻薬係だけではなくして、捜査二課(鋤本被告が課長)の方も調べることやろ』といいました。

(その打合せに捜査二課長が神戸分室にきて、鈴木は明朝十時=八月二日=に県警本部へ出頭するから、逮捕は待ってくれとの話し合いがついたことになる)同分室を出ようとすると、奥川取締官が、『ああ、警察がおる』というので、フト顔をあげてみると、刑事らしい男が私の自家用車のおいてあるところに立っておりました。(中略)

私は鋤本氏に対し、『今、捕ったら困る。金を一銭も持っていないし、また、警察も約束しておいて、汚ないなあ』というと、鋤本氏は『警察ってそんなとこや。まア、スーさん、行ったらあんばいよう頼む』と、いいました」

この調書の狙いは、所長以下の三取締官の、鈴木との共謀振り(取締官の起訴事実の麻薬密輸、収賄)と、検察庁へ運動の阻止にあると思われる。このような、県警側の〝感情〟は、当然、取締官側にも反映して、近藤被告(前所長)の裁判所への上申書に、ハッキリと警察との協力を否定している部分がある。

黒幕・政商たち p.168-169 近藤正次は近畿事務所長に

黒幕・政商たち p.168-169 着任早々に、インフォーマーのお繕立てにのって、所長自ら〝天理市居住の医師〟に扮して、密輸中国人の手先と接触した。
黒幕・政商たち p.168-169 着任早々に、インフォーマーのお繕立てにのって、所長自ら〝天理市居住の医師〟に扮して、密輸中国人の手先と接触した。

権力の執行者に落し穴

近藤正次被告の、四十一年三月付の上申書は、「関税法違反及び麻薬取締法違反被告事件は、潜入捜査のため生じた、複雑微妙なる経緯を伏在する事案でありますので(中略)本件真相を把握賜りますようお願いいたします」として四三頁にわたり、衷情を訴えている。その目的をみてみよう。

一、当時の麻薬事犯の実情、ならびにこれに対する捜査方針

二、私が近畿地区麻薬取締官事務所に赴任以来、鈴木兼雄を情報提供者として採用した経緯及び同人の情報により検挙した事件の概要、ならびに本件潜入捜査の一目的たる李忠信逮捕にいたるまでの概要

イ 鈴木兼雄採用の経緯

ロ 阿知波取締官の五島会潜入

ハ 欧金奢検挙前後の状況(近藤起訴事実の一)

ニ 高橋正一を情報提供者として採用した経緯

ホ 鋤本取締官の五島会潜入

ヘ 森松敏一検挙前後の状況(起訴事実の二)および李忠信逮捕にいたるまでの概要

ト 宗敏明事件検挙の経緯

三、チサダネ号事件(起訴事実、近藤の三、鋤本の一、阿知波の一)

四、ルイス号事件(阿知波の二)

この上申書の目次をみれば、おおよその事件の経過は明らかである。「昭和三十三年十一月、厚生省麻薬課長に久万楽也氏が就任されるにおよび、全国八ブロックに別れている地区麻薬取締官事務所の、過去十年間における沈滞した空気の刷新を計るため、大規模な人事異動が計画され」て、近藤被告は、近畿事務所長になった。

そして、着任早々に「中国人が麻薬を大量に売りたがっている。そこで、天理市の医師に話したら、取引したいといっていた」という、インフォーマーのお繕立てにのって、所長自ら〝天理市居住の医師〟に扮して、密輸中国人の手先と接触した。往診カバンの中に、見せ金百七十万円を詰め、役所の車のナンバーを、陸運事務所に交渉して取換え、数回の接触ののち、深夜の街頭で、所長の車に壮漢が五人乗込んでくる。お抱え運転手に扮した部下の取締官は、思わず胸に吊った拳銃にふれてみる——こんなスリラーののち、所長の車を尾行している検挙班のオート・三輪が、五人の壮漢のうちの一人鈴木を逮捕するのだ。もちろん、中国人の麻薬の商品見本として持っていたヘロイン三一八グラムの不法所持だ。所長は、第五八条によって

鈴木から譲り受けたそのヘロインの、譲り受け責任はない。ここが、警察官の捜査と違う点である。

黒幕・政商たち p.170-171 麻薬王・王漢勝、欧金奢、李忠信

黒幕・政商たち p.170-171 近藤—阿知波—鈴木のトリオは、王漢勝のすぐ下のクラスの欧金奢を逮捕した。五島会の内偵の結果、洪盛貿易公司の李忠信逮捕へと勇み立ったのである。
黒幕・政商たち p.170-171 近藤—阿知波—鈴木のトリオは、王漢勝のすぐ下のクラスの欧金奢を逮捕した。五島会の内偵の結果、洪盛貿易公司の李忠信逮捕へと勇み立ったのである。

もちろん、中国人の麻薬の商品見本として持っていたヘロイン三一八グラムの不法所持だ。所長は、第五八条によって

鈴木から譲り受けたそのヘロインの、譲り受け責任はない。ここが、警察官の捜査と違う点である。

警察官の麻薬捜査も、現実には、刑法の総則(正当行為による犯罪の不成立)を拡大解釈して、麻薬の譲り受けを認めているが、原則的には、麻薬取締官だけである。だから、警察官は、エス(取締官はインフォーマーという)もろとも、逮捕してしまうし、尾行、職質など、自分たちが直接、麻薬に手を触れなくとも検挙できる捜査能力と組織とを持っているのである。

近藤所長の栄転後の初戦果に、本省はじめ近畿事務所は、すっかり張り切ってしまった。そして、麻薬撲滅のための水際作戦のため、鈴木の保釈を検事に運動して、情報提供者に仕立ててしまう。

極道、ヤクザ、グレン隊——このような人種ほど、権力に弱い卑劣な人間たちはおるまい。自分の悪事を反省するどころか、自分の罪を軽くしてもらうとか、釈放されるとかいう、私利私欲のためにだけ忠実で、仲間を裏切り、権力に迎合し、へつらう。鈴木とて、例外ではなかったのである。

そして、麻薬取締官という、国家権力の執行者であった近藤所長はじめ、三人の取締官は、鈴木を過大評価し、鈴木の狎れに馴染み、権力と権力の走狗というつながりを忘れて、人間感情を持ちすぎた結果、やはり、裏切られたのである。鈴木にとっては、取締官と警察官との、

二つの〝権力〟をハカリにかけて、今、自分を逮捕して、自分の自由を拘束している、兵庫県警に迎合することの方が、重大だったのである。

女を抱いて収賄

さて、忠誠を誓った鈴木の手引きで、神戸でカオを知られていない、東海地区事務所の阿知波取締官が大阪に派遣されて、麻薬暴力団「五島会」に潜入する。彼は偽名して、横浜で麻薬事犯指名手配をうけ、神戸に逃げてきた、鈴木の客人ということで、旅館住いの男。

近藤—阿知波—鈴木のトリオは、その年の暮に、王漢勝のすぐ下のクラス(在日幹部)の欧金奢を逮捕した。再びクリーン・ヒットである。五島会の内偵の結果、王なきあとの在日責任者は、洪盛貿易公司の蔡某こと李忠信と判明、本省の許可もとって、李忠信逮捕へと勇み立ったのである。大隊長クラスではあるが、欧金奢ともども、在日の大物であることは間違いない。

鈴木の紹介で、鈴木より一クラス上にランクされる、山清組の高橋正一が、同じようにインフォーマーになった。密輸外国船の中国人船員を捕えるためだ。だが、この時期から、鈴木は鈴木で秘かにある計画を練っていたらしい。つまり、高橋を紹介し、取締官に中国人船員の面割り(メンワリ。顔を覚えさせる)と称して、彼らを船に連れこみ、税関のフリー・パスを狙

ったものだ。

黒幕・政商たち p.172-173 栄光のカゲに墓穴が

黒幕・政商たち p.172-173 国家公務員の捜査費用で、彼らと対等に、ワリカン(もしくは、オゴられれば、次回オゴリ返す)で、付き合えるであろうか。これらが、すべて「贈収賄」事件として立件されたのである
黒幕・政商たち p.172-173 国家公務員の捜査費用で、彼らと対等に、ワリカン(もしくは、オゴられれば、次回オゴリ返す)で、付き合えるであろうか。これらが、すべて「贈収賄」事件として立件されたのである

だが、この時期から、鈴木は鈴木で秘かにある計画を練っていたらしい。つまり、高橋を紹介し、取締官に中国人船員の面割り(メンワリ。顔を覚えさせる)と称して、彼らを船に連れこみ、税関のフリー・パスを狙

ったものだ。

潜入した阿知波取締官の手腕は、仲々のものであった。その的確な情報で、事務所は、次々と2ラン・ホーマー、満塁ホーマーと打ちつづけた。年があけて、一月にバイ人を二人、二月には、王漢勝と同列の郭建新(欧金奢、李忠信の上部機関、連隊長クラス)の内妻、浜本順子らを逮捕した。

五島会の内部組織の解明が進み、〝麻薬営業部長〟が浮んできたので、ここで九州地区から呼ばれた、鋤本取締官が、密輸時計ブローカーから麻薬ブローカーに転業した男、として、やはり極道の群れに投ずる。

李忠信を追う、麻薬取締官の輪が、だんだんにせばめられ、二月下旬には、厚生省に防弾チョッキを手配してもらい、近畿事務所の二十名に、応援六名を得て、麻薬二ポンドと中国人暴力団数名に護衛された李を追うという、スリリングな場面まできた。

だが、近藤上申書はいう。「引続き、李の立回り先数カ所を、昼夜交代で張込みした。しかし、取締官だけでは人員不足の点、また国外逃走のおそれから、当時の担当検事も心配し、全国指名手配(警察)してはとの助言もあったが、王漢勝事件捜査のいきさつもあり(事件端緒から押収麻薬のすべてを取締官が押えたが=注、取締官の功績=、警察との合同捜査により、王漢勝を全国指名手配せよとの検事指示により、逮捕後は本件すべてを警察に移された苦い経験が

ある=注、手柄をすべて警察にとられた=)厚生省としては、この事件はあくまで取締官の総力を結集して検挙せよ、との指示にもとづき、ついに五月二日、李忠信を逮捕することに成功した」

三月には、五島会の幹部二名、四月にはまた二名と、さらに五月には、念願の李忠信と、潜入取締官たちは、近藤所長指揮のもとに、着々と成果をあげていったが、その間、栄光のカゲに墓穴が掘られていたのだった。

つまり、鈴木に対する信頼度が高まって、鈴木は「権力」に狎れたのである。また、Aは麻薬指名手配の逃走犯、Bは九州の密売ブローカーとして、彼らと行動を共にするのだから、キャバレーで飲み共に娼婦を抱き、するのである。服も紺の背広ではデカ・スタイルだから、派手なサイド・べンツを鈴木に借り、髪は極道刈りということになる。旅客機で東奔西走し、時計はインターということになれば、国家公務員の捜査費用で、彼らと対等に、ワリカン(もしくは、オゴられれば、次回オゴリ返す)で、付き合えるであろうか。

これらが、すべて「贈収賄」事件として立件されたのであるが、果してどんなものであろうか。

鈴木、高橋は、四月、五月、六月と、「密輸船が入ったから」として、神戸港、名古屋港、横浜港を、近藤所長らを引き回した。そして、取締官を船のタラップに待たせ、彼らが船内に

入って、麻薬の密輸を行い、また、取締官事務所の公用車に同車して、税関を通り抜けたのであった。(と、極道たちの警察調書には記録されている)

黒幕・政商たち p.174-175 死ぬことを期待した者は誰か

黒幕・政商たち p.174-175 鈴木は県警に逮捕され、県警の思う通りの調書を取らせ、十月には一般病院に移され、翌年四月に自殺して果てたのである。私がピンときたというのは、〝鈴木の謀殺〟ではないか、ということである。
黒幕・政商たち p.174-175 鈴木は県警に逮捕され、県警の思う通りの調書を取らせ、十月には一般病院に移され、翌年四月に自殺して果てたのである。私がピンときたというのは、〝鈴木の謀殺〟ではないか、ということである。

鈴木、高橋は、四月、五月、六月と、「密輸船が入ったから」として、神戸港、名古屋港、横浜港を、近藤所長らを引き回した。そして、取締官を船のタラップに待たせ、彼らが船内に

入って、麻薬の密輸を行い、また、取締官事務所の公用車に同車して、税関を通り抜けたのであった。(と、極道たちの警察調書には記録されている)

取締官たちは、次便で密輸させるため今回は発注するのだから、相手の中国人船員の面割りをする、という目的で同行していた。面割りしておけば、その船が次回入港したさい、その船員の尾行で、在日幹部が割り出せる、という狙いだ。これが、チサダネ号、ルイス号事件である。

二足のワラジ

事実、鈴木の動作は、事務所が検挙の実績をあげるたびに、密売人としても、威張り出していたようである。彼は、インフォーマーとして、仲間を売りながらも、〝商売〟は続けており、その儲けが取締官たちとの酒色費にもなっていたようである。

事務所の戦果と、鈴木の横行振りに注目した兵庫県警は、〝蛇の道は蛇〟で、即座に、取締官たちの行動が、シャクシ定規な法律の運用にふれることを判断したらしい。こうして、八月二日、鈴木は県警に逮捕され、県警の思う通りの調書を取らせ、十月には一般病院に移され、翌年四月に自殺して果てたのである。

鈴木の自供にもとづき、近藤所長以下は、刑事訴追をうけるハメに陥った。三人共、数カ月も放置されたあげく、同年暮に保釈となり、爾来、満七年の才月が流れたが、まだ、一審すら

終ってない。国家公務員の身分は、休職のままだ。

六年の才月は、裁判官の健康にも変化をもたらし、そのメンバーも、このほど入れかえになったので、審理は再び、やり直しも同様である。一体、何時になったら、神戸地裁の一審判決がでるのであろうか。

麻薬の恐ろしさを説く、菅原通済氏もまた、特別弁護人として、法廷に立って力説した。警視庁の初代麻薬課長であり、麻薬捜査のオーソリティである町田西新井署長もまた、「麻薬捜査はオトリと潜入以外ないというのは、アメリカはじめ世界の麻薬被害国の常識であり、麻薬取締法五八条の立法の精神もまた、オトリ捜査を認めているのだ」という。

すると、兵庫県警防犯課、真鍋主任の取った鈴木の調書の、オトリ捜査への非難は、一体どういうことであろうか。この調書で鈴木のいった「……他から、身体、生命的な圧迫、迫害といったことも、一応予想されるところです」の言葉の通り、鈴木はピストル〝自殺〟をとげたと、鋤本被告はいっている。

三人の元取締官被告は、唯一の証人である鈴木を失って、その証言に信ぴょう性がないことを、法廷で立証し難い状況に追いこまれている。本人は死んで、調書だけが残ったのである。調書と近藤上申書とは、互に相手に不信を投げつけあっているではないか。

私がピンときたというのは、〝鈴木の謀殺〟ではないか、ということである。鋤本被告のい

う通り、鈴木がピストル自殺であれば、問題である。

また、何故、鈴木が一般病院に出されたかという疑問である。鈴木がスパイとして仲間を売ったことを恐れていれば、調書でもいっているように、仲間の制裁は予想されるところだ。当時の病院の警備は? ピストルの入手先は? 射った手の硝煙反応は? 死体検案書は? ピストルの捜査は?——まだ、一つも裏付け調査にかかっていないので、疑問だけだが、鈴木が、死ぬことを、或は殺されることを、心中秘かに期待した者は誰だろうか?

松尾警部の心中行、麻薬課長の妻の脅迫の噂、そして、スパイと密売人の二足のワラジの男の死——これらの一連の問題は、確かにその背後は、麻薬の何かがあるのだ!

黒幕・政商たち p.176-177 「麻薬」には常に国家の意思が

黒幕・政商たち p.176-177 梅毒と並び称されながらも、その背後関係をみる時「麻薬」のもつ、国際的、思想的、政治的な謀略性は、「梅毒」の比ではないことは、明らかである。
黒幕・政商たち p.176-177 梅毒と並び称されながらも、その背後関係をみる時「麻薬」のもつ、国際的、思想的、政治的な謀略性は、「梅毒」の比ではないことは、明らかである。

私がピンときたというのは、〝鈴木の謀殺〟ではないか、ということである。鋤本被告のい

う通り、鈴木がピストル自殺であれば、問題である。

また、何故、鈴木が一般病院に出されたかという疑問である。鈴木がスパイとして仲間を売ったことを恐れていれば、調書でもいっているように、仲間の制裁は予想されるところだ。当時の病院の警備は? ピストルの入手先は? 射った手の硝煙反応は? 死体検案書は? ピストルの捜査は?——まだ、一つも裏付け調査にかかっていないので、疑問だけだが、鈴木が、死ぬことを、或は殺されることを、心中秘かに期待した者は誰だろうか?

松尾警部の心中行、麻薬課長の妻の脅迫の噂、そして、スパイと密売人の二足のワラジの男の死——これらの一連の問題は、確かにその背後は、麻薬の何かがあるのだ!

白い粉に国家の政略

阿片という武器

最近の日本で、静かなブームを呼んでいるもの——もちろん、加山雄三やサッカーではない、麻薬と梅毒であるという。

北鮮スパイ事件のひんぱんな発表が、一向に〝危機感〟を起さないように、麻薬や梅毒のまんえんが、危機感を呼ばないのは、その潜行性の故であろうが、さきごろのカメラの大手メーカー、ヤシカ専務とその一味の麻薬事犯ほど、世の警鐘となったものはあるまい。

治安当局のある麻薬担当官は「日本の麻薬禍は、上流階級と底辺層とにまんえんしつつある」といっているが、ヤシカ専務事件が、それを雄弁に裏付けてくれる。芸能人や高級コール・ガールを媒介として上層階級に侵透しつつある「麻薬」とは、一体、何であろうか。梅毒と並び称されながらも、その背後関係をみる時「麻薬」のもつ、国際的、思想的、政治的な謀略性は、「梅毒」の比ではないことは、明らかである。

セックス、酒、と博、麻薬などによって人間の弱点に喰いこむ「外国人獲得法」が、ソ連秘

密機関では「科学の段階」にまで高められているという。まず、身近かな実例で「麻薬」に対しては、常に国家の意思がつきまとうということを、実証しなければならない。