雑誌『キング』p.129中段 幻兵団の全貌 コバレンコと親しい中佐

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.129 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.129 中段

て帰すということだ。二十三年の引揚げが再開されるや、一船ごとにⒷ要員を適宜に乗船せしめた。何故ならば、そのスパイの偽装が巧妙で、そうとは知らないナホトカ民主グループ員に吊るしあげられた場合、予定の乗船日を狂わせると、同地区の梯団に追いつかれて、『彼奴は偽装反動だ、オカシイ』と、化けの皮をはがされる恐れがあったのである。一人ポツンと引き抜かれて、下士官が将校となり、あるいはムシバ程度の病人が患者の群れに入り、ともかくその男の過去が分からない梯団に潜入して、しかも反動を偽装して、日本に送りこまれたのだった。

船中での吊るしあげ拒否で有名になった某中佐などは、中佐でありながらハバロフスクの将官収容所におり、しかも市内を高級車でのりまわし、日本新聞社長のコバレンコ少佐の部屋もフリーパスで、同少佐をして『日本将校中もっとも親ソ的で、もっとも有能な男』と激賞せしめたという。あの船中の吊るしあげ拒否も、後に当時の状況を調べてみると、多分にお芝居臭い点があり、アクチヴと同中佐との、馴れ合いの演出だったという。

このような偽装と、このような潜入方法でⒷスパイは、二十三年度に続々と海を渡って帰ってきた。上陸後は、もちろん反動として通して、もちろん、共産党などとは関係を一切もたないよう