ブローニング型の銃口が、私に向けておかれたまま冷たく光っている。つばきをのみこもう
と思ったが、口はカラカラに乾ききっていた。
少佐は半ば上目使いに私をみつめながら、低いおごそかな声音のロシヤ語で口を開いた。一語一語、ゆっくりと区切りながらしゃべりおわると、少尉が通訳した。
『貴下はソヴェト社会主義共和国連邦のために、役立ちたいと、願いますか』
歯切れのよい日本語だが、私をにらむようにみつめている二人の表情と声とは、『ハイ』という以外の返事はは要求していなかった。短かく区切って、ゆっくり発音すると、非常に厳粛感のこもるロシヤ語で、平常ならば国名もエス・エス・エルと略称でいうはずなのに、いまはサユーズ・ソヴェーツキフ・ソチャリスチィチェスキフ・レスプーブリクと正式に呼んだ。その言葉の意味することを、本能的に感じとった私は、上ずったかすれ声で答えた。
『ハ、ハイ』
『本当ですか』
『ハイ』
『約束できますか』
タッ、タッと息もつかせずにたたみ込んでくるのだ。もはや『ハイ』以外の答はない。
『ハイ』
私は興奮のあまり、続けざまに三回ばかりも首を振って答えた。
『誓えますか』
『ハイ』
しつようにおしかぶさってきて、少しの隙もあたえずに、少佐は一牧の白紙をとりだした。
『宜しい。ではこれから、私のいう通りのことを紙に書きなさい』
——とうとう来る処まで来たんだ!
私は渡されたペンを持って、促すように少佐の顔をみながら、刻むような日本語でたずねた。
『日本語ですか、ロシヤ語ですか?』
『パ・ヤポンスキイ!』(日本語!)
ハネかえすようにいう少佐についで、能面のように表情一つ動かさない少尉がいった。
『漢字とカタカナで書きなさい』——静かに少尉の声が流れる。
『チ、カ、イ』(誓)
『………』
『次に住所を書いて、名前を入れなさい』
『………』