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迎えにきたジープ p.134-135 女社長の高橋女史は吸血鬼

迎えにきたジープ p.134-135 The female president of Tokyo Pharmaceutical is a grabby person who cooperates with the UN forces. The raw blood collected from the vagrant is dried by heat treatment, so that all the bacteria are killed.
迎えにきたジープ p.134-135 The female president of Tokyo Pharmaceutical is a grabby person who cooperates with the UN forces. The raw blood collected from the vagrant is dried by heat treatment, so that all the bacteria are killed.

——そうそう四人組の吸血鬼を忘れていた。

彼は浅草行のメトロに乗って、谷中警察署へ向った。

折角意気込んで谷中署を訪れたのに、勝村はガッカリしてしまった。あまり事件も起きない小さな署だっただけに、古ぼけたせまい部屋で、搜査主任は聞きもしない事まで喋ってくれたが、結論は生血ではなく乾燥血漿なので、何の影響もないということだった。

『何しろ朝鮮動乱が始まってからというものは、国連軍のいわゆる特需がふえて、東京製薬という会社は、いま大変なものだそうですよ。前は重病人のための、国内の僅かな需要しかなかったのですからなあ』

主任は思いついたように机上の新聞をとって、彼に示した。「重病人のために、血液購入!」という広告だった。

『ホラ、これですがね。四百円のほかに栄養食とかをくれるそうですがね。本社も上野にあり、給血者はやはり浮浪者が多いので、一部にはそねみで、国連軍へ納める値段は途方もないものだから、女社長の高橋女史は吸血鬼だなんて騒ぐ奴もいるんですよ。共産党の細胞なんかが〝国連軍協力の吸血鬼高橋社長を葬れ〟って、ビラを地下道にはったりしましてね』

『高橋ッて婆さんは仲々やり手でね。御殿みたいな家へ、よく高級将校夫人を招待しては娘の日本舞踊を見せたり、外交家ですよ』

話好きらしい主任は一人で続けた。

『あの乾燥血漿を国連軍に一手で納めるようになったのも、そのへんの呼吸らしいですよ』

『亭主はいるんですか?』

『ええ、養子ですからまるっきり影は薄いですよ。取締役か何かになっている付属の研究所長という博士と噂があったりして、丸っきり借りてきた猫……』

主任は相手が立上ったのをみて、急いで事務的に付加えた。

『要するに、工場は科学的な流れ操作で、採血した生血を、熱処理によって乾燥させるので、一切のバイ菌は死滅する訳でして、工場側には薬事法違反という問題は考えられないのです』

——俺のカンも外れるようになってきたのかな? とんだ無駄足をしたけれど、まあいいや。

本筋の本多技師を洗ってみるんだ。

彼はそう呟きながらまた地下鉄に乗った。国連軍協力の商売人で、共産党に叩かれている女社長。バイ菌は高熱処理のためみな死んでしまう。成程筋の通った話だった。

勝村がチェリーとのレポに都心へ帰ろうとして乗った地下鉄の別の車輛には、上野から乗った大谷元少将もいたのだった。勝村が疑問を持った以上に、新聞の記事にビックリした彼が、

あたふたと東京製薬の本社に馳けつけて、どうやら安心しての帰り途だったのである。

迎えにきたジープ p.144-145 東京製薬、付属血液研究所長

迎えにきたジープ p.144-145 Since she supplies dried blood plasma to the UN forces, at the salon of Ms. Takahashi, president of Tokyo Pharmaceutical, US military officers also gathered .
迎えにきたジープ p.144-145 Since she supplies dried blood plasma to the UN forces, at the salon of Ms. Takahashi, president of Tokyo Pharmaceutical, US military officers also gathered .

『本多の専攻は?』

『細菌』

事務的な、意味のない応酬だった。

『兵役は?』

『陸軍技師、満洲第七三一部隊付』

『復員年月日は?』

「分らないわ』

『その後の職業は?』

二人とも、レースのカーテンを通して、舖道に行交う人々の足をみつめている。

『長屋研究所に復職』

『現在も?』

『違うわ』

沈黙が再び二人を支配するのが恐かった。間のびした、呟くような会話だった。

『ぢゃ、今は?』

『東京製薬取締役、付属血液研究所長よ』

『エ?』

勝村は我が耳を疑うように、顔をあげてチェリーをみつめた。テーブルを越えて彼女の両腕を確かりとつかまえていた。

『何だって? もう一度!』

終りまで聞かずに彼は立上って歩き出していた。

『東京駅!』

表の駐車場でタクシーに怒鳴る勝村の姿が、カーテンでボヤけながらも、チェリーの瞳に映った。彼の乗った車が吐きだしたガソリンのスッとした匂いが、ガラスを通して彼女のまわりにただよってきたようだった。

『本多さん、大変な目に遭ったのよ、今』

十八貫もの豊満な身体を弾ませながら、高橋サキ女史が研究室の扉をあけた。

『チョッと待って』

ここは所長室に続いた本多の個人研究室だった。ヂット顕微鏡を覗く本多の顔を見守っているのは、意外にも外人だったので、女史もいささかたぢろいだが、馴れたものでニッコリ会釈した。

国連軍に乾燥血漿を納めるようになってからは、衛生関係の将校も女史のサロンの客となっていたから、研究所に外人がいても不思議ではなかった。

本多が眼をあげて外人をみた。微笑が口辺に浮ぶ。

『生きています。大丈夫です』

迎えにきたジープ p.146-147 今や本多の研究は完成した

迎えにきたジープ p.146-147 Honda's research was to dry a concentrated solution of anaerobic bacteria and store it in a vacuum for long-term storage. A research that kills 40,000 to 50,000 people per 1cc...
迎えにきたジープ p.146-147 Honda’s research was to dry a concentrated solution of anaerobic bacteria and store it in a vacuum for long-term storage. A research that kills 40,000 to 50,000 people per 1cc…

国連軍に乾燥血漿を納めるようになってからは、衛生関係の将校も女史のサロンの客となっていたから、研究所に外人がいても不思議ではなかった。

本多が眼をあげて外人をみた。微笑が口辺に浮ぶ。

『生きています。大丈夫です』

『オメデトウ』

外人が本多の手を握った。女史は自分がほめられたように、うなずきながら、

『そりゃ、本多さんの研究は大したものなんです。ここでは何ですから、あちらで……』

『アリガトウ、チョト時間ガアリマセン。今日ハシツレイシマス。サヨナラ』

外人が去るのを見送った女史は、二人になると小娘のようなしなを作って、

『誰方? 紹介もして下さらないで……』

『エエ』

本多は顕微鏡の載せガラスを脱して、沸とうするビーカーの中に投げこみながら、あいまいに答えた。実験の成功に気を良くして笑いながら話題をかえた。

『何です、一体大変な目というのは?』

『共産党の連中がおしかけてネ、これを買ってくれというのよ。ウルサイから買ったけど高価いの。二千円よ』

女史は厚い本を本多に示した。

『貴方のお仕事に関係があるだろうと思ったから買ったんだけど……。お入用?』

本はハバロフスク裁判の記録だった。

『ありがとう』

本多は少し顔をしかめて受取った。

『それより、近く工場に新しい設備をしなければならないので、お金を用意して下さい。血漿の純度をよくする装置です』

『でも、現在のでもいいのなら、何もお金をかけなくても……』

『少し沢山かかるでしょうが、ナニ、朝鮮動乱はまだまだ続きます。今のうちにどしどし大量生産して、米軍だけでなく日本軍にも売り込まねばなりませんよ』

『日本軍って? 警察予備隊?』

『そうですとも、ハハハハ』

乾燥血漿は確かに熱処理によって作り出される。その経過中に細菌は全部死滅し、無菌の状態で粉末として、真空のアンプルにつめられるのだ。本多の研究は、嫌気性細菌の濃縮溶液を乾燥させ、真空状態の中で長期保存させようというものだった。

その研究のためキリコフは、モスクワの衛生試験所からボツリヌス菌の資料や、ジェルジンスク研究所から、ドイツ人学者の完成した乾燥のデータまで取り寄せて援助した。今や本多の研究は完成した。一CCで四、五万人の人命を奪うという研究が……

迎えにきたジープ p.148-149 何故か公表されなかった

迎えにきたジープ p.148-149 The terrifying "devil's ampoule" was packaged, delivered to the UN forces and sent to Korea. However, it seems that tens of thousands of "devil's ampoules" were seized just before use.
迎えにきたジープ p.148-149 The terrifying “devil’s ampoule” was packaged, delivered to the UN forces and sent to Korea. However, it seems that tens of thousands of “devil’s ampoules” were seized just before use.

その研究のためキリコフは、モスクワの衛生試験所からボツリヌス菌の資料や、ジェルジンスク研究所から、ドイツ人学者の完成した乾燥のデータまで取り寄せて援助した。今や本多の研究は完成した。一CCで四、五万人の人命を奪うという研究が……

勝村は懸命に本多の身許を洗った。彼と同じ収容所におったはずの本多が、復員局の引揚者名簿に記載されていないのだ。兵籍名簿には「召集解除年月日不明」となっていた。

つまり、未復員なのに届出がないというので調べたら、内地に実在しているということである。本多は、結論として密入国で帰国したことになる。

また長屋研究所ではボツリヌス菌の研究をしていたことが明らかになった。消化薬「いのもと」本舖の経営する研究所だったから、腸詰や罐詰の腐敗菌であるボツリヌス菌の研究には最適だった。警察当局が入手した、日本共産党の秘密会計簿の写しを仔細に検討してみると、一年間に百万円近い献金を行っていた。彼の研究所長としての収入から判断して、この額は不当に大きかった。

石井部隊の有能なる研究員であることは、間違いのない事実だった。そしてまた彼のもとにスラヴ系外人が出入することも確かめられた。

そのころには、東京製薬採血工場の施設は本多の指導により拡張され、新しい機械がすでに試動していたのだった。本多の研究は、この国連軍用の乾燥血漿のアンプル内に、ボツリヌス菌、破傷風菌、ガス壊疽菌の三種を封じこむことに利用された。

恐るべき〝魔のアンプル〟は包装され、国連軍に納入され、朝鮮に送られた。だが何万本と

いう〝悪魔のアンプル〟は使用直前に取押えられたらしい。

 この事件は米軍の秘密軍事裁判に廻され、平壌の細菌研究所接収の時と同じように、何故か公表されなかった。

 ただ、本多らの一味が逮捕されたことを知った日、USハウス九二六号ではキリコフ少佐を中心に、深夜まで会議が続けられていた。翌日のモスクワ放送は、ハバロフスク細菌戦犯の被告山桜金作元獣医中尉の陳述に基いたとして、天皇を細菌戦犯として指名する旨を放送した。さらに一味が軍事法廷へ廻された日、ソ連のマリク国連代表は、『米軍は朝鮮戦線で細菌戦を行った』と演説した。

 このような宣伝戦は、先に罵り出した方が勝だった。米国側は日本の民心の動揺を恐れてか、何も公表しなかった。しかし、注意深い読者は、都内にボツリヌス菌中毒患者が発生したことを、新聞がかなり大きく報じたのを、また、朝鮮戦線に発生した奇病について、『これは風土病の一種である』という、米軍当局の発表があったのを、記憶していられるだろう。熱心な読者は、さらに三十年六月一日付毎日夕刊の「秋田にボツリヌス菌中毒」の記事をひろげてみられたい。     ——セミ・ドキュメンタリー——