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赤い広場ー霞ヶ関 p.078-079 内務官僚と外務官僚の争い

赤い広場ー霞ヶ関 p.078-079 A rivalry between domestic and foreign affairs bureaucrats
赤い広場ー霞ヶ関 p.078-079 A rivalry between domestic and foreign affairs bureaucrats

今日のように国際的な連関性が強化された情勢下において、情報の大事なことは、あながち

外交ばかりではない。政治も経済も、内政すべてがそうである。もはや、「情報なくしては一国の存立はあり得ない」時代となりつつある。これを想えば、警備警察制度の提唱といい内調の創設といい、初代室長村井氏の先見の明は賞さるべきである。

この秋に内閣調査室という実績の上に地歩を占める者が、将来を制するとみた外務官僚は地歩を占めつつある内務官僚に対して、あらゆる挑戦を試みつつあるのだとみるのは、あまりにもうがちすぎた見方であろうか。

調査室もやがては、米国のCIAにも似た組織となって、情報、諜報、広報、謀略とあらゆる意味の情報活動を行う、強力な機関に変身してゆくであろう。日本が自由、共産いずれの世界にあるとを間わず、それは国際的、国家的要請なのである。

今はその前夜である。それだけに内務、外務官僚の争いは関ヶ原である。

だが、この争いが、果して日本という国家への、真の貢献を願っての争いであるか。官僚の中のセクショナリズムの、醜い争いではないか。怪文書に示唆されたものは官僚という怪物―ゴジラとアンギラスが〝党利党略〟に相搏つ姿をわれわれに想起させる。

情報機関という国家権力は、自由の弾圧を伴う危険があるという両刃の剣だけに、その主導権争いはわれわれにとってもなおざりにはできないのである。

このような内調をめぐる幾つかの事件は、村井―日暮―曾野という三角関係が中心になっていたことは争えない事実である。そして日暮氏はラ事件の容疑者の一人である。

ソ連の恐るべきスパイ網は、このようにして〝日本の機密室〟にも浸透していたのであった。怪文書にいう「ラストヴォロフは日本に居る!」の見出しも、あながちデマではなかったといえよう。

では、ヤミドル事件の結末はどうなっただろうか。ともかく帰朝後の村井氏に対する吉田首相の覚えは極めて悪く、斎藤国警長官が間に入って、村井氏を京都府警察本部長に拾ったといわれる。

一方、外務省側の異動を見ると、曾野氏はヤミドル事件直後の十月一日付でボンのドイツ大使館参事官に転出している。これは喧嘩両成敗ともいわれるが、外務省内では定期的な異動で、村井ヤミドル事件とは関係がないという意見もある。 また二十六年末の職制改革で、欧米五課長という日暮氏の上官になった新関氏は、ラ事件後の二十九年八月スエーデン公使館一等書記官に、伊関局長も同月香港総領事に転出した。これも定期的で内定していた異動であるといわれ、新関氏の場合など、まだラ事件は明らかにはなっていなかったとして、その事件と異動の無関係を主張する者もある。