こうして、私は彼女を伴って宵の上野広小路あたりを、ブラブラと散歩していた。
「アラ、ミーさん!」
人ごみのなかから、嬌声が飛んできた。
あでやかに化粧して、和服をピッと着付けている〝女性〟がほほえんでいた。
ナント、〝オカマの和子〟ではないか。この女形くずれのオカマは、当時のノガミのナンバー・ワンであった。
ノドボトケも目立たず、小柄なだけに、その美貌と相俟って、だれが、〝男〟だと思うであろう!
私は、和ちゃんを誘って、永藤パン店の喫茶室に入った。もちろん、女性記者もいっしょである。
「アラ、アベックなのに、おじゃまじゃ、ありません?」
「ナニ、社の同僚だよ。やはりブンヤだから、気にしないでくれよ」
「とかなんとか、オッシャッテ、うらやましいワ」
そんな、とりとめもない会話が、二、三十分もつづいただろうか。コーヒーを飲み終わって、三人は、店を出た。
あの人がオトコ?
もう、夜になっていた。
「三田サン。あんまりおそくなると……。早く、オカマに会わせてよ」
女性記者は、夜のノガミはコワイ、と聞かされていただけに、またぞろのブラブラ歩きに、ジ
レてきたようだ。
「エ? オカマ?」
「そうよ。オカマ探訪の目的できたんでしょ? 今夜は……」
「オカマって……」
私は、そういって絶句した。たったいま、オカマの和ちゃんと、あの明るいシャンデリアの下で、三人で雑談をして、別れたばかりではないか。
女性記者だって、私と和ちゃんの会話に口をはさみ、三人で大笑いさえした、というのに!
「あの子が、オカマの和ちゃんといって、上野ではピカ一のオカマだよ。いま、会ったばかりじゃないか」
「エッ、あの女の人が、オ、カ、マ?」
あまりのオドロキに、彼女はオ、カ、マと、一語ずつ区切って、反問してきた。
いまでこそ、オカマ志向者が激増してしまって、若い女性たちの目も肥え、例えば、銀座のクラブなどで、ホステスたちの間に、ひとり、まじって立ち働くオカマは、見分けられるようになってきている。
だが、まだ当時は、オカマ人口が少なくて、〝えらばれた人たち〟だけが、オカマになれたのである。
そうであろう。まだ、赤線は盛大に営業しており、辻々にはパンパンがあふれていたのだ。つ
まり、女には不自由のない時代だったから、オカマが、営業してゆくためには、〝女〟と信じこませられなければ、商売にならなかったのである。