闇ルーブルを漁る大阪商社」タグアーカイブ

迎えにきたジープ p.082-083 日ソ貿易が有利だという印象

迎えにきたジープ p.082-083 On November 2, 1951, Trade Representative Domnitzky and Economic Advisor Mamin visited the Japanese Diet. They met with representatives from the Communist Party to the conservative parties and made the impression that the Soviet-Japanese trade was advantageous.
迎えにきたジープ p.082-083 On November 2, 1951, Trade Representative Domnitzky and Economic Advisor Mamin visited the Japanese Diet. They met with representatives from the Communist Party to the conservative parties and made the impression that the Soviet-Japanese trade was advantageous.

内外通商の樺太炭二十万トン、安宅産業は同四十万トン輸入の接衡をはじめ、進展実業は乗用車とカメラ輸入を策した。

この乗用車はZIM式、モロトフ工場製、六基筒九十五馬力、時速最高百二十五粁、燃料は百粁につき約十七リットルという性能。写真機はキエフというソ連製コンタックスで、ツァイス・イコンの施設、技師工員をそのままウクライナのキエフに移し、そこで生産したコンタックスと寸分違わぬもの。しかも邦価約二万五千円で約四分の一の安値だ。

内外通商の石炭は(昭和二十七年一月ソ連側から正式に輸出認可があり、同年二月七日付で同社から通産省へその輸入申請が行われた)価格がソ連側のトン十二弗と日本側の八・五弗と若干開いていたので、早くもその打合せを話合うという進捗ぶりだった。

こんな友好的気分が幸いしたのか、或はマキ餌だったのか、ドムニッツキー通商代表はその間に同社と、片仮名、平仮名、漢字、鮮字、数字などの母型四万語一万六千弗の輸入契約を結んだ。

三 闇ルーブルを漁る大阪商社

 このような動きは、まだ業界の一部しか知らない蔭の動きだった。手蔓のない商社、ことに関西財界は代表部へコネクションをつけようとして焦っていた。それにこんな面白い話がある。

当局が懸命に探してる日共潜行幹部の一人野坂参三氏の秘書が、同様に地下潜行の身を大阪の某所にひそめていた。そのアジトへ某(特に秘す)貿易大会社の社員が突然たずねてきたのだ。警察さえ知らない彼の来阪の時期とアジトをどうして知ったか。一時は彼もサツの手先なのかとギョッとしたが、話を聞いてみると『日ソ親善何とかやらの会員となって、代表部に出入できるようになりたい。斡旋を頼む』という社命に窮しての懇願だったという。

ソ連代表部や日共の事情に明るい者ならば、日ソ親善協会に頼らなくても目的を達する途がいくらでもあること位判り切ったことだ。しかもそのため警察以上の努力と熱意で潜行の党員を追っかけるなど、この事実こそ、日ソ貿易に喰いつかねばという大阪商人の烈しい商魂を物語っている。

こうした秘やかな動きが、早耳で伝えられて、心理的にも経済界の興味の中心となった頃合を見て、突如二十六年十一月二日に、ドムニッツキー通商代表とマミン経済顧問の国会訪問が行われた。かつてない異例なことだった。

これを機会に代表部の経済工作は表面化した。財界を基盤とする政界への働きかけだ。院内で共産党から自由党までの各派代議士と会見して、日ソ貿易の呼びかけを相当具体的に行なった。この成果は日ソ貿易が有利だという印象を政界に吹き込んだことだった。

迎えにきたジープ p.086-087 地下中共大使館の財務官

迎えにきたジープ p.086-087 Bingsong Lin (林炳松, Lin-Heisho) is called the “Treasurer of the Underground CCP Embassy”. He plot to spread the ruble instead of the dollar.
迎えにきたジープ p.086-087 Bingsong Lin (林炳松, Lin-Heisho) is called the “Treasurer of the Underground CCP Embassy”. He plot to spread the ruble instead of the dollar.

日本の各界はこの問題をめぐって、さきにケンケンガクガクの是非論を闘わしたが、結局同

会議出席のため名和、帆足、平野、平岡、宮腰喜助の五氏と組合関係から吉田産別議長、柳本総評組織部長、和田金属委員長、太田国鉄書記長、入江合成化学書記長らが渡航申請を行ったのだった。

ヤミ・ルーブル紙幣の話が流れ出したのもこのころであった。

話は前後するが、さる二十九年十月十日と十七日とに、話題の二人の人物が相次いで帰国してきた。帰国してきたといっても、彼らは日本人ではなく中国人である。二人の中国人の帰国(?)が、果して日本にどんな波紋をひき起すのだろうか。

その一人、林炳松氏は台湾出身の国際新聞社長(大阪)松永洋行社長(東京)という実業人であるばかりでなく、元日中友好協会副会長、現同理事兼財務委員という肩書の人。もう一人はさる九月はじめ北京で開かれた中共の全国人民代表大会代表として、在日華僑の中からただ一人選ばれた東京華僑総会々長の康鳴球氏である。

中国人が日本に香港から帰国するという表現はいささかオカシイのであるが、それほどこの両氏は日本に根をおろした生活であり、それゆえにこそ問題なのである。康氏の場合はさておいて、ここでは財界と関係深い林氏についてみてみよう。

林氏は〝地下中共大使館の財務官〟といわれるだけあって、日中、日ソ貿易には重要な人物

である。そしてそれだけに、いろいろと神秘的な情報につつまれた怪人物である。某治安当局の得た情報に『ルーブル謀略の林炳松』というのがある。つまりルーブル紙幣を大量に日本国内に持ちこんで、ドルと喧嘩をさせようという経済謀略である。

これは大変な話である。日本国内のドルを吸いあげて、現在のドルなみにルーブル紙幣の価値を高めようというのだから、裏付けがなければならない。これが日中、日ソ貿易である。

このような時期にヤミルーブルの話が、ひそかに業者の間に流れはじめた。果して事実かどうか、また米貨圧迫と経済攪乱のためのデマか、当局ではついに確認し得なかったが、このルーブル騷動の中心人物が林氏だと伝えられている。

二十七年の正月ごろ、北海道へ密航してきた一機帆船(ソ連の潜艦から積みかえたのだともいう)が、三十五梱の荷物をあげた。これが全部ソ連のルーブル紙幣で、一九四七年幣制改革以後のものだという。

これを知った阪神方面の第三国人(これが林氏ではないかともいう)が、大思惑を決意して大量に買占めだしてから、急激に需要が増えてきてドル五ルーブル(レートではドル四ルーブル)という相場で、日本人ヤミ屋までルーブル買をはじめるという騒ぎになった。

日ソ貿易に熱心な一流商社でも懸命に買漁ったそうで、用途は思惑買のほか、天津、大連な どに送って、中共治下では安い貴金属、宝飾品を買集めるとか、樺太炭やパルプの取引で某社などは現地へ社員を密航させたりしているので、そのさいの工作用であるとか言われている。

迎えにきたジープ p.088-089 呉周白元鮮共委員がルーブル買

迎えにきたジープ p.088-089 AP reporter wrote, "The Soviet representative has a deposit account close to $ 500,000." However, even if the Japanese police do their best to investigate, the reality of the "Mamiana" money cannot be grasped.
迎えにきたジープ p.088-089 AP reporter wrote, “The Soviet representative has a deposit account close to $ 500,000.” However, even if the Japanese police do their best to investigate, the reality of the “Mamiana” money cannot be grasped.

日ソ貿易に熱心な一流商社でも懸命に買漁ったそうで、用途は思惑買のほか、天津、大連な

どに送って、中共治下では安い貴金属、宝飾品を買集めるとか、樺太炭やパルプの取引で某社などは現地へ社員を密航させたりしているので、そのさいの工作用であるとか言われている。

この話について代表部に極めて近い安宅産業の担当幹部社員は、『その話については他の会社については聞いている。しかしウチのような一流会社ではそんなことをする必要がない』と語って、噂を肯定しており、また戦時中に謀略用の外国ガン幣(ニセ札)製造をやった参謀本部の某元将校は、『あらゆる国のガン幣を作ったが、ルーブルだけはできなかった。ヤミルーブルが流れているというなら、それは本物に違いない』という。

当局ではこの情報によって第三国人関係を調べてゆくうち、新宿区角筈に住む呉周白、元鮮共中央委員が、ルーブル買をやっていることを掴んだ。直ちに、同人の身辺を内偵しはじめると、早くもこれを察知したのか呉は逃走してしまった。糸が切れてしまった訳で林氏がその中心人物であるとも確認できずに終った。当局で確認しきっていないというのはこのことだが、事実として相当確実視しており、このヤミルーブルの大口取引は関西が舞台になっていることは、やはり関西財界の日ソ貿易への異状な関心を物語る一つの材料である。

余談ではあるが、通貨の搜査は搜査技術の面からいっても極めてむずかしいのである。ルーブルは外国為替管理法の指定通貨ではないから、(ドルとポンドだけ指定されている)不正所持、

無申告などの犯罪にならないから尚更のことである。

例えば二十八年夏、北海道でおきた関三次郎スパイ事件というのがあった。彼の持っていた真新しい百円札は百番台ごとに続き番号だったので、直ちにこの搜査が行われた。その結果、これらの紙幣は二十五年ごろ東京で印刷され、日銀から三つの市中銀行に出たものと推定された。そのうちの一つに銀座に東京支店をもつ東海銀行があったので、係官たちはこおどりしてよろこんだ。さきのヤミルーブルで同銀行をクサイとにらんでいたところだったので、その裏付けの一つとなったというのだ。

また二十九年十月二十四日号の週刊朝日に寄稿された、AP記者のラストヴォロフ事件の記事中に『ソ連代表部は五十万ドル近い口座を持っている』とあるが、やはり当局が懸命に捜査をしてもこの狸穴の金の実態はつかめない。このドル預金はアメリカ・バンクにあるのだが、円に交換するときは正規の手続きで行われており、ドルで使用した場合もそうであるが、その支出額が極めて少ない。

例えばソ連人が帰国するので船会社で切符を買う。その船賃とほぼ同額のドルが、口座から減っているという工合だ。しかし円関係は分らない。市中銀行に個人名儀の円預金を持っているのは事実だが、実態はつかめないでいる。