最後の事件記者 p.118-119 極東軍情報部員に違いない

最後の事件記者 p.118-119 その書類はこの春に提出した、ハバロフスクの日本新聞社の編集者募集にさいして、応募した時のものだった。『ナゼ日本新聞で働らきたいのですか』
最後の事件記者 p.118-119 その書類はこの春に提出した、ハバロフスクの日本新聞社の編集者募集にさいして、応募した時のものだった。『ナゼ日本新聞で働らきたいのですか』

ところが、行ってみると、意外にもシュピツコフ少尉ではなくて、ペトロフ少佐と並んで、格幅の良い、見馴れぬエヌカー(秘密警察)の中佐が待っていた。

私はうながされて、その中佐の前に腰を下ろした。中佐は驚くほど正確な日本語で、私の身上調査をはじめた。本簿、職業、学歴、財産など、彼は手にした書類と照合しながら、私の答えを熱心に記入していった。腕を組み黙然と眼を閉じているペトロフ少佐が、時々私に鋭い視線をそそぐのが不気味だ。

私はスラスラと、正直に答えていった。やがて中佐は、一枚の書類を取出して質問をはじめた。フト、気がついてみると、その書類はこの春に提出した、ハバロフスクの日本新聞社の編集者募集にさいして、応募した時のものだった。

『ナゼ日本新聞で働らきたいのですか』

中佐の日本語は、叮寧な言葉遣いで、アクセントも正しい、気持の良い日本語だった。中佐の浅黒い皮膚と黒い瞳は、ジョルジヤ人らしい。

『第一にソ同盟の研究がしたいこと。第二に、ロシア語の勉強がしたいのです』

『宜しい。よく判りました』

中佐は満足気にうなずいて、「もう帰っても良い」といった。私が立上って一礼し、ドアのところへきた時、今まで黙っていた政治部員のペトロフ少佐が、低いけれども激しい声で呼びとめた。

『パダジジー(待て)今夜、お前は、シュピツコフ少尉のもとに呼ばれたのだぞ。炭坑の作業について質問されたのだ。いいか、判ったな!』

見知らぬ中佐が、説明するように語をついだ。

『今夜、ここに呼ばれたことを、もし誰かに聞かれたならば、シュピツコフ少尉のもとに行ったと答え、私のもとにきたことは、決して話してはいけない』

と、教えてくれた。

こんなふうに、言含められたことは、今迄の呼び出しや調査のうちでも、はじめてのことであり、二人の将校からうける感じで? 私にはただごとではないぞ、という予感がしたのだった。

見知らぬ中佐のことを、その後、それとなく聞いてみると歩哨たちは、〝モスクワからきた中佐〟といっていたが、私は心秘かに、ハバロフスクの極東軍情報部員に違いないと思っていた。