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最後の事件記者 p.246-247 ニセ信者になって交成会に潜入

最後の事件記者 p.246-247 『何いってるンだ。通産省ほど社会部ダネの多い役所はないのに、今までの奴らは、保養のつもりで書きやがらねえ。お前がいって、書けるということをみせてやれ』と、全く話が変になってしまった。
最後の事件記者 p.246-247 『何いってるンだ。通産省ほど社会部ダネの多い役所はないのに、今までの奴らは、保養のつもりで書きやがらねえ。お前がいって、書けるということをみせてやれ』と、全く話が変になってしまった。

立正交成会潜入記

立正交成会へスパイ

警察の主任になったり、旅館の番頭などと、芝居心をたのしませながら仕事をしているうちに、三十一年になるとまもなく、警視庁クラブを中心とした、立正交成会とのキャンペーンがはじまってきた。

その前年の夏に、警視庁に丸三年にもなったので、そろそろ卒業させてもらって、防衛庁へ行きたいなと考えていた。「生きかえる参謀本部」と、「朝目が覚めたらこうなっていた—武装地帯」という、二つの再軍備をテーマにした続きものを、警視庁クラブにいながらやったので、どうもこれからは防衛庁へ行って、軍事評論でもやったら面白そうだと思いはじめたのであった。

そのころ、名社会部長の名をほしいままにした原部長が、編集総務になって、景山部長が新任

された。それに伴って人事異動があるというので、チャンスと思っていると、一日部長に呼ばれた。アキの口は防衛庁と通産省しかない。病気上りででてきていた先輩のO記者が、通産省へ行きたがっていたので、これはウマイと考えた。

『防衛庁と通産省があいてるのだが、警視庁は卒業させてやるから、どちらがいい』

という部長の話だった。えらばせてくれるなどとは、何と民主的な部長だと、感激しながら答えた。

『通産省は希望者もいることですから、ボクは防衛庁に……』

といいかけたら、とたんに、

『何いってるンだ。通産省ほど社会部ダネの多い役所はないのに、今までの奴らは、保養のつもりで書きやがらねえ。お前がいって、書けるということをみせてやれ』

と、全く話が変になってしまった。そればかりではない。

『お前のようなズボラを、一人のクラブへ出すのは、虎を野に放つのと同じだという意見もあるんだ。チャンと出勤しろよ。従来の奴が書けないクラブで、お前に書かせようというのだから』

とオマケまでついてしまった。こうして三十年の夏から、通産、農林両省のカケ持ちをやって

いたところに、キャンペーンに召集がかかってきた。ヒマで困っていたので、よろこび勇んで、はせ参ずると、ニセ信者になって、交成会に潜入して来いというのだ。

最後の事件記者 p.248-249 台本はすでに考えてある

最後の事件記者 p.248-249 『誰か知っている人に、交成会の信者はいないかネ』部内はもちろん、社内の誰彼れと、まんべんなく声をかけたが、神信心を必要とするようなのは、新聞社にはいない
最後の事件記者 p.248-249 『誰か知っている人に、交成会の信者はいないかネ』部内はもちろん、社内の誰彼れと、まんべんなく声をかけたが、神信心を必要とするようなのは、新聞社にはいない

こうして三十年の夏から、通産、農林両省のカケ持ちをやって

いたところに、キャンペーンに召集がかかってきた。ヒマで困っていたので、よろこび勇んで、はせ参ずると、ニセ信者になって、交成会に潜入して来いというのだ。

立正交成会のアクドイ金取り主義をつかむのには、その内部の事情を知らねばならない。当然、事前に潜入して調べておいてから、キャンペーンをはじめるべきなのに、戦いがはじまってしまってから、スパイに行けというのだから、チョット重荷だった。だが、面白そうである。

共産党だって、フリーの党員というのはないのだから、交成会も、入会を紹介してくれる導き親がなければならない。ことに、読売側から潜入してくるだろうという声もあって、警戒厳重だというから、よほどウマイ状況をつけないと、入会できない。そこで、導き親を探しはじめた。

『誰か知っている人に、交成会の信者はいないかネ』

部内はもちろん、社内の誰彼れと、まんべんなく声をかけたが、神信心を必要とするようなのは、新聞社にはいないとみえて、どうにも手がかりがないままに数日すぎた。

手がかりをつかむ

と、ある日、Tというサツ廻りの記者が、「どうもそれらしい心当りをみつけた」と知らせて

くれた。日蓮宗には違いないが、交成会かどうか、確めてみるというのだった。

都内のあるターミナルの盛り場、その駅付近には例によって、マーケットの呑み屋が集っている。そのうちの一軒、五十幾つになる人の良さそうなオバさんが、交成会の、あまり熱心でなさそうな信者だった。そんな信心ぶりだから、記者に狙われるような、〝業〟を背負っていたのだろう。でも、オバさん自身は、信者だということで、心の安らぎを得ているに違いない。

私は車をとばして家に帰った。ボロ類をつめた行李を引出すと、中からヨレヨレの古ズボンをみつけ出した。膝はうすくなり、シリは抜けている。Yシャツはエリのきれたの、上衣も古ぼけたの、クツ下はカカトに穴のあいたのと、一通りの衣裳が揃った。

サテ、そこで困ったのは、ボロオーバーがないのである。タンスの中を探すと、戦争中に叔母が編んでくれた、〝準純毛〟のセーターがでてきた。ダラリとして、重くて、とても今時は、人の前で着れた代物ではない。コレコレとよろこんで着こんだ。

メガネも、当今流行のフォックス型では困る。子供のオモチャ箱から、昔風の細いツルのフチのをみつけた。クツは、クラブのベッドの下に突っこんであった底の割れたボロ靴に決めた。

衣裳はこれですっかり揃った。台本は、すでに考えてある。霊験あらたかな立正交成会の御教

祖様「妙佼先生」の御慈悲にすがる、あわれな男である。

最後の事件記者 p.250-251 それはいいっこなしですよ。

最後の事件記者 p.250-251 うしろから、油気のない頭髪の、貧乏たらしい男がついてきた。厳寒の候だというのに、オーバーもきていないのだ。
最後の事件記者 p.250-251 うしろから、油気のない頭髪の、貧乏たらしい男がついてきた。厳寒の候だというのに、オーバーもきていないのだ。

衣裳はこれですっかり揃った。台本は、すでに考えてある。霊験あらたかな立正交成会の御教

祖様「妙佼先生」の御慈悲にすがる、あわれな男である。

年令は三十才位、中学卒。戦後、中小企業の鉄会社に勤めていたサラリーマン。朝鮮動乱の好景気で遊びを覚え、妻との仲がうまくゆかなくなる。やがて、動乱が終り、会社は左前。サラリーはおくれがちで、生活はつまってきた。妻とのいさかいが多くなり、会社はついに前年秋に倒産。失業する。愛想をつかした妻は、彼をすてて逃げてしまう。生きる希望を失った男。しかし、まだ失業保険が半年あるので、新橋のある保険会社で、外交の講習を受けており、ヤケにもなるが、何とか立直りたいとの努力も忘れさってはいない男だ。

銀座を呑み歩いていたころ、知り合ったのが新聞記者T。その記者をたずねて、何か職を世話してもらおうと考えた。記者はその男に一パイ呑ませて帰してしまおうと、オバさんの呑み屋に入ってくる。

にせのルンペン

ライトが消えて、暗い舞台のドン帳のかげで、ドラが嗚りひびいて、幕が静かに上る。

オバさんは、ガラりと入ってきた客の顔をみてニッコリとする。サッソウとした青年記者のう

しろから、油気のない頭髪の、貧乏たらしい男がついてきた。厳寒の候だというのに、オーバーもきていないのだ。二人が台の前に腰かけると、記者は酒を注文した。

『まア、Tさん。久し振り。アンタはいつもパリッとして、元気でいいわねえ』

『イヤア、ここしばらく忙しくてね』

オバさんと彼の挨拶がすむと、酒が出される。

『うまい。やはり一級酒は違うな。もう、もっぱらショウチュウで、しかも、このごろは御無沙汰ばかりだから……』

男はいやしく笑って、ナメるように酒をのむ。オバさんはフト、この奇妙な二人の取合せに疑問を感じたようだ。彼は素早く感じとって、

『しかし、鈴木さん、あなたの全盛時代はいつも銀座だったからね』

男は鈴木勝五郎といった。下品な仕草で酒を味うようにピチャピチャと舌を鳴らして、

『それはいいっこなしですよ。女房には逃げられるし、生きる希望も元気もなく、そうかといって死ねもせず、こうして昔のよしみで、あなたに就職を頼みにくる始末ですよ』

終りの方は、自分にいいきかせるように、やや感慨をこめていった。鈴木という名も、間違え

ないよう、同僚の名前を合せたものだ。私はオバさんの視線が、チラと自分に注がれたのを感じた。

最後の事件記者 p.252-253 妙佼先生のお手配なんですよ

最後の事件記者 p.252-253 『しかし、オバさん。その妙佼さまを拝むと、本当に救われるかい? オレのような奴でもかい?』オバさんは確信にみちて言下に答えた。『エエ救われますとも!』
最後の事件記者 p.252-253 『しかし、オバさん。その妙佼さまを拝むと、本当に救われるかい? オレのような奴でもかい?』オバさんは確信にみちて言下に答えた。『エエ救われますとも!』

『それはいいっこなしですよ。女房には逃げられるし、生きる希望も元気もなく、そうかといって死ねもせず、こうして昔のよしみで、あなたに就職を頼みにくる始末ですよ』

終りの方は、自分にいいきかせるように、やや感慨をこめていった。鈴木という名も、間違え

ないよう、同僚の名前を合せたものだ。私はオバさんの視線が、チラと自分に注がれたのを感じた。

『しかしね、Tさん。近頃の読売は一体何サ。交成会のことをあんなにヒドク書いてさ。あたしァ、アンタにとっくりいって聞かせねば、と思ってたんだよ』

『ア、そうそう。オバさんは祈り屋だったッけね。だけど、交成会だったのかい? それじゃくるんじゃなかった。読売と交成会とじゃ、全然マズイじゃないか』

『イエ、いいんですよ。それはそれですから、いらしてもいいんだけどサ』

オバさんは、謗法罪といって、交成会の悪口をいうとバチがあたる罪だとか、読売の記事についての、冗談まじりの口論をはじめる。鈴木は、はじめ興味なさそうに、やがて、だんだんと聞耳を立ててくる。

『もっともアンタは、♪今日も行く行くサツ廻り、ッてンだから、あの記事には関係ないんでしょ』

『そうさ。もっとエライ記者がやってるのだよ』

『じゃあ、本当は謗法罪で大変なところなんだけど、まあ勘弁してあげる。お悟りといって、バ

チが当るから、決してあんな記事は書いちゃダメですよ』

酒をのむ手も止めて、二人の話を聞き入っていた鈴木が、この時フィと口を開いた。

『しかし、オバさん。その妙佼さまを拝むと、本当に救われるかい? オレのような奴でもかい?』

オバさんは確信にみちて言下に答えた。

『エエ救われますとも! 妙佼先生という尊い方がいらして、真心から拝めば、キット有難い御利益がありますよ。ただし、いい加減な気持じゃダメですよ』

『だけど、本当かなあ』

鈴木は呟くようにいって、グイと盃をあけた。そして、考えこむ。オバさんはあわれむように鈴木をみつめた。

『一体どうしたのさ。ワケを話してごらんよ。奥さんに逃げられたとかって、ウチにこうして呑みにきたのも、妙佼先生のお手配なんですよ。エ? ネェ、Tさん』

しかし、鈴木は耳に入らないかのように考えこむ。グイ、グイと盃をあけながら、「本当かなあ」「救われるかなあ」と、ひとり呟いている。ややあって、鈴木は思いきったように、顏をあ

げて、真剣にオバさんをみつめていった。

最後の事件記者 p.254-255 オバさんは「可哀想に」と呟いた

最後の事件記者 p.254-255 ウソも方便と、ホトケ様がいわれたそうだが、この交成会の潜入で、計画的かつ継続的なウソの辛さ、苦しさをしみじみと味わわされた。
最後の事件記者 p.254-255 ウソも方便と、ホトケ様がいわれたそうだが、この交成会の潜入で、計画的かつ継続的なウソの辛さ、苦しさをしみじみと味わわされた。

しかし、鈴木は耳に入らないかのように考えこむ。グイ、グイと盃をあけながら、「本当かなあ」「救われるかなあ」と、ひとり呟いている。ややあって、鈴木は思いきったように、顏をあ

げて、真剣にオバさんをみつめていった。

『オバさん。オレはやってみるよ。その有難い教えというのを、オレにも教えてくれよ。もう一度、一人前になりたいんだよ』

鈴木は声を落して、オバさんと連れの記者とに、彼の罪多い過去から、行き詰った現在までを語り出した。

遂に潜入に成功

こうして、鈴木勝五郎こと私の、交成会へ入会のキッカケは作られた。成功したのであった。オバさんはコロリだまされて、不幸な私のため涙まで浮べてくれたのである。

ウソも方便と、ホトケ様がいわれたそうだが、この交成会の潜入で、計画的かつ継続的なウソの辛さ、苦しさをしみじみと味わわされた。一時逃れの、方便のためのウソとは違って、この人の良いオバさんの善意に対し、ウソをつきつづけるということは、今だに寝覚めの悪い感じだ。

オバさんを信じこませるため、途中でわざわざ便所に立った。オシリの破れをみせるためだ。すると、オバさんは「可哀想に」と呟いたという。効果的ではあったワケだ。

導いてくれる(入会紹介をしてくれる)と決れば、もう短兵急である。明朝の約束をして、それこそ明るい気持で店を出た。駅の近く、暗い横丁へ待たせてあった車にサッと飛びこんだ。

ところが、その衣裳のままで、社の旅館に入ったところが、顔見知りの政治部記者が、廊下の向うで私をみていた。その記者はあとで女中に向って、「どうしてアンナ汚いのを泊めるのだ」と怒ったという。女中たちと大笑いしたが、自信もついてきた。

翌朝早く、その呑み屋へ行って、オバさんを叩き起した。彼女は少女と一緒に、店の奥の一畳ほどのところに、センべイ布団でゴロ寝だ。モゾモゾと起き出してきて、新聞紙で粉炭を起す。洗面すると、交成会発行の総戒名という、先祖代々の戒名に向い、タスキ、ジュズの正装で、お題目を二十分ばかり、朝のお勤めである。

それから朝食だが、これには驚いた。やっとおきた粉炭でお湯をわかし、丼に入れた洗わないウドン玉の上に、おソウザイ屋のテンプラをのせ、醤油をかける。それにお湯をそそいだ、即席テンプラうどんだ。不潔な上にまずそうで、吐き気すら催しそうだ。

だが、おばさんも外出姿になると、精一ぱいのオシャレだから、電車に乗ると、私のみすぼらしさたるや、彼女が同行するのも恥づかしかろうと思うほどだ。蓬髪、不精ヒゲ、オーバーなし

の穴あきズボンに、ヒビ割れ靴というのだから……。