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赤い広場ー霞ヶ関 p.130-131 ソ連代表部とは総合スパイ組織

赤い広場ー霞ヶ関 p.130-131 The Soviet representative's five organizations, the Political Department (Ministry of Internal Affairs, MVD), the Secretariat (Red Army), the Culture Department (TASS News Agency), the Trade Representative (Ministry of Trade), and the Consular Department (Ministry of Foreign Affairs) each have a spy network.
赤い広場ー霞ヶ関 p.130-131 The Soviet representative’s five organizations, the Political Department (Ministry of Internal Affairs, MVD), the Secretariat (Red Army), the Culture Department (TASS News Agency), the Trade Representative (Ministry of Trade), and the Consular Department (Ministry of Foreign Affairs) each have a spy network.

ここで、ラストヴォロフ氏の活躍中だったころの、元代表部の組織とその諜報網の実状をみよう。この組織がそれぞれにスパイ網を持っており、政治部(内務省)、書記室(赤軍)、文化部(タス通信)、通商代表部(貿易省)、領事部(外務省)の五系統がある。これらのスパイ網の最高責任者は各部首席が担当しているが、主に内務省はラストヴォロフ、貿易省はサザノフ(註ラ氏の失踪目撃者)両氏が担当している。

さらにこのほか代表部自体のものとしてのスパイ線があり、①日共およびシンパ団体、②ソ連居留民(各国籍白系露人、無国籍人、ユダヤ系米国籍人を含む)、③商社(米系、日系など各国系)、④ソ連引揚者(三橋事件などのいわゆる幻兵団)、⑤パブリチェフ代表直轄線の五線である。ラ氏はこの第五番目を担当している直接責任者であり、しかも政治部員としての政治謀略ではヤミ、ニセドルによる経済惑乱と日ソ貿易とを担当していたとみられている。

このうち①の「日共およびシンパ団体」については、前述した津村氏、ロザノフ氏のルートなどでも明らかだが、次のように日共の組織を通じてモスクワ放送のことなどまで、調べていた事実もある。

緊急依賴、M放送について

(一)今度変更された波長で聞えるかどうか。(二)聴取者の階層はどんなものか。(三)階層によって高価、安価と買う機械が違っているはずだが、M放送を聞取る事の出来る最も安い機械は何型何球なのか(各地区毎の差)。(四)放送の内容が判るかどうか。1言葉は使いよいか。2直訳的ではないか、日本人向きの内容か否か。3どういう内容を希望するか。以上について至急報告せられたい。(日共指令文書写)

②の「ソ連居留民」については、文京区駒込上富士前町四四「在日ソ連人居留民団」がその本拠である。ここには居留民団の事務所と娯楽機関の「ソ連人クラブ」とがある。

二十八年十二月九日赤羽の北鮮系アジト平和寮手入れのさい発見された保安隊軍事フィルム事件なども、同寮居住のソ連国籍人コンスタンチン・ザカロフが居留民団のアクチヴであり、その母マリア(父は元代表部通訳の日本人)もクラブ機関紙の編集員だっただけに、当局ではその間の経緯をしきりに追及したほどだった。

③の「商社」については、日ソ貿易商社も利用されているだろうが外国商社の方が面白い。これは〝東京租界〟そのものであるので、②のユダヤ系米国籍人や、ユダヤ人クラブ、さらにソ連系に対抗する白露同盟などとともに、続刊に詳述しよう。

④の「幻兵団」についてはすでに詳述した通りであり、⑤の「パブリチェフ直轄線」とはラ氏の線でもあるが、一言にしていえば内務省と赤軍の線である。

代表部の組織自体がそれぞれにスパイ網を持っているが、それはそれぞれにダブっているこ ともあり、内務省と赤軍の線とを除いてはいずれも比較的弱い。

赤い広場ー霞ヶ関 p.164-165 エラブカ中央委員だった清水達夫

赤い広場ー霞ヶ関 p.164-165 "The monster" Fusanosuke Kuhara, the chairman of the Japan-Soviet Union National Congress on Restoration of the Diplomatic Relations, encouraged the Japanese government to take advantage of the Soviet policy.
赤い広場ー霞ヶ関 p.164-165 ”The monster” Fusanosuke Kuhara, the chairman of the Japan-Soviet Union National Congress on Restoration of the Diplomatic Relations, encouraged the Japanese government to take advantage of the Soviet policy.

一般論としての文化宣伝活動ということは、諜報謀略活動と表裏一体である。例えばソ同盟対外文化連絡協会駐日代表(ⅤOKS)という肩書をもつチャソフニコフ二等書記官は、ソ連人クラブに週二、三回は出入りして情報を集めているという。また「日ソ文献交流センター」を文書諜報機関とみる当局係官もいるといったわけである。

そして私はここにもシベリヤ・オルグの一人、清水達夫氏を見出すのである。

同氏はエラブカ将校収容所で中央委員をつとめていた元中尉である。昭和二十三年八月十二日、舞鶴入港の遠州丸で引揚げてきた。

一方、二十八年五月になると、前年の十一月七日の革命記念日パーティに個人の資格で招待された、〝保守反動分子〟らを中心として、「日ソ国交調整準備委員会」が政治的な動きをみせながら発足した。これはさらに二十九年十月になるや「日中日ソ国交回復国民会議」という形に成長、馬島僴氏が事務総長に就任し、さらに三十年二月十一日には〝怪物〟久原房之助氏を、会長にすえるというところまで発展した。

この二月十一日の同会議役員会について、同日付読売、東日は次のように報じて多数の人名をあげている。

政府に対し、かねて日ソ国交の正常化と対中ソ交流の促進を要望してきた、日ソ国交回復国民会議

(事務総長馬島僴氏)では、今回のソ連政変にともない十一日午前十一時から、東京一ツ橋如水会館で役員会を開き、会長に久原房之助氏を選任のうえ、今後のソ連情勢につき意見を交換する。同役員会には久原、馬島両氏のほか加納久朗(函館ドック会長)小畑忠良(元企画院次長)西村有作(日本水産相談役)伊藤今朝市(日ソ貿易促進会議代表幹事)平野義太郎(日本学術会議会員、日中友好協会副会長)伊藤猪六(大日本水産副会長)ら対中ソ民間団体、業界代表二十氏が出席することになっている。この役員会ではとくに次の諸点につき協議、政府に対する具体的要望事項、同会議の運動方針などを打出す。

一、ドムニッキー文書にともなう日ソ国交交渉についての回答は、さきの鳩山・ドムニッキー会談の結果事実上ソ連代表部の駐在を認めたものであり、国連の沢田大使を通ずるか、または第三国を通ずる交渉方式をとるのは妥当でない。

一、同会議からソ連に対し民間親善使節を派遣することを決め、首相、外相に協力を要請する。

一、三月下旬に同会議初の全国大会を東京で開き、全国漁業会議、日ソ経済会議を開催する。また中国通商使節団来訪を契機に、強力な中ソ国交正常化運動に乗出す。(読売新聞)

日ソ国交回復国民会議(事務総長馬島僴氏)では、きよう十一日午前十一時から神田一ツ橋如水会館で最高役員会を開き、

一、現在空席の会長に久原房之助氏を推す。