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読売梁山泊の記者たち p.042-043 〝一見五万円風〟の札束を

読売梁山泊の記者たち p.042-043 「バカヤロー。金もらって、酒呑んで、社に上がってきて、原稿書くンだ。原稿さえ、キチンと書けば、構わねェンだ!」またまた、みんな笑った。
読売梁山泊の記者たち p.042-043 「バカヤロー。金もらって、酒呑んで、社に上がってきて、原稿書くンだ。原稿さえ、キチンと書けば、構わねェンだ!」またまた、みんな笑った。

湯沢巡査は、上野駅に着いた貨車に、警乗してきた警官から、申し送りを受けて、駅構内に入って

きたトラックに、現送箱を移しかえるのを、警備していた。

ところが、パラパラと、米粒が落ちるのを見咎めて、箱をあけて、中味を見せろと要求した。日銀側は、「こんなところで開けたら危険だ」と拒む。彼は、トラックに便乗して日銀本店まで行き、蓋を開かせ、米の入った現送箱を見つけ、上野署に逆戻りさせた。

カメラマンが駈けつけ、現送箱から米を取り出している写真を撮影した。読売の特ダネである。どうせ、夕刊はないのだから、朝刊では、各社共通になろうが、写真は読売だけだ。撮影を見守っていた私に、輸送課長が、耳許でささやいた。

「これには、いろいろと事情がございまして、これから少々お時間を頂ければ、別席にてご説明申しあげたいのですが…」

私だって、バカじゃない。〝別席にて、ご説明したい〟という言葉は、〝記事にするのはゴ勘弁願いたい〟ということだ。

まだ、行ったことのない、高級料亭。まだ、喰べたことのない、料理の数々。そして、艶やかな芸妓、酒、現金…、思わず、ツバを呑みこまざるを得ない、〈誘惑〉であった。走馬灯のように、という表現では、スピードに欠ける。映画のフラッシュ・バックのように、パッ、パッ、パッと、〈誘惑〉の中身が、私のマブタの裏に、閃いた…。

私の記者生活での、初めての経験。だが、閃きが終わった時、私は、もう「読売記者」に立ち戻っていた。

「残念ながら、ご期待にはそえません」

第一、本社に、すでに第一報をいれ、カメラマンまで呼び、どうして、私だけの〝胸先三寸〟で処理できようか。

社に上がってゆく(帰社することを上がるという)と、先輩の遊軍、窪美万寿夫(ジャワ支局員だった)が、私をつかまえて、笑った。

「日銀本店に、談話を取りにいったら、百円札で、〝一見五万円風〟の札束を、握らされそうになったヨ。オレが、サツ廻りで、第一発見者だったら、ホイ、ホイなのに。なにしろ、遊軍で、デスクにいいつけられて、談話取材なんだから、相手がいませんでした、と帰ってきても、記事は出てしまうし、なあ」

「イヤ、現場でだって、輸送課長に、別席でご説明を、といわれたんですよ。一報を入れる前に、そういわれりゃ、いまごろは、〝酒池肉林〟ですよ」

まわりのみんなも、大爆笑であった。そこに、竹内部長が寄ってきた。あの厳しい顔の眼尻に、笑うとシワが寄って、可愛い顔になる。

「バカヤロー。金もらって、酒呑んで、社に上がってきて、原稿書くンだ。原稿さえ、キチンと書けば、構わねェンだ!」

またまた、みんな笑った。笑いの静まるのを待って、竹内は、真顔に立ち戻って、こういったのであった。

p61上 わが名は「悪徳記者」 小笠原は自首の決心をしたのか

p61上 わが名は「悪徳記者」―事件記者と犯罪の間―三田和夫 1958 フクから電話で小笠原が会いたいと連絡してきた。いよいよ自首の決心がついたのかと、私はよろこんで会う段取りを決めた。
p61上 わが名は「悪徳記者」―事件記者と犯罪の間―三田和夫 1958 フクから電話で小笠原が会いたいと連絡してきた。いよいよ自首の決心がついたのかと、私はよろこんで会う段取りを決めた。

『ともかく、一晩ゆっくり考えて、自首する決心をつけなさい。もし、どうしても自首できないならば、明日の夕方までにここを立ち去ってもらいたい』

と、私は厳しくいって「奈良」を出た。

のるか、そるかの決断

翌四日は、私が忙がしくて夕方までに「奈良」へ行けなかった。夜十一時すぎごろ、やっと「奈良」へかけつけると、私が来ないと思った小笠原は、すでに帰り仕度をして、玄関に立っていた。私と彼は再び「奈良」の一室で会った。

『私は、実は小笠原郁夫です』

彼の名乗りを開いて、私はうなずいた。彼は自首する時は必ず三田さんの手で自首して、読売の特ダネにする。自首までもう四、五日間時間をかしてほしい。必ず連絡する、というので、自宅と記者クラブの電話番号を教えた。そして、彼を鶯谷まで送ってやって別れたのである。

七月十一日の夕方、フクから(のちに福島という、花田の子分と判った)電話で小笠原が会いたいと連絡してきた。いよいよ自首の決心がついたのかと、私はよろこんで会う段取りを決めた。五人の指名手配犯人の逮捕第一号が、読売の特ダネになるのである。ソワソワするほどうれしかった。

自首の段取りができたから、この事件の担当である深江、三橋両記者を呼んで、逮捕数時間前のカッチリした会見記を取材する。取材が終ったら、この両記者が花を持たせたい捜査主任に連絡して、小笠原を放し、路上で職務質問の逮捕をさせるのである。 或は、小笠原の自宅に張込みをさせて、そこまで送りとどけ、細君と最後の対面をさせてやって、逮捕してもよい。

p63下 わが名は「悪徳記者」 五日間連続特ダネの報道で

p63下 わが名は「悪徳記者」―事件記者と犯罪の間―三田和夫 1958 こうして、五日間にわたり、最後の安藤逮捕まで、連日の朝刊で犯人逮捕を抜き続けたら、これは一体どういうことになるだろう。横井事件は一挙に解決し、しかも読売の圧勝である。
p63下 わが名は「悪徳記者」―事件記者と犯罪の間―三田和夫 1958 こうして、五日間にわたり、最後の安藤逮捕まで、連日の朝刊で犯人逮捕を抜き続けたら、これは一体どういうことになるだろう。横井事件は一挙に解決し、しかも読売の圧勝である。

本部専従員八十名、全国十五、六万人の警官を動員し、下山事件以来の大捜査陣を敷いたといわれる横井事件も、一新聞記者の私の手によって一挙に解決する。

五人の犯人を手中に納めたら、すぐ各人に記者が一名宛ついて監視する。まず第一日に一人を出す。これが読売の特ダネだ。特捜本部では感謝感激して、この犯人を逮捕するだろう、翌日、また一人逮捕させる。これもまた読売の特ダネだ。

こうして、五日間にわたり、最後の安藤逮捕まで、連日の朝刊で犯人逮捕を抜き続けたら、これは一体どういうことになるだろう。横井事件は一挙に解決し、しかも、読売の圧勝である。

私はそれこそ〝日本一の社会部記者〟である。そしてまた、警視総監賞をうける最高の捜査協力者である。本年度の菊池寛賞もまた私個人に与えられるかも知れない。各社の横井事件担当記者は、いずれも進退伺いを出さざるを得ないであろう。

この五日間連続特ダネの報道で、読売の声価はつとに高まり、「事件の読売」「社会部の読売」の評価が、全国四百万読者に湧き起るであろう。会社の名誉でもある。〝百年記者を養うのは、この一日のため〟である。

二人目の犯人を出した時、警視庁は怪しいとカンぐるかも知れない。そして、残りを一度に欲しいと、社会部長か編集局長に交渉してくるだろう。刑事部長と捜査二課長の懇請を入れて、三日目に全員を逮捕させてもいいだろう。

私の構想ほ、とてつもない大きさでひろがっていった。 この計画を或は他の記者は、空想として笑殺するかも知れない。