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読売梁山泊の記者たち p.040-041 日銀が上野署に摘発された

読売梁山泊の記者たち p.040-041 辻本芳雄が、まだ、遊軍長ぐらいだったころに、私にこう教えてくれた。「いいか、新聞記者は、疑うことが第一だ。何故だ、何故だと、疑問を抱き、それを解明して、真相を発見する。真実の報道とは、ナゼ、ナゼから始まるんだ」と。
読売梁山泊の記者たち p.040-041 辻本芳雄が、まだ、遊軍長ぐらいだったころに、私にこう教えてくれた。「いいか、新聞記者は、疑うことが第一だ。何故だ、何故だと、疑問を抱き、それを解明して、真相を発見する。真実の報道とは、ナゼ、ナゼから始まるんだ」と。

その原四郎社会部長については、のちに触れることとして、順序として、まず、竹内四郎について

語らねばならない。

「梁山泊」さながらの竹内社会部

竹内四郎は、私の先輩、府立五中の第一回卒業生。大正十三年三月に卒業、慶大に進んでいる。そして、私の初めての結婚の、頼まれ仲人でもあった。

この竹内も、私の〝記者形成〟に、大きなインパクトを与えている。

上野署のサツ廻り時代の、二十三年五月ごろのこと。銀座から、日本橋署をまわって、上野署の玄関にきたのは、もう、正午近いころだった。

フト、気付くと、ピカピカに磨かれた乗用車が二台、玄関前の広場に停まっている。上野署といえば、ヤミ米の運び屋と、パン助、オカマ、浮浪者しか、出入りしない時代だから、それは、異様な光景であった。

やがて、警察担当の通信主任から、次長となり、連載もの専門のデスクとして、「昭和史の天皇」など、多くの名作を遺して逝った辻本芳雄が、まだ、遊軍長ぐらいだったころに、私にこう教えてくれた。

「いいか、新聞記者は、疑うことが第一だ。何故だ、何故だと、疑問を抱き、それを解明して、真相を発見する。真実の報道とは、ナゼ、ナゼから始まるんだ」と。

——ナゼ、あんな高級車が、停まっているンだ?

私は、玄関を入りかけたが、戻ってきて、運転手に話しかけた。

「いい車だネ。こんな高級車に乗れる人は、キット、重役サンだネ」

「イエ、輸送課長サンです」「どこの?」

「日銀です」

日銀の輸送課長が、二台できている。部下か、関係者を連れてきている。ナゼだ?

私は、署長室の入口のガラス戸を、背伸びして覗いたが、客はいない。すぐデカ部屋 (刑事課)へ。ここにもいない。二階の経済係へ行くと、居た、居た!  部屋いっぱいに、カツギ屋の代わりに、背広姿がいる。

ガラス戸をあけて、室内に入ろうとすると「ブン屋サン。調べ中だから、ダメだよ」と追い出された。トイレの入り口付近で待つうちに、メングレ(面識のある人、顔馴染み)の刑事がきた。

すれ違いざまに、「駅警備!」と、短く一言。私は上野駅へ走った。

若い制服のお巡りサン、湯沢さんといったが、まだ、興奮さめやらずで、話をしてくれた。すぐ、公衆電話で、社へ一報を入れる。

「日銀の新潟支店が、本店の上司に、現送箱(現金を入れた木箱。警官が警乗する)に米を入れて送り、上野署に摘発されたンです。すぐ、写真(カメラマン)をください!」

話はこれからである。

湯沢巡査は、上野駅に着いた貨車に、警乗してきた警官から、申し送りを受けて、駅構内に入って

きたトラックに、現送箱を移しかえるのを、警備していた。

読売梁山泊の記者たち p.042-043 〝一見五万円風〟の札束を

読売梁山泊の記者たち p.042-043 「バカヤロー。金もらって、酒呑んで、社に上がってきて、原稿書くンだ。原稿さえ、キチンと書けば、構わねェンだ!」またまた、みんな笑った。
読売梁山泊の記者たち p.042-043 「バカヤロー。金もらって、酒呑んで、社に上がってきて、原稿書くンだ。原稿さえ、キチンと書けば、構わねェンだ!」またまた、みんな笑った。

湯沢巡査は、上野駅に着いた貨車に、警乗してきた警官から、申し送りを受けて、駅構内に入って

きたトラックに、現送箱を移しかえるのを、警備していた。

ところが、パラパラと、米粒が落ちるのを見咎めて、箱をあけて、中味を見せろと要求した。日銀側は、「こんなところで開けたら危険だ」と拒む。彼は、トラックに便乗して日銀本店まで行き、蓋を開かせ、米の入った現送箱を見つけ、上野署に逆戻りさせた。

カメラマンが駈けつけ、現送箱から米を取り出している写真を撮影した。読売の特ダネである。どうせ、夕刊はないのだから、朝刊では、各社共通になろうが、写真は読売だけだ。撮影を見守っていた私に、輸送課長が、耳許でささやいた。

「これには、いろいろと事情がございまして、これから少々お時間を頂ければ、別席にてご説明申しあげたいのですが…」

私だって、バカじゃない。〝別席にて、ご説明したい〟という言葉は、〝記事にするのはゴ勘弁願いたい〟ということだ。

まだ、行ったことのない、高級料亭。まだ、喰べたことのない、料理の数々。そして、艶やかな芸妓、酒、現金…、思わず、ツバを呑みこまざるを得ない、〈誘惑〉であった。走馬灯のように、という表現では、スピードに欠ける。映画のフラッシュ・バックのように、パッ、パッ、パッと、〈誘惑〉の中身が、私のマブタの裏に、閃いた…。

私の記者生活での、初めての経験。だが、閃きが終わった時、私は、もう「読売記者」に立ち戻っていた。

「残念ながら、ご期待にはそえません」

第一、本社に、すでに第一報をいれ、カメラマンまで呼び、どうして、私だけの〝胸先三寸〟で処理できようか。

社に上がってゆく(帰社することを上がるという)と、先輩の遊軍、窪美万寿夫(ジャワ支局員だった)が、私をつかまえて、笑った。

「日銀本店に、談話を取りにいったら、百円札で、〝一見五万円風〟の札束を、握らされそうになったヨ。オレが、サツ廻りで、第一発見者だったら、ホイ、ホイなのに。なにしろ、遊軍で、デスクにいいつけられて、談話取材なんだから、相手がいませんでした、と帰ってきても、記事は出てしまうし、なあ」

「イヤ、現場でだって、輸送課長に、別席でご説明を、といわれたんですよ。一報を入れる前に、そういわれりゃ、いまごろは、〝酒池肉林〟ですよ」

まわりのみんなも、大爆笑であった。そこに、竹内部長が寄ってきた。あの厳しい顔の眼尻に、笑うとシワが寄って、可愛い顔になる。

「バカヤロー。金もらって、酒呑んで、社に上がってきて、原稿書くンだ。原稿さえ、キチンと書けば、構わねェンだ!」

またまた、みんな笑った。笑いの静まるのを待って、竹内は、真顔に立ち戻って、こういったのであった。