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迎えにきたジープ p.024-025 「幻兵団第一号」が発見された

迎えにきたジープ p.024-025 The first Phantom Corps, which swears loyalty to the Soviet Union and returns to Japan and executes its secret command, was thus found.
迎えにきたジープ p.024-025 The first Phantom Corps, which swears loyalty to the Soviet Union and returns to Japan and executes its secret command, was thus found.

三 天皇島に上陸した「幻兵団」

第一次引揚の大久、恵山両船の時に、直接手を出してしまった日本側は、何しろソ連関係のエキスパートばかりなので『スパイらしい人物が多数混っているようだ』と、敏感にもキャッチした。そこで直ちにナイト少佐らの米軍調査班に連絡したが、一笑に付して取上げようともしない無智蒙昧ぶりである。

この件を内部で検討した顧問団は、重大な問題だというので、中部復員連絡局長川越守二元中将(28期)、北陸第二上陸地支局(舞鶴)長稲村豊二郎元中将(26期)、復員部長大熊初五郎元中佐(37期)らと相談した結果、日本側として引揚に関する資料を整理しようということになり、その報告書を復員庁を通じてG—2に提出した。

この報告を読んだウイロビー少将は、日本将校の対ソ感覚、資料の収集技術に感心して、将来とも積極的な協力をと要請してきた。

顧問団の調査によって、ソ連側の政治教育、日本新聞の組織と編成、収容所付近の状況、帰国後の赤化工作組織の企図などが明らかにされたのだったが、第二次の明優、遠州両船ではより重大なことが明らかにされた。

遠州丸の草田梯団はライチハの民主大隊といわれた積極分子を母体にしていた。この民主グループ「北斗会」は委員長草田守元兵長(愛知)、常任委員保科義英元一等兵(新潟)、堀尾貫文元一等兵(長野)、大田貢元上等兵(広島)、井上進元少尉(神奈川)らで、「北斗会」がチェックされた結果、収容所の動向のすべてが調査された。

この調査で、彼らは誓約ののち北海道でコルホーズ組織を作る、中央では日共支援という指令を帯びていることが明らかになり、アメリカ側を驚かせた。現地の米側では、引揚者調査はソ連の兵要地誌を作るのが目的だと思っており、このような政治工作についての関心は全くなかったからである。

この自供を行ったのは、やはり北斗会の幹部だった鈴木高夫氏であった。ソ連側に忠誠を誓って帰国、その指令を実行するという「幻兵団第一号」は、こうして発見された。また、『モスクワ大学帰りもいる』という自供は井上元少尉から出た。

ガク然としたアメリカ側は、報告書を携えピストルで武装したクリエールを東京へと飛ばした。続いて上陸第二日の九日夜、調査班に呼び出された草田、保科、堀尾、大田、鈴木の五氏はそのままGIに護送されて、東京に連れ去られてしまった。

ラストヴォロフ事件で、ラ氏を無断で国外へ連れ去られたように、この時も日本側には何の連絡もなく、上陸地支局長の稲村元中将も全く知らなかった。しかし、幹部でありながら残された、井上、伊藤、大橋氏らが日の丸組からリンチされるという騒ぎが起り、復員庁側はようやく五氏が居なくなっているのを発見したのである。

草田氏らはG—2、すなわちNYKビルに連れてゆかれて、本格的な取調べをうけた。これが、舞鶴でチェックされて、NYKビルに呼ばれるようになったはじめであった。

迎えにきたジープ p.030-031 酒井元少尉はついにおちた

Lieutenant Uryu thoroughly grilled former second lieutenant Sakai. So Sakai has finally fallen. He confessed all spy orders because of too much mental oppression.
迎えにきたジープ p.030-031 Lieutenant Uryu thoroughly grilled former second lieutenant Sakai. So Sakai has finally fallen. He confessed all spy orders because of too much mental oppression.

しかし、終戦直後の対ソ資料収集でも、陸海空の三軍がそれぞれにソ連関係将校を呼んでは人材の奪い合いをしたという、セクショナリズムのはげしい米人たちである。これら各機関が、ここでも同様に引揚者の奪い合いで、自己の業務ばかりを主体として他を顧みないので、引揚者の帰郷出発が遅れたり、NYKビル送りの数の多少まで争うので、日本側の業務はしばしば混乱させられていた。

五 秘密戦の宣戦布告

二十二年四月、引揚が再開されて八日に明優丸、十日に大郁丸、十二日に信洋丸、十六日に米山丸、十九日に永徳丸と、引揚船は陸続として入港してきた。ところが、一船、二船の明優と大郁には元将校がまじっていたのに、三船の信洋丸からは元将校は一人もいなくなった。

ソ連では元将校の帰還をやめ、特別教育をしているという説が出て、日本人顧問団ではこれはオカシイとニラんでいた。五月になってウラジオの将校団が引揚げてきた。その中で長野県出身の酒井少尉という若い元軍医がCICに散々にしぼられていた。

『何も俺だけシボらなくてもいいだろう』

この若い元少尉は疲れ切って、しまいには腹立たし気に、訊問官の寄地(ヨリヂ)少尉に喰ってかかった。ピンときた寄地少尉は訊問を打切って顧問団に相談した。そこで、顧問団の一人が代って訊問し、カマをかけた。

『ソ連のスパイになるという誓約をしてきた男がいるか?』

『居る』

酒井元少尉はつい答えてしまった。

『それは誰だ?』

『……言えない』

たたみかけてくる質問に、酒井元少尉はハッと気付いて、固く口をつぐんでしまった。見込みがあるというので、調べ官は爪生(ウリウ)准尉に交替することになった。

そのころのCICは、すでにテイラーに代って、二世の山田(ヤマダ)大尉となり、その部下では瓜生と高木(タカギ)という二人の准尉が中心で、この二人の功名争いがはげしく闘われていた。また顧問団の主任ともいうべき前田元大佐は、園木という偽名を使っており、さらに匿名の三羽烏をそのブレーンにしていた。この三羽烏の日本人は、二人が元憲兵で他の一人は満洲育ちというらつ腕家揃いで、前田元大佐によいアドバイスをしていた

さて、瓜生准尉の手に渡った酒井元少尉は徹底的にしめ上げられた。酒井元少尉はついにおちた。あまりな精神的打撃に一切を告白した。ソ連から政治的な指令をおびてきているという自供をした、一月七日の遠州丸草田梯団の鈴木高夫氏は、「幻兵団第一号」ではあったが、この酒井元少尉の場合は政治的というより、純然たるスパイ指令であったから、いよいよ本格的になってきたのである。