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雑誌『キング』p.110下段 幻兵団の全貌 身上調査

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.110 下段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.110 下段

具体化されたある計画(スパイ任命)に関して、私が呼び出された第一回目という意味であって、私自身に関する調査は、それ以前にも数回にわたって怠りなく行われていたのである。

作業係将校のシュピツコフ少尉が、カンカンに怒っているぞと、歩哨におどかされながら、収容所を出て司令部に出頭した。ところが行ってみると、意外にもシュピツコフ少尉ではなくて、ペトロフ少佐と並んで恰幅の良い見馴れぬNKの少佐が待っていた。

私はうながされてその少佐の前に腰を下ろした。少佐は驚くほど正確な日本語で私の身上調査をはじめた。本籍、職業、学歴、財産など、彼は手にした書類と照合しながら一生懸命に記入していった。腕を組み黙然と眼を閉じているペトロフ少佐が、時々鋭い視線をそそぐ。

私はスラスラと正直に答えていった。やがて少佐は一枚の書類を取り出して質問をはじめた。フト気がついてみると、それはこの春に提出した、ハバロフスクの〝日本新聞〟社編集者募集の応募書類だ。

『何故日本新聞で働きたいのですか』

少佐の日本語は丁寧な言葉遣いで、アクセントも正しい、気持の良い日本語だった。少佐の浅黒い皮膚と黒い瞳はジョルジャ人らしい。

『第一にソ同盟の研究がしたいこと。第二はロ

雑誌『キング』p.110中段 幻兵団の全貌 A氏特に名を秘す

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.110 中段

A氏(特に名を秘す。三十歳、元少尉、大学卒、会社員、東京都、チェレムホーボ地区より二十二年に復員)

『A! A!』

兵舎の入口で歩哨が声高に私を呼んでいる。それは昭和二十二年二月八日の夜八時ごろのことだった。去年の十二月はじめにもう零下五十二度を記録したほどで、二月といえば冬のさ中だった。北緯五十四度という、八月の末には早くも初雪のチラつくこのあたりでは、来る日も来る日も雪曇りのようなうっとうしさの中で、刺すように痛い寒風が雪の氷粒をサアーッサアーッところがし廻している。

もう一週間も続いている深夜の炭坑作業に疲れ切った私は、二段寝台の板の上に横になったまま、寝つかれずにイライラしているところだった。

——来たな! やはり今夜もか⁉

今までもう二回もひそかに司令部に呼び出されて、思想係将校に取調べをうけていた私は、直感的に今夜の呼び出しの重大さを感じとって、返事をしながら上半身を起こした。

『ダ、ダー、シト?』(オーイ、何だい?)

第一回は昨年の十月末ごろのある夜だった。この日はペトロフ少佐の思想係着任によって、

雑誌『キング』p.110上段 幻兵団の全貌 奇怪な組織の輪郭

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.110 上段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.110 上段

ちソ連のもつ暗さである——と闘う覚悟を決め、それからそれへと引揚者をたずねて歩いた。その数は二百名を越えるであろうか。

このようにして、緩慢ながら奇怪な一種の組織の輪郭が浮かんできたのである。それによると、

一、この組織は二十二年を中心として、シベリア各収容所において要員が選抜され、一人一人が誓約書を書かされて結成されたこと。

二、これらの組織の一員に加えられたものには、少なくとも四階級ぐらいあること。

三、階級は信頼の度と使命の内容で分けられているらしいこと。

四、使命遂行の義務が、シベリア抑留間にあるものと、内地帰還後にあるものとの二種に分かれ、両方兼ねているものもあると思われること。

五、こうした運命の人が、少なくとも内地に数千名から万を数えるほどいるらしいこと。

などの状況が判断されるにいたった。

これらの状況を、もっと具体的に理解してもらうためには、あつめられた次の五例をみることが、一番手っ取り早いに違いない。まずA氏の場合を、その告白文によってみよう。

一、A氏の場合(手記)