日別アーカイブ: 2020年2月23日

黒幕・政商たち p.028-029 松本機関と呼ばれるトップ屋

黒幕・政商たち p.028-029 それよりも、私は、堂場記者の話の中で「松本清張氏の助手の大竹宗美氏」と、さらに「東京新聞の香原記者」という、二人の人物が明らかにされたことに、より興味を覚えていた。
黒幕・政商たち p.028-029 それよりも、私は、堂場記者の話の中で「松本清張氏の助手の大竹宗美氏」と、さらに「東京新聞の香原記者」という、二人の人物が明らかにされたことに、より興味を覚えていた。

千葉代議士は、「堂場は三矢事件にも関係したアカだ。そんな奴に、各官庁の機密資料を出したら、それこそ、みんなツツ抜けぢゃないか」と、各役所の事務当局に、自ら電話をかけてきたという。(堂場氏の話)

そして、堂場氏自身の言葉によると、千葉代議士のこのような積極的反対を受ける〝身の覚え〟は全くなく、もし、千葉氏のウラミを受けるとすると、警職法国会の当時、自衛隊を東京に集めて、院外デモに対抗せよと自民党の一部の声があったが、「自衛隊を自民党の私兵視するのは間違っている」旨の記事を書き、その記事の中に、千葉氏らの名前をあげたこと位だという。

堂場記者がアカというのは、もちろん、秘密党員だとかいうことではない。治安当局の「日共秘密党員名簿」にも、その名はない。千葉代議士クラスになると、自民党を批判するものはすべて〝アカ〟という大ざっぱな考え方であろう。

それよりも、私は、堂場記者の話の中で「松本清張氏の助手の大竹宗美氏」と、さらに「東京新聞の香原記者」という、二人の人物が明らかにされたことに、より興味を覚えていた。

治安当局の調べによると、松本氏の助手で、いわゆる〝松本機関〟と呼ばれる何人かのトップ屋がいて、これらが、松本氏のもとで取材執筆に当っていること。その中にはアカハタ日曜版などに執筆している、共産党員もいるということである。

私の調べでは、大竹氏は週刊文春に連載している、松本清張名儀の「昭和史発掘」をも担当している。出張校正(〆切間際には印刷会社にいって校正する)などでは、大竹氏が自由に加筆訂正したり、削除したりしているというので、これは大竹氏の著作ではないかと考えられる。「防衛官僚論」もまた、堂場氏は大竹氏にしかインタビュウされておらず、果して松本氏が筆を取っているかどうか、疑わしいということがいえる。つまり、松本清張という個人の著述ではなく〝松本清張工場〟の製品ということである。

香原記者は、〝陸士五十八期生〟と一般に伝えられ、そのため、自衛隊の制服組に同期生がいて、喰いこんでいるというのであるが、陸士卒ということはあり得ず、また、兵籍名簿にも該当はない。従って〝自称〟もしくは、誤伝である。が、事実、防衛記者としては、取材力のある記者である。

堂場氏の抗議に、香原氏が便乗(?)したという点から考えると、香原氏も、文春の謝礼支払伝票に名前があった人物と推測されるのであるが、同氏の話をきく時間的余裕が得られなかったので、真相は不明である。

一方、千葉代議士の情報参謀には、元東京新聞編集局次長であった、浅野一郎氏がいるのである。浅野氏は東京新聞の社会部に入り、政治部、論説委員を経て編集局次長で退社し、昭和三十八年の衆院選に、茨城から出馬したが落選した人物。千葉代議士の情報参謀は、東京新聞記者時代からだったとみられるが、香原記者の先輩である。

黒幕・政商たち p.030-031 朝雲新聞に内紛があった

黒幕・政商たち p.030-031 この「朝雲新聞」に社長と編集長との間の内紛があった。経営の乱脈といい、情報をもらすという、双方の主張はさておき、この編集長は、「朝雲」を去って、自衛隊の機関紙といわれる「隊友新聞」に投じた。
黒幕・政商たち p.030-031 この「朝雲新聞」に社長と編集長との間の内紛があった。経営の乱脈といい、情報をもらすという、双方の主張はさておき、この編集長は、「朝雲」を去って、自衛隊の機関紙といわれる「隊友新聞」に投じた。

「三矢事件」が意味するもの

ここで、私の推理を述べると、堂場氏と香原氏とは、堂場氏が理論的で内局(内務官僚系)に強いのに対し、香原氏は行動的で制服(部隊系)に喰いこんでいた、共にA級の防衛記者であったということである。いうなれば、〝筆敵〟の間柄というのであろうか。それが共に、「三矢事件」の流出ルートとして、捜査当局の対象になった。そしておたがいが疑心暗鬼にかられ〝堂場はアカだ〟という情報が、香原—浅野—千葉の線に流れたのではあるまいか、ということである。

さらにまた、「安保調査会」の事業内容には、月刊研究誌「国防」の刊行がある。この辺にもまた、問題がひそんでいそうである。この雑誌は、同会によると「発刊以来すでに八年、わが国の防衛問題に関する、唯一の専門誌として、その存在を高く評価されていますが、今後はその編集を安保調査会が行い」とある。

つまり、防衛庁の共済組合の機関紙と見られていた「朝雲新聞」というのがあるが「国防」は同紙で編集し刊行していた。この「朝雲新聞」に社長と編集長との間の内紛があった。経営の乱脈といい、情報をもらすという、双方の主張はさておき、この編集長は、「朝雲」を去って、自衛隊の機関紙といわれる「隊友新聞」に投じた。「隊友新聞」は、制服の佐官が編集にタッチするほどのものであるから、発行部数も「朝雲」より多く、これこそ〝隊員の機関紙〟という。「朝雲」と「隊友」とは、その経営スタッフ、発生ともに、対照的であるだけに、対抗意識もあることは、十分察せられる。

堂場氏の意見は、「隊友」の紙面に対して、過激であるとして批判的である。そして、安保調査会の研究スタッフの一人に、堂場氏と並んで、「朝雲新聞」発行の下士官向け月刊誌「朝雲」の大倉編集長も加わっているのだから、「朝雲新聞」の社長対編集長の争いとからんで、やはり対立意識は抜けそうもない。その「朝雲新聞」が、経営難から(隊友新聞側の話)、月刊誌「国防」を刊行できなくなり、安保調査会へゆずったのだという。

このような、幾つもの事件と、トラブルとの経過の積み重ねとのあとで、そして、このような人と人とのつながりの上で、「安全保障調査会」はスタートした。ニュー・オータニのパーティ会場には、適量のアルコールが人々の談笑を誘って和やかではあった。

どんなメンバーが集まったか、また、どうして十一名の発起人が集まったか、財界の一流人が六名も名を列ねたか、の詳しい〝内幕〟には、ここで触れる必要はあるまい。

ただ各治安当局は、自衛隊の中央調査隊も含めて、ジッとこの「調査会」をみつめている。もちろん、筆者もかつて同僚だった堂場氏が、秘密党員であるとか、〝アカ〟だという意見には反対であるし、否定もする。

黒幕・政商たち p.032-033 伊藤忠—防衛庁機密漏洩事件

黒幕・政商たち p.032-033 この時には、有吉久雄防衛研究所長から、「職務上保管していた『秘』の表示のある、『第二次防衛力整備計画事業計画案の概要』を閲覧させ」(読売記事)られた疑いで、朝日新聞篠原宏記者が登場するのである。
黒幕・政商たち p.032-033 この時には、有吉久雄防衛研究所長から、「職務上保管していた『秘』の表示のある、『第二次防衛力整備計画事業計画案の概要』を閲覧させ」(読売記事)られた疑いで、朝日新聞篠原宏記者が登場するのである。

そして、面白いことには、治安当局であるところの、警察の外事、公安関係が会費を払って調査会の会員になっているということである。新聞、雑誌にある「愛読者」と同時に存在する〝憎読者〟のたぐいであろう。

そして、これからの「情報活動」は、すべて、ゾルゲ・スパイ事件と同じケース。政界人や財界人の、側近と呼ばれ、参謀と称される人たちと、それを取巻く〝記者〟たちが、主役にならざるを得まい。警察予備隊という名前と、そのスタッフとで出発した〝日本の新しい軍隊〟が、今、持っている性格をあまりにも、象徴した事件が、「三矢事件」であり、その「三矢事件」は、防衛庁と自衛隊との性格をそのままに持ち越して、今また「安全保障調査会」に、その姿をチラリと見せたのである。

「安全保障調査会」ばかりではない。もっと露骨に出てきたのが、四十三年春の「伊藤忠—防衛庁機密漏洩」事件である。そして、この時には、有吉久雄防衛研究所長から、「職務上保管していた『秘』の表示のある、『第二次防衛力整備計画事業計画案の概要』を閲覧させ」(読売記事)られた疑いで、朝日新聞篠原宏記者が登場するのである。

事件が表面化したのは、有吉氏の保管していた書類の表紙ナンバー(14-50)のあるコピーが、伊藤忠商事などの、商社関係に流れていたからである。いわゆる、総合商社といわれる貿易商社が、どんな形の〝商売〟をするのであろうか。話は少し旧聞に属するのだが……

第2章 米対外援助資金への疑惑

昭和四十年。〔三月九日ニューヨーク発AP〕米司法省は九日、米国東棉社ニューヨーク本社を含むニューヨークの貿易会社二社を詐欺罪で告発した。告発の理由は、米対外援助による南ベトナム、韓国向け資材について、米政府に偽りの申告をしたというもの。