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雑誌『キング』p.132上段 幻兵団の全貌 資産と社会的地位あり

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.132 上段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.132 上段

〝まぼろしのような兵団〟の幻のヴェールを、一枚ずつ紙面の上でハギ取ってみて、引揚者たちの悩んでいることが、果たして〝幻影〟かどうかを確かめよう。これが読売の〝幻兵団〟と名付けた、紙面効果の狙いだった。そして、八回にわたって、ハギ取られ、ヒンむかれた幻のヴェール。そのかげから現れてきた正体は?——その返事に、『新聞記者のメモ』をのぞいてみよう。

(一) ホンボシ会見記

ホンボシというのは、ホントのホシ(犯人)で、真犯人という言葉だ。私が知っている何人かの〝幻兵団〟のうち、一番面白かったG氏との会見の模様を述べよう。

イ、偽名 駒場 某
ロ、抑留地区 西シベリア○○○○○
ハ、復員年月日 二十三年九月○○日
ニ、年齢 四十歳前後
ホ、居住地 ○○近県
ヘ、家庭の状況 資産と社会的地位あり
ト、職業 ○○○と旅館経営

この七つの条件を備えた〝幻兵団〟は、すでに一仕事を果たしているという。

『ヨシ、この男を探し出そう』私は考えた。職業から判断して都市居住者だ。居住地からいう

雑誌『キング』p.125中段 幻兵団の全貌 前職者と反動の摘発

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.125 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.125 中段

ホ、〔ライチハ〕

住所、氏名、部隊名
(前半恐怖のため記憶なし)
今日ノ訊問ハ日本内地ニ帰ッテカラモ、親兄弟、妻子等ハモチロン、親類ノ人ニモ話サナイコトヲ誓イマス

ヘ、〔アルマアタ〕

宣誓書
ソ連内務省ノ実施スル諜報業務ニ協力スルコトヲ宣誓スル

以上あげた六例は、文面に地区別の違いはあるけれども、いずれもⒶに属するもので、前職者と反動の摘発を目的としている。そして、報告書のために偽名を与えられているのもあるが、偽名もない者すらある。命令者、あるいは報告先としては、ソ連政府またはソ連内務省となっている。違約の際の罰目は、『法律』『刑法』『刑法第何條』となっているが、いずれも同じである。

ところが、Ⓑ種となると、これらとは全く違う。

B種

イ、〔バルナウル〕

誓約ノコト
私ハ赤軍ノタメニ米軍ノ情報ヲ提供スルコトヲ誓イマス
(以下、違約の際の條件などはⒶと同じ)

ロ、〔ハバロフスク〕

雑誌『キング』p.125上段 幻兵団の全貌 前職者を通報

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.125 上段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.125 上段

⑤労働ヲ忌避スル者
⑥天皇護持ヲ主張スル者
⑦憲兵、特務機関、警官ナドノ前職者
⑧ソ同盟の秘密ヲ諜報セントスル者

ハ、〔ハバロフスク〕

私ハ収容所内ニ左ノヨウナ者ヲ発見シタ場合ハ、直チニ密カニソ側当局ニ対シテ報告イタシマス

①憲兵、特務機関員、警察官
②逃亡ヲ計画スルモノ
③暴力団行為ヲナスモノ
④反ソ反共ノ言辞ヲナスモノ

右ヲ下記ノ偽名ニヨリ、通報スルコトヲ誓約イタシマス

ニ、〔ウォロシロフ〕

私ハ次ノ事ニツイテソ連政府ト協力シ、ソノ命令ヲ守リマス

①ソ連ノ政策ヲ破壊シヨウトスル者、元日本憲兵、巡査、特務機関等ニ勤務シタ者ガ、収容所内ニイタ場合ハ直チニ報告シマス
②コノ仕事ヲスルニ当ッテハ、コノコトヲ誰ニモ口外シマセン。モシ他人ニモラシタ場合ハ、ソ連ノ法律ニヨッテ処罰ヲウケルコト

右誓約シマス

雑誌『キング』p.115中段 幻兵団の全貌 ピストルを突きつけ

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.115 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.115 中段

きとって、私の眼の前に突き出してから黙って机の上に置いた。そして続けた。

『何でもいうことをきくといったではないか』

『……』

私はもう承諾するより仕方ないことを知ってペンをとった。私の聞いた話では、ピストルを突きつけられて書いたという者もいるらしい。そして『ソ連邦のためにはどんなことでもする。このことは誰にも話さない。約束を破ったらどんな処罰でも受ける』といったようなことを、通訳の口述通りに、日本字で書いた。最後の行に、

『偽名ヲ阿部正ト使ウコト』

と、書き加えた。誓約書を納めると、『某中佐はロシア語を知ってるから特務機関だろう』とか『某中佐は軍国主義者に間違いないが、どんなことを話しているか』などと、しつっこくたずねたあげく、

『元憲兵の氏名を報告しろ』

と、命令された。

彼らはこうして誓約書をとってスパイにしたものを、決して民主主義者だと思っているわけでもないし、まして共産主義者だなどとは考えていない。ただ使えるだけ使って、あとは破れ草履のように捨ててしまうのである。

私は、元憲兵として有名な人を四、五名報告

最後の事件記者 p.136-137 シベリアで魂を売った幻兵団

最後の事件記者 p.136-137 データは完全に揃った。談話も集まった。私たちは相談して、このスパイ群に「幻兵団」という呼び名をつけたのであった。
最後の事件記者 p.136-137 データは完全に揃った。談話も集まった。私たちは相談して、このスパイ群に「幻兵団」という呼び名をつけたのであった。

私の場合は、テストさえも済まなかったので、偽名も合言葉も与えられなかったが、他の多くの人は、東京での最初のレポのための、合言葉さえ授けられていた。

例えば、例の三橋事件の三橋正雄は、不忍池のそばで「この池には魚がいますか」と問われて、「戦時中はいましたが、今はいません」と答えるのが合言葉であった。

ラストヴォロフ事件の志位正二元少佐の場合は、通訳が日本語に学のあるところを示そうとして、万葉の古歌「憶良らはいまはまからむ子泣くらむ、そのかの母も吾をまつらむぞ」という、むつかしい合言葉だった。そして、自宅から駅へ向う途中の道で、ジープを修理していた男が「ギブ・ミー・ファイヤ」と、タバコの火を借りられた。その時、その白人は素早く一枚の紙片を彼のポケットにおしこんだ。

彼があとでひろげてみると、金釘流の日本文で「あなたが帰ってから三年です。子供たちもワンワン泣いています。こんどの水曜日の二十一時、テイコク劇場ウラでお待ちしています、もしだめなら、次の水曜日、同じ時間、同じ場所で」とあった。子供がワンワン泣いているというのが、さきの万葉だったのである。

また、「あなたは何時企業をやるつもりですか」「私は金がある時に」とか「私はクレムペラーを持ってくることができませんでした」と話しかける人が、何国人であっても連絡者だ、と教えられたのもある。

データは完全に揃った。談話も集まった。私たちは相談して、このスパイ群に「幻兵団」という呼び名をつけたのであった。そして二十五年一月十一日、社会面の全面を埋めて第一回分、「シベリアで魂を売った幻兵団」を発表した。それから二月十四日まで、八回にわたって、このソ連製スパイの事実を、あらゆる角度からあばいていった。

大きな反響

反響は大きかった。読者をはじめ、警視庁、国警、特審局などの治安当局でさえも、半信半疑であった。CICが確実なデータを握っている時、日本側の治安当局は全くツンボさじきにおかれて、日本側では舞鶴引揚援護局の一部の人しか知らなかった。

『デマだろう』という人に、私は笑って答える。

『大人の紙芝居さ。今に赤いマントの黄金バットが登場するよ』

紙面では、回を追って、〝幻のヴール〟をはがすように、信ぴょう性を高めていった。