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雑誌『キング』p.136中段 幻兵団の全貌 引揚者同盟や親睦会

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.136 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.136 中段

されていた人の一人は、引揚者同盟の幹部であり、他の一人は官庁資料課長であること。またメムバーの有力な一員が、東京と大阪とで、それぞれ引揚者の親睦会を組織していること。アクチヴだった者にきけば、まったく否定する誓約書の事実も、反動だった者にたずねると事細かに話してくれること。——確かにエラブカ将校収容所が、〝幻兵団〟で果たしている役割は大きいものである。

誓約書を迫られ『日本人だから日本のことは売れない』と、つっぱねたところ、『それでは外国のことならよいだろう』と、つけこまれて、ついに署名をしたという吉田元中佐。

雑誌『キング』p.135中段 幻兵団の全貌 女中尉のカバン持ち

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.135 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.135 中段

った。㊁金持ち、名門、特異な職業の者などを対象としていたこと。㋭反動の偽装と日本における地下潜入をハッキリと示していること。などの諸点である。

背が低く四角いアカラ顔の、そのNK中佐のもとに、モスクワ東洋大学の言語学科出身という腕達者な女中尉が日本人部長として、ニラミを利かしていただけに、一部の極反動を除いては、ほとんどが懐柔されてしまった。ことに、若い尉官たちの活動的な民主運動に圧迫を感じた、参謀肩章の佐官や、中年の尉官たちが、自己保身のために、意外なほど簡単に妥協してしまったらしく、参謀長が部下参謀をさしおいて先に帰還したという例が多い。

ここで女中尉のカバン持ちをしていたという、北海道の多田光雄(三二)元少尉は、『ソ同盟情報部との誓約書にいたっては、ふきだしてくる。これでみるとソ同盟側ではとりわけファシストをえらんで、誓約書をかかせたものらしい』と、アカハタ記者に語っているが、反動に誓約書をかかせたということは事実で、多田氏は〝ふきだしてくる誓約書〟の真相を知って、語るに落ちているわけだ。

今年の一月に入った高砂丸で帰ってきた元男爵細川元中佐参謀なども『〝幻兵団〟には民主グループは駄目で、反動から探している』と語

雑誌『キング』p.134下段 幻兵団の全貌 G氏の在ソ間の行動

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.134 下段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.134 下段

たことがない』というが、調査の内容はともかく、呼び出された事実がある。

誓約書の件に関して『初耳』だというが、G氏の在ソ間の行動、民主委員としての活動から、知らないはずはない。また、G氏の学歴その他から、G氏の収容所のスパイ任命事情からいっても、G氏がその選にもれるはずはなく、G氏と親しかった同志たちが、それぞれの誓約の件を私に告白し、口を揃えてG氏も同じだという。

以上のような点から、私のG氏に対する確信は、深まりこそすれ、彼の否定にたじろぎはしなかった。

私はずっとG氏の行動を引続き注目しており、やがて彼自身の口から、真相の一切を聞ける日は近いと思っている。G氏もまた恐怖におののく一人だということを思えば、彼がたとえ一仕事果たしたとしても、ざんげと贖罪によって、彼は許されねばならない。

二、エラブカ将校収容所

〝幻兵団〟がその性格から、知識階級を主な目標にするのは当然なことである。この収容所には幹候出身の尉官がたくさんいたので、〝幻兵団〟の生産地としては、他の一般収容所に比べ

雑誌『キング』p.130上段 幻兵団の全貌 小針延次郎が受けた命令

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.130 上段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.130 上段

小針延次郎氏は帰国に際して、誓約書とは別に、十カ条に及ぶ具体的な命令をもらっている。これは同氏ほか三名の人が、ナホトカで二十二年三月中旬ごろ、政治部員グルフニー中尉から、日本帰還後の具体的活動を示されたものである。

①日本へ帰ったなら、引揚者間の連絡をとるべし。
②東京に連絡所を設け、責任者をきめ、つねに名簿を整理しおくべし。
③米軍がどのような調べをしたか、記しおくべし。
④米軍の進駐政策をつねに注意すべし。
⑤徳田球一氏との連絡を保つべし。
⑥ナホトカで結成した県人会を中心に、民主グループの団結をはかるべし。
⑦引揚者の政治結社は、進駐軍が許さぬから十分警戒すべし。
⑧グループの責任者は全国の同志と連絡すべし。
⑨ソ連の兄弟と手を握り、反動政権と闘争すべし。
⑩あらゆる民主団体と協力、働く者の日本建設に努力すべし。

また一方、裏日本某県の某氏(元軍曹、二十三年五月復員)が、三カ月間のスパイ教育を終

雑誌『キング』p.129上段 幻兵団の全貌 アクチヴを反動偽装

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.129 上段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.129 上段

っていることなど、いずれも符節を合わしている。

二十二年上半期には、『アクチヴは、帰還の第一関門である舞鶴で警戒されるから、反動を採用した方が有利である』という根拠にもとづき、大量生産をしたのであるが、やがてそれでは決して質の向上を期待できないという失敗に気付いた。そのため、下半期では、Ⓑ要員に厳選主義をとり、エラブカ、バルナウル、ハバロフスク、ウォロシロフなどの各地では、筋金入りの民主グループ委員、いわゆるアクチヴに着目した。

そして誓約書をかかせると同時に、民主運動から脱落せしめ、反動としての偽装に着手した。同時にある輸送計画をたて、逐次、日本潜入を開始したのだった。輸送計画というのは、さきの〝どんなに吊るしあげられても、必ず帰してやる〟という言葉で裏書きされよう。

二十二年上半期製造の〝反動スパイ〟は、二十二年下半期からすでに帰還をはじめ、上陸後に寝返る奴も出てきた。その結果として、当局では、このスパイ組織に気がつき警戒をしはじめた。

このような事態に対処するべく、ソ連側では、潜入のための輸送計画をたてたのだ。それは、Ⓑ要員は決してその地区梯団と共に帰らせず、一人一人を、他の地区梯団にまぎれこまし

雑誌『キング』p.128下段 幻兵団の全貌 使命遂行は現在進行形

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.128 下段 四、日本に於ける実態
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.128 下段 四、日本に於ける実態

イセット)、一応使命は終了しているとみられるので、ここではしばらく置こう。あまりにも陰惨であるとの声もあるが、引揚げの完了は、敗戦の整理でもあるので、たとえ〝生きて帰る〟ためではあっても、そのかげに強制力をもったもっと大きな責任者があるとしても、やはり吉村隊長が法の裁きをうけているように、同胞を売った事実があれば、それはそれとして、健康な社会の秩序によって裁かれねばならない。もちろん、誓約書を書いてはいても、魂までは売らなかった人々も多いのだ。

だが、問題はⒷに属する人々である。彼らの使命遂行は現在進行形であるからだ。

1 潜入と偽装

『民主運動には積極的であってはいけない。幹部になることはもちろんいけない』という注意は、誓約書を書くに当たってチェレムホーボはじめ各地区で、担当将校に与えられている。さらにバルナウルなどにおいては、逆に反動的言動を命ぜられ、『どんなに吊るしあげられても、必ず帰してやるから心配するな』とまでいわれている。エラブカでも、スパイ採用にやってきた〝モスクワの中佐〟は『革命家は、在ソ間は反動としてすごさねばならない。日本へ帰ったら地下にもぐって大いに活躍しなければならぬ』と語

雑誌『キング』p.125下段 幻兵団の全貌 ソ連情報部に誓約

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.125 下段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.125 下段

私ハ、帰国後日本ノ完全民主化ト、世界平和ノタメニ、ポツダム宣言ノ完全履行および新憲法ノ完全施行ヲ監視スルト共ニ、新戦争放火ヲ企図スル米国ノコトニ関シ、ソ同盟側ノ質問、或ハ問題ニ対シテ、回答スルコトヲ誓イマス

之ハ私、本人ノ自由意志ニ依ルモノデアリ、決シテ強制サレタリシタモノデナイコトヲ、下記ノ名に於テ誓約イタシマス

ハ、〔ウォロシロフ〕

(ハバロフスクと全く同文)

ニ、〔エラブカ〕

誓約書
ソ連邦情報部(特務機関)ニ左記事項ヲ誓約スル
①家族、兄弟、親類、友人ヲ動員シテ命令を速カニ達スル
(②以下⑯まで不明、この中に、日本帰還後の生活保証の項もある)

この四例がⒷである。この誓約書からすれば、使命遂行は絶対日本国内でなければならず、しかも、Ⓐのごとくわずらわしい摘発などは命ぜられていない。

同時に偽名と合言葉が与えられているが、この誓約に続いて、写真撮影が行われていることが、いよいよ本格的なスパイ組織であることを

雑誌『キング』p.120中段 幻兵団の全貌 モスクワの指令だ

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.120 中段 三、組織の全貌
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.120 中段 三、組織の全貌

間をもって終了するとみられる者にも、偽名のない者とある者もあれば、またC氏の如く在ソ間は全く飼い殺しで、偽名、合言葉を与えられ、誓約書には帰還後のみ遂行し得る目的を明示された者と、さらに写真まで撮影されている者もある。

人選に関しては、D氏の如く戦犯容疑者でありながら、毒をもって毒を制する如く起用され、さてはE氏の如く幼年学校、士官学校という経歴の純軍人をも、その履歴にカモフラージュしている。

これらの事実に徴してみると、元大本営参謀で戦争中止を天皇に直訴して、東條に忌まれて朝鮮軍にトバされたという種村佐孝元大佐の言うように、この組織は『各収容所付の政治部員の独断ではなく、モスクワの中央情報部の指令だ』とみるべきであろう。

この組織の選考、任命、連絡の各段階を詳細にみると、全ソ連地区に共通したものがあるこ

雑誌『キング』p.116中段 幻兵団の全貌 C氏の場合

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.116 中段 写真・日の丸引揚
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.116 中段 写真・日の丸引揚

でいるような男もいた。私は反動で、ナホトカでは毎日のように吊るしあげられていたが、誓約書のこともすぐに皆にしゃべってしまった。

三、C氏の場合(談話)

C氏(特に名を秘す、三十歳、元軍曹、大学卒、会社員、東京都、バルナウル地区より二十三年に復員)

雑誌『キング』p.115中段 幻兵団の全貌 ピストルを突きつけ

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.115 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.115 中段

きとって、私の眼の前に突き出してから黙って机の上に置いた。そして続けた。

『何でもいうことをきくといったではないか』

『……』

私はもう承諾するより仕方ないことを知ってペンをとった。私の聞いた話では、ピストルを突きつけられて書いたという者もいるらしい。そして『ソ連邦のためにはどんなことでもする。このことは誰にも話さない。約束を破ったらどんな処罰でも受ける』といったようなことを、通訳の口述通りに、日本字で書いた。最後の行に、

『偽名ヲ阿部正ト使ウコト』

と、書き加えた。誓約書を納めると、『某中佐はロシア語を知ってるから特務機関だろう』とか『某中佐は軍国主義者に間違いないが、どんなことを話しているか』などと、しつっこくたずねたあげく、

『元憲兵の氏名を報告しろ』

と、命令された。

彼らはこうして誓約書をとってスパイにしたものを、決して民主主義者だと思っているわけでもないし、まして共産主義者だなどとは考えていない。ただ使えるだけ使って、あとは破れ草履のように捨ててしまうのである。

私は、元憲兵として有名な人を四、五名報告

雑誌『キング』p.115上段 幻兵団の全貌 誓約書を書け

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.115 上段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.115 上段

誓約書を書くにいたった状況はこうだ。昭和二十二年の暮れごろ、作業係将校の名前で、収容所司令部に呼び出された。もちろん、それまでの間に、数回呼ばれて身上調査は、うるさいほど詳しくやられていた。

さて、行ってみると、待っていたのは思想係の政治部員の中尉と、同じく少尉の通訳だった。そこで『政党は何党を支持するか』『思想はどうだ』『どんな政治がよいか』『ソ連のやり方はいいか悪いか』『ソ連に対するウラミは有るか無いか』などの問答があってから、

『オレは内務省の直系で、オレのいうことは内務省のいうことと一緒だが、オレのいうことを聞くか』

と切り出してきた。

『きけることならきく』

『何でもきくか』

『……』

『紙をやるからオレのいう通りに書け』

『何を書くのか』

『誓約書だ』

『誓約書なんか、何の誓約書だか分からずには書けない』

と、私はシャクにさわったので強硬に突っぱねた。すると中尉はいきなり腰のピストルを抜

雑誌『キング』p.114下段 幻兵団の全貌 B氏の場合

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.114 下段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.114 下段

て置かれた拳銃——こんな書割りや小道具まで揃った、ドラマティックな演出効果は、それが意識的であろうとなかろうと、そんなことには関係はない。ただ、現実にその舞台に立った私の、〝生きて帰る〟という役柄から、『ハイ』という台詞は当然出てくるのだ。私は当然のことをしただけだ。

私はバラッキ(兵舎)に帰ってきてから、寝台の上でてんてんと寝返りを打っては、寝もやらず思い悩み続けた。

『プープー、プープー』

哀愁を誘う幽かなラッパの音が、遠くのほうで深夜三番手作業の集合を知らせている。吹雪は止んだけれども、寒さのますますつのってくる夜だった。

二、B氏の場合(談話)

B氏(佐藤辰彌氏、三十三歳、元准尉、会社員、東京都荒川区尾久四ノ二四〇〇、イルクーツク地区より二十四年に復員)

私はソ連のスパイにさせられ、誓約書を書いてソ連に忠誠を誓った。これも当時の状況では、それを拒否することは〝死〟を意味していたから止むを得なかったことだと思う。しかし、私は私の報告によって、同胞を売ったことはな

雑誌『キング』p.114中段 幻兵団の全貌 NKの恐ろしさ

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.114 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.114 中段

思い悩むに違いない。そして『…モシ誓ヲ破ッタラ…』その時は当然〝死〟を意味するのだ。そして、『日本内地ニ帰ッテカラモ…』と明示されている。ソ連人はNKの何者であるかをよく知っている。私にも、NKの、そしてソ連の恐ろしさは、充分すぎるほど分かっているのだ。

——だが待て、それはそれで良い。しかし…

一カ月の期限の名簿はすでに命令されている。これは同胞を売ることだ。私が報告で認められれば、他人より早く内地に帰れるかも知れない。

——次の課題を背負ってダモイ(帰国)か?

私の名は間違いなく復員名簿にのるだろうが、私のために、永久に名前ののらない人が出てくるのだ。

——誓約書を書いたことは正しいことだろうか? ハイと答えたことは、あまりにも弱すぎただろうか?

あのような場合、ハイと答えることの結果は、分かりすぎるほど分かっていたのである。それは『ソ連のために役立つ』という一語につきてしまう。

私が、吹雪の夜に、ニセの呼び出しで、司令部の奥まった一室に、ドアに鍵をかけられ、二人の憲兵と向き合っている。大きなスターリン像や、机上に威儀を正している二つの正帽、黙っ

雑誌『キング』p.113下段 幻兵団の全貌 モシ誓ヲ破ッタラ

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.113 下段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.113 下段

『次に住所を書いて、名前を入れなさい』

『……』

『今日の日付、一九四七年二月八日…』

『私ハソヴエト社会主義共和国連邦ノタメニ命ゼラレタコトハ、何事デアッテモ行ウコトヲ誓イマス。

(ここにもう一行あったような記憶がある)

コノコトハ絶対ニ誰ニモ話シマセン。日本内地ニ帰ッテカラモ、親兄弟ハモチロン、ドンナ親シイ人ニモ話サナイコトヲ誓イマス。

モシ誓ヲ破ッタラ、ソヴエト社会主義共和国連邦ノ法律ニヨッテ、処罰サレルコトヲ承知シマス』

不思議にペンを持ってからの私は、次第に冷静になってきた。チ、カ、イにはじまる一字一句ごとに、サーッと潮が退いてゆくように興奮がさめてゆき、机上の拳銃まで静かに眺める余裕ができてきた。最後の文字を書きあげてから、拇印をと思ったが、その必要がないことに気付いて、誓約書の文句に分からぬうちにサインをさせられてしまったナ、などと考えたりした。

この誓約書を、今まで数回にわたって作成した書類と一緒にピンで止め、大きな封筒に納めた少佐は、姿勢を正して命令調で宣告した。

『プリカーズ!』(命令!)

私は反射的に身構えて、陰の濃い少佐の眼を

雑誌『キング』p.108上段 幻兵団の全貌 私の幻兵団との闘い

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.108 上段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.108 上段

だ。私はひとりつぶやいた。『これは何か、重大な秘密がひそんでいるぞ』と。もはや私は自分がワエンヌイ・プレシヌイ(軍事俘虜)であることも忘れていた。作業場ではソ連労働者が『ソ米戦争は始まるだろうか』『お前達の新聞には次の戦争のことを何とかいているか』としきりにたずねていた。〝日本新聞〟の反米宣伝は泥臭いあくどさで、しつように続けられている。アメリカ——日本——ソ連。そしてスパイ。私は心中ひそかにうなずいていたのだった。

やがて、私も故国に向かうダモイ梯団に加わって出発した。船中では『誓約書』という言葉を小耳にはさんだ。舞鶴ではさらに数多くの、断片的な情報をつかんだ。そして、私の推理を裏付けるように、昭和二十一年春に、当時はまだ新聞といえないほどお粗末だった〝日本新聞〟が、同志編集者を募る旨の紙上広告を発表し、それに応募した男が前述の四つの謎をもつ男だったことも知るにいたった。私は、『ソ連地区抑留日本人で組織されたソ連側のスパイ網』の存在を確信した。

私は帰京して出社するや、直ちに社会部長にこれらの状況を説明して、その組織や目的の調査をはじめることを報告した。こうして私の〝幻兵団〟との戦いがはじめられた。昭和二十二年十一月はじめのことだった。