黒幕・政商たち」カテゴリーアーカイブ

黒幕・政商たち p.036-037 イヤイヤしたことだ。

黒幕・政商たち p.036-037 刑事訴追をされている二口氏が帰国して東棉の要職にいるということは、社内では責任が問われていないということで、すなわち、東棉自体の〝会社ぐるみ犯罪〟容疑であるということである。
黒幕・政商たち p.036-037 刑事訴追をされている二口氏が帰国して東棉の要職にいるということは、社内では責任が問われていないということで、すなわち、東棉自体の〝会社ぐるみ犯罪〟容疑であるということである。

もし有罪となれば、二口氏は最高懲役百五年、米国東棉は罰金二十一万ドル(七百五十六万

円)の判決を受ける可能性がある」

日本の総合商社中の大手であり、米国南部に於ては、輝やかしい信用と歴史とを持つ、東洋棉花が、司法省に詐欺罪で告発されたということは、記事は小さく、しかも朝日だけではあるが、意味するところは大きい。ここにあえて「東洋棉花」と書いたのは、朝日の記事中に「経営が全く別会社になっている」とあるが、米国東棉は、事実上東洋棉花そのもので、便宜上から現地法人となっているに過ぎない。

事実、ダイヤモンド社の会社職員録(39年11月版)によると事件の被疑者である米国東棉社二口正道機械部長は、帰国して東棉の機械第一部大阪支部長という要職にあり、東棉取締役の横山健治氏が、米国東棉社首席となって、中上公平次席以下、五名の東棉社員が名を列ねている。事件は「人」が起すものであって、「経営」が起すものではない。しかも、責任者として刑事訴追をされている二口氏が帰国して東棉の要職にいるということは、社内では責任が問われていないということで、すなわち、東棉自体の〝会社ぐるみ犯罪〟容疑であるということである。

会ってみると、二口氏は日本語より英語が上手だといわれるように、実直で小心そうな技術者であり、彼自身が主張するように、シッビングの書類にサインした。その署名責任を追及されているという感じだ。

たった36万ドル?

その口下手な言葉を引取って前秘書室長の井上取締役が説明する。

「東棉の化学、繊維部門で、かねて取引のあった韓国商社の銀星産業というのが、工作機械を買いたいというので、東棉機械部に紹介してくれという。機械部で話を聞いてみると、米対外援助資金(AID)でというので断わったところ、米国東棉へ紹介してくれという。イヤイヤ紹介したところ、銀星の林社長が自身アメリカに渡り、自分で中古品を買いつけてきた。AIDはバイ・アメリカンだから米国で買わねばならない。しかし、資金の割当て枠があるので林社長は欲張って品数をふやすため、中古品を買った。

AIDには、昨年末まで新品に限るという規定があった。しかし、中古ではあるがモデルが古いというだけの中古品で、un-used(未使用)だから、new(新品)と解釈してシッビングの書類にそう記載した。米国東棉としては、林社長の要請で、断り切れずにシッピングだけを受持っただけ、しかも、イヤイヤしたことだ。

米国東棉の機械部の月商は、一千万ドル近いから、この林社長の三十六万余ドルの商売など小さく、ムリして取る客ではない。しかし、米国駐在社員一人月間百万円近い経費だから、コミッションはもらった。

黒幕・政商たち p.038-039 AID職員の質が問題

黒幕・政商たち p.038-039 AIDは利権化されている。殆どすべての職員が、〝出稼ぎ人根性〟で、バイ・アメリカンで米国商社、また、援助を受ける現地商社との〝黒い〟関係が生ずる。
黒幕・政商たち p.038-039 AIDは利権化されている。殆どすべての職員が、〝出稼ぎ人根性〟で、バイ・アメリカンで米国商社、また、援助を受ける現地商社との〝黒い〟関係が生ずる。

第一、輸出のさいの検査、韓国への輸入のさいの、在韓AIDの検査も、すべてパスしているのに、業務が終了してから、AID内部で、『二十一品目もあるのに、三十六万ドルでは安すぎてオカシイ』と、チェックされ、FBI(連邦検察局)の捜査が始ったと聞いている。だから、AID内部に何かがあるのではないかと思う。

九月に第一回公判がある予定だったが、十月にのびた。米人弁護士に任せてあり、会社としては、『未使用は新品』の解釈をとっているので、この点で争えるつもりだし、同様の意味で二口氏には責任がないものと考えている。事件は三十八年十一月のことで、問題化したのは三十九年の春ごろからで、二口氏は七月に任期を終えて帰国した。事件になったからではない。丸三年勤務したからだ。

事件そのものは、外務、通産両省の見解でも、どうということはないし、現地でも一紙だけにしか小さく報道されていない」

新聞記事が小さいとか、一紙だけとかいうことが、事件の内容そのものを意味しないことはいうまでもない。

外務省北米課では、「東棉告発の問題」という一冊のファイルを作って、公電その他を整理しているが、枝村事務官はいう。

「事件は今すぐどうということはないが、裁判で不当な扱いを受けないようみて行く。被告

である日本人が帰国してしまっているが、犯罪人引渡し協定などの問題も、裁判が終ってからの将来のことだ。領事事務としての関心はその程度のことで、日本商社の信用ということは、また別である。米国刑法の累犯加重は重いと記憶しているので懲役百年といった判決もあり得ると聞いている。刑の執行はまた別の救済手段があるハズで、これは調べて見なければ、何ともいえないことだ」

日本に於て知り得ることは、この程度のことであろう。この事件の本質を解明するのには、FBIの捜査の端緒とその経過、告発に踏み切るまでの事情などを取材しなくてはならない。東棉の主張するように、単なるAIDの制限規定NEWの解釈の問題ではなく、また、米国東棉に、「犯意」があったかどうか、三十六万ドルは〝小さな商売〟かどうかの問題ではない。

ということは、「AIDは利権化されている。だから、アメリカは莫大な金を諸外国に注ぎこみながら、それだけの効果をあげるどころか、逆に嫌われているのだ」という、在日AIDが開設されていた昨年当時までそれに関係していた某氏の言葉がある。

某氏(現職の関係で特に秘す)は、第一番に、AID当局の職員の質を問題にする。殆どすべての職員が、〝出稼ぎ人根性〟で、もちろん、米本国へ帰って国務省の職員になれる程度の人物はいないという。そこから、バイ・アメリカンで米国商社、また、援助を受ける現地商社との〝黒い〟関係が生ずる。

黒幕・政商たち p.040-041 日本は約半分の値段で生産

黒幕・政商たち p.040-041 日本の推すプランが、御破算になってしまった。キルレン氏が陰で糸を引いており、彼の黒幕は、アメリカの石油資本と肥料業者の一群だった。
黒幕・政商たち p.040-041 日本の推すプランが、御破算になってしまった。キルレン氏が陰で糸を引いており、彼の黒幕は、アメリカの石油資本と肥料業者の一群だった。

某氏(現職の関係で特に秘す)は、第一番に、AID当局の職員の質を問題にする。殆どすべての職員が、〝出稼ぎ人根性〟で、もちろん、米本国へ帰って国務省の職員になれる程度の人物はいないという。そこから、バイ・アメリカンで米国商社、また、援助を受ける現地商社との〝黒い〟関係が生ずる。

この言葉は、私たちにマ元帥の下で、占領軍として日本を支配した彼の幕僚たちを想起させる。新聞を握った少佐は、田舎町の記者であり、国鉄をアゴで動かした中佐は、また駅員だったという実例である。

韓国肥料工場の怪

アメリカは、AIDで韓国に肥料工場を造った。だが、その工場ができるまでの経過を調べてみると、ここにも〝黒い疑惑〟が生れてくるのである。そしてこのAIDという巨大な怪物と闘う、日本商社の、対韓経済協力の姿がある。

三井物産の西島常務は、熱っぽい口調で、韓国の肥料工場建設をめぐる、日米の対立、主として、AIDの不可解な動きを語り、人材の点でも、前出某氏の言葉を裏付ける。

「アメリカの対外援助は、かつてはほとんど消費物資ばかりで、戦後の緊急の場合だったので止むを得なかったろうが、生産手段を援助しなかった。もともと韓国は食料が不足しているのは、人口増加率に農業生産が追いついて行けないのだ。

何故かといえば、農業技術が低いし、肥料が足りない。反当り米収穫量は二三七キロで日本の半分だ。そこで、肥料の生産設備が必要になってくるが、アメリカは、AIDの前身ICA

(ケネディ時代に、対外援助がAID一本にされた)で、忠州に尿素の肥料工場を作り、西独資本が羅州に、同じ尿素工場を造った。ところが、これでも尿素肥料は需要量の五割だ。足りないからヤミ値が出る。

そこで、我々は日本の対韓協力として、尿素工場建設の話を進めた。アメリカは調査団を送りこんできて、『韓国の土壌には混合肥料が必要だ』という。それ以前に尿素による土壌の改良が必要なんだ。窒素や燐酸カリなどの混合肥料ではない。それなのに、AIDで、第三、第四工場として、混合肥料の工場を造る計画を打出す。これは、在韓AIDであるUSOM(米韓経済協力所)の所長キルレン氏が強力に押す。

これに対し、日本は第五工場として、尿素工場の計画を推すという対立になった。しかも、この工場の尿素は、第一、第二工場の約半分の値段で生産されることになる。つまり、アメリカの肥料は、極めて高いということになる。

日本の推すプランが、韓国政府に受入れられておりながら、何だ彼だという問題があって、この日韓交渉はとうとう、六三年十二月に流れてしまい、御破算になってしまった」

西島常務は、その詳しい経緯を語ろうとしないが、その辺の事情を、外交評論家中保与作氏は、ズバリと「ここにいたらしめたものは一体何であったろうか。消息筋がひとしく伝えたのは、キルレン氏が陰で糸を引いており、彼の黒幕は、アメリカの石油資本と肥料業者の一群だ

ったのである」(東洋経済39年11月28日号)と、断言している。

黒幕・政商たち p.042-043 〝黒い霧〟ブームで暗躍が

黒幕・政商たち p.042-043 AIDはもちろんのこと、日韓協力にすら〝黒い霧〟はみなぎっていた。果して、現地商社——現地政府への政治献金という、カゲは考えられないことだろうか。
黒幕・政商たち p.042-043 AIDはもちろんのこと、日韓協力にすら〝黒い霧〟はみなぎっていた。果して、現地商社——現地政府への政治献金という、カゲは考えられないことだろうか。

西島常務は、その詳しい経緯を語ろうとしないが、その辺の事情を、外交評論家中保与作氏は、ズバリと「ここにいたらしめたものは一体何であったろうか。消息筋がひとしく伝えたのは、キルレン氏が陰で糸を引いており、彼の黒幕は、アメリカの石油資本と肥料業者の一群だ

ったのである」(東洋経済39年11月28日号)と、断言している。

私が、この記事を手がかりに調査を進めていってみると、六三年秋の日米経済委が、ケネデイ暗殺事件で流れたのも、日本側の抗議が国務省に伝わらなかった原因の一つでもあり、キルレン氏の〝黒幕〟と目されているのは、ガルフォーエルとか、スイピト投資団などであるらしいと考えられるようになってきた。中保氏はいう。「韓国農民の犠牲に於て、アメリカ資本に奉仕しようとするものにすぎなかった」(前出同誌)

アメリカが混合肥料を推すハラの中には、燐鉱石を売りつけたいという気持もあったに違いない。しかし、日本側の正論の前にアメリカの正義も動いた。関係者の大幅な人事移動がはじまったのである。キルレン氏はベトナムに転じ、在日大使館の経済参事官だったドーティ氏が在韓副大使となって、交渉再開のチャンスがめぐってきた。

六四年五月に交渉が再開されついに四十年の七月に日韓両国政府の正式許可がおりて、この尿素工場は決定した。日韓条約調印後の経済協力第一号であり、民間借款三億ドル以上のうちに含められる、初の大仕事だ。

六六年末に完成、稼動の予定だが、日本にもない、年間三三万トン生産、四、四〇〇万ドルという規模は、契約当事者三井物産、東洋高圧の技術提供という大手商社にして、はじめてなし得られる、経済協力であろう。

というのは、民間借款が、条約の成否とは関係なく可能なところから、これまでは、ともすれば〝黒い霧〟ブームで、利権政治家、政商、それらを結ぶ記者などの暗躍がすさまじく、大手商社としては、オーソドックスな経済協力として、その捲き返しを、事実をもって示さねばならなかったものである。

これらの事実から判断すると、AIDはもちろんのこと、日韓協力にすら〝黒い霧〟はみなぎっていたということで、さらには、果して、現地商社——現地政府への政治献金という、カゲは考えられないことだろうか。

対韓協力8億ドルのリベート

さる四十年十月十一日発表された、通産省貿易振興局の「経済協力の現状と問題点」白書によればアメリカの対外援助は、①AID、②輸出入銀行、③平和のための食糧計画、④平和部隊の四つで、これらの総額の半分以上は、AIDの担当する海外援助法に基づく援助である。もちろん、軍事援助は別である。

韓国銀行経済統計年表によると、米国の対韓援助額は、AIDと余剰農産物合計で、六〇年二億四千五百万ドル(余剰農産物千九百万ドル、以下同じ)、六一年一億九千九百万ドル(四千四百万ドル)、六二年二億三千二百万ドル(六千七百万ドル)、六三年二億一千六百万ドル(九

千六百万ドル)、六四年一億四千九百万ドル(六千一百万ドル)=以上いずれも百万ドル以下切捨て=とある。

黒幕・政商たち p.044-045 右翼、暴力団の大同団結を

黒幕・政商たち p.044-045 韓国政界の〝黒幕〟でもある金鐘泌氏が、日本政界の〝黒幕〟といわれ、右翼の巨頭と称せられる児玉誉士夫氏と会見し、日韓交渉の推進と、そのための右翼の決起とを要望したという。
黒幕・政商たち p.044-045 韓国政界の〝黒幕〟でもある金鐘泌氏が、日本政界の〝黒幕〟といわれ、右翼の巨頭と称せられる児玉誉士夫氏と会見し、日韓交渉の推進と、そのための右翼の決起とを要望したという。

韓国銀行経済統計年表によると、米国の対韓援助額は、AIDと余剰農産物合計で、六〇年二億四千五百万ドル(余剰農産物千九百万ドル、以下同じ)、六一年一億九千九百万ドル(四千四百万ドル)、六二年二億三千二百万ドル(六千七百万ドル)、六三年二億一千六百万ドル(九

千六百万ドル)、六四年一億四千九百万ドル(六千一百万ドル)=以上いずれも百万ドル以下切捨て=とある。

一方、日韓条約が成立すると無償供与三億ドル、政府借款二億ドル、民間借款三億ドル以上という、「経済協力」が、韓国へ支払われる。

この政府供与分は十年間の分割で、「日本国の生産物と日本人の役務」をドル換算で支払われるが、実際の現金は、韓国へ手渡されるのではなくて、日本政府から日本財界へ素通りするわけである。

この辺が、見方をかえれば、「経済協力」から、「経済侵略」といわれる所以であり、アメリカの対外援助と同様である。

東洋棉花という会社は、古くは三井物産の棉花部が独立した会社である。今、数十年の歳月を経て、一方はAIDの不正にくみしたとして、刑事訴追を受け、一方はAIDの黒幕に妨害されるという事態が、同じ韓国を舞台に展開されているのも、〝因果はめぐる小車〟であろうか。

治安当局の情報はいう。

「韓国政界のナンバー・ツーであり、〝黒幕〟でもある金鐘泌(キム・ジョンビル)氏が、まだ失脚前のこと。来日のさいに、日本政界の〝黒幕〟といわれ、右翼の巨頭と称せられる児玉誉士夫氏と会見し、日韓交渉の推進と、そのための右翼の決起とを要望したという。そして、その資金は? という質問に対して、金氏は、八億ドルにのぼる対韓協力のリベートを流す旨、答えたというんだ」

「フーン。それで児玉氏は?」

「そこで、日本中の右翼、暴力団の大同団結をと、児玉氏は檄を飛ばしたのだ。もちろん、金氏とは親しい元東声会の大親分、町井久之こと鄭建永氏も、児玉先生という仲だから、双手をあげて賛成した」

「で、どうなった?」

「ところが、西日本を握る山口組、田岡親分が、この檄に応じない。…で、遂に〝右翼・暴力団〟の大同団結はならなかったのだ」

「それが、例の〝関東会〟なのか?」

「そうだよ。本来は某一流紙の記者の紹介で相識った、金・児玉会談で、日韓両国の民間反共組織として、『東亜同志会』をつくろうとしたのだ。この資金には、児玉氏が韓国ノリのリベートをあてると演説している」

「山口組が参加しなかったので、東亜同志会が流れて、関東会になったというわけだ」

私は、係官と別れて、現場の商社筋を調べだした。某社の幹部はこういう。

黒幕・政商たち p.046-047 〝政商〟の暗躍する余地がある

黒幕・政商たち p.046-047 ハゲタカのように、援助や協力の美名のもとに「国際利権」に喰いついていた政治家、実業人、ギャング、そしてその他の職業の著名な人物たち
黒幕・政商たち p.046-047 ハゲタカのように、援助や協力の美名のもとに「国際利権」に喰いついていた政治家、実業人、ギャング、そしてその他の職業の著名な人物たち

「山口組が参加しなかったので、東亜同志会が流れて、関東会になったというわけだ」

私は、係官と別れて、現場の商社筋を調べだした。某社の幹部はこういう。

「発展途上国(前出『経済協力』白書の言葉)の貿易は、仲々むずかしいンです。当該政府関係へのコミッションなど、二割ほども乗せさせられるのが、常識だったりして……。そこに〝政商〟の暗躍する余地があるンですよ。もしも、その政権が倒れて、反対党が握った場合、『あの商社はこんな高いものを売りつけた』と、ニラまれる恐れがある。コマーシャル・プライスは一億円で、我が社は立派な商売をしていても、相手国には一億二千万円の、ポリティカル・プライスの書類という証拠が残っているンです」

東棉の裁判が進行し、三井物産の建設がはじまれば、やがて事態は明らかにされてゆくであろう。

日米韓三国の〝政商〟をはじめとして、ハゲタカのように、援助や協力の美名のもとに「国際利権」に喰いついていた政治家、実業人、ギャング、そしてその他の職業の著名な人物たちの〝醜状〟が——。

第3章 〝タバコ〟そのボロイ儲け

昭和四十三年。十月八日付毎日新聞朝刊=阪田泰二氏(前日本専売公社総裁)七日午後八時二十分、肝性こん睡のため、東京千代田区駿河台の杏雲堂病院で死去。五十八歳。

昭和六年東大法卒、大蔵省にはいり、同二十四年東京国税局長、同二十八年理財局長、同三十六年日本専売公社総裁となり、四十年七月の参院選挙のさい、小林章議員派の公社ぐるみの違反で、同年十月引責辞任した。

黒幕・政商たち p.048-049 葉たばこのリベートが河野の利権

黒幕・政商たち p.048-049 河野の強引な資金造りについては、警察では相当の情報を握っていたのだが、その御馬前で〝討死〟したのが、自分たちの先輩平井学であったからだ。
黒幕・政商たち p.048-049 河野の強引な資金造りについては、警察では相当の情報を握っていたのだが、その御馬前で〝討死〟したのが、自分たちの先輩平井学であったからだ。

〝中毒患者〟の実力者

フィリピンからの密使

ある警察の高官が、座談の中でこうもらした。「河野一郎の〝遺産〟を佐藤栄作に〝相続〟させてやらねばとその男はいうンです。思わず、エ? とききかえすと、タバコですよ。葉たばこのリベートが河野の利権だったことは、御存知でしょうが……と、いうンです。この男が、〝怪人物〟でしてネ」

彼は、そこで言葉を切って、心持ち肩をすくめてみせた。海外勤務の名残りであろうか。警察で外務事務官に出向して、海外へ出るのは、エリートに限られている。

三十八年の総選挙にからんで、「平井学事件」というのがあった。

警視庁総務部長から、河野一郎に招かれて、建設省へ転じ、官房長にまで進んだ内務官僚のホープだった人。これが同じ内務官僚の先輩で、大阪府警本部長から建設省入りをし、河野派として三重一区から出馬した、山本幸雄自民党代議士のために、建設省出入りの橋梁業者たちから、運動資金六百三十万円を集めたという事件を起した。

当時、「河野は平井まで射落したのか」と、その建設省入りは、内務官僚たちに大ショックを与えたものだったが、この事件となるに及んで、その反応はさまざまであった。というのは、河野の強引な資金造りについては、警察では相当の情報を握っていたのだが、その御馬前で〝討死〟したのが、清廉潔白をもって鳴っていた自分たちの先輩平井学であったからだ。

「真偽のほどは判らないですよ」と、念を押す、その某高官の話は、平井学事件が生々しいだけに、河野一郎の名前が出ると肩がすぼまるのであろうか。こうして、ヴァージニア葉にまつわる、〝黒い疑惑〟を求めての、私の取材が始められたのであった。まだ、夏の日が、霞ヶ関の官庁街に、明るく輝いているころのことだった。

某高官が、私に与えてくれたヒントは葉たばこの輸入に関しては、何等かの形でリベートが動いているらしいこと。そして、その問題で動いている〝怪人物〟は、通称コバケンなる右翼系の人物——この二点でしかなかった。

まず、右翼系のスジで、〝コバケン〟なる人物の該当者を求める一方、通産、農林、大蔵の各省方面で、タバコに関する資料を漁りはじめた。その結果、明らかになってきたことは、タバコの買付、輸入に関しては、極めて〝情状〟が入りこみ易い仕組みであり、金額が莫大なので数字の上で確たる証拠をつかみ難いこと、そしてさらに、小林派選挙違反事件と同じく〝専売一家〟の厚いカベがあることを思い知らされた。だが、米葉の輸入に関しては、確かに、

〝黒いニオイ〟が臭うのである。

黒幕・政商たち p.050-051 マカパカル大統領の〝密使〟

黒幕・政商たち p.050-051 もう一つの手土産は、K・Tのイニシアルが彫りこまれた大きな葉巻箱。そして、最高級のハンドメイド・シガーの一本一本に「カクエイ・タナカ」のネームが入っていた。
黒幕・政商たち p.050-051 もう一つの手土産は、K・Tのイニシアルが彫りこまれた大きな葉巻箱。そして、最高級のハンドメイド・シガーの一本一本に「カクエイ・タナカ」のネームが入っていた。

まず、右翼系のスジで、〝コバケン〟なる人物の該当者を求める一方、通産、農林、大蔵の各省方面で、タバコに関する資料を漁りはじめた。その結果、明らかになってきたことは、タバコの買付、輸入に関しては、極めて〝情状〟が入りこみ易い仕組みであり、金額が莫大なので数字の上で確たる証拠をつかみ難いこと、そしてさらに、小林派選挙違反事件と同じく〝専売一家〟の厚いカベがあることを思い知らされた。だが、米葉の輸入に関しては、確かに、

〝黒いニオイ〟が臭うのである。

その元兇は誰か? 時の政府か? はたまた実力者か? 専売一家のカベは厚く、短かい期間と個人の取材とでは、その向う側まで見透すことは不可能であった。が、この短かいレポートで、今まであまり注目されなかった葉たばこ輸入の問題点だけでも指摘してみよう。

フィリピンは北ルソン島。ここは、アメリカのノース・カロライナと同じようにヴァージニア葉の栽培地である。そして、この地方一帯を選挙地盤としているのが、マカパカル大統領の対立候補のマルコス上院議長である。

フィリピンには、二選大統領が出ないというジンクスがある。そして、マカパカル大統領もまた、このジンクスを破れず、さる四十年十一月九日の改選でマルコス上院議長に敗れてしまった。

選挙戦のスタートした四十年はじめから、運動のイザコザで殺された者二十九名というから、その興奮ぶりも判ろう。そして、終盤戦に入った夏のころ、中年のフィリピン女性が一人、羽田に降り立って銀座の東急ホテルに投宿した。ミス・コーラー、三十六才。宿帳にはそう記入されたが、この目立たない外人客こそ、実はマカパカル大統領の〝密使〟だったのである。

大統領夫人の従妹と称される彼女の使命は、莫大な選挙資金の調達であった。その材料はいうまでもなく、フィリピン政府の倉庫にある、葉たばこ。これはマルコス派の地盤である、タ

バコ耕作者たちを切崩し得る、一石二鳥の妙手であった。つまり、日本がフィリピンのヴァージニア葉を大量に買付ければ、ルソン島のタバコニスト(耕作者)たちも潤うからである。

そして彼女が、大統領から与えられてきた〝手土産〟は、再選政権のもとでの日比通商航海条約の批准であった。この条約は、マグサイサイ大統領時代に調印されながら、日本側は批准を終えたのに対し、比側は批准できず、もう十年近くも、タナざらしになっているのであった。

忘れてはいけない。もう一つの手土産は、K・Tのイニシアルが彫りこまれた大きな葉巻箱。そして、最高級のハンドメイド・シガーの一本一本に「カクエイ・タナカ」のネームが入っていた。この南国的な独身女性の〝大統領の密使〟は、カクエイ・タナカこそが、アメリカ葉の〝中毒患者〟ではない、唯一人の〝実力者〟と信じているようだった。

専売公社編のたばこ年代記によると、一五四九年スペインの宣教師ザビエルの一行が鹿児島に上陸、日本人がはじめて喫煙の風習をみてから、ほぼ半世紀を経て、一六〇五年、日本全国にタバコが流行するにいたった。明治二年、東京の土田安五郎が、たばこ製造を志してから十七年を経て、明治十九年、千葉商会が口付紙巻の牡丹たばこ、岩田商会が天狗たばこを売り出し、その五年後に、京都の村井商会が両切のサンライズを出した。

明治三十一年に、葉たばこ専売法、同三十七年に、たばこ専売法が実施になって、生産から

販売まで専売制になった。大蔵省専売局が、日本専売公社になったのは、昭和二十四年であった。

どうして、こんな年代記にふれたかというと、民営たばこが専売に切りかえられた、〝家庭の事情〟が、一世紀になんなんとする今日まで、尾を引いているからである。

黒幕・政商たち p.052-053 ワン・フロアー・カンパニー

黒幕・政商たち p.052-053 タバコにおける因縁と歴史と実績と情実とにより、かつ、専売公社幹部OBを役員に加えていることで、完全に「利権化」していることが明らかである。
黒幕・政商たち p.052-053 タバコにおける因縁と歴史と実績と情実とにより、かつ、専売公社幹部OBを役員に加えていることで、完全に「利権化」していることが明らかである。

明治三十一年に、葉たばこ専売法、同三十七年に、たばこ専売法が実施になって、生産から

販売まで専売制になった。大蔵省専売局が、日本専売公社になったのは、昭和二十四年であった。

どうして、こんな年代記にふれたかというと、民営たばこが専売に切りかえられた、〝家庭の事情〟が、一世紀になんなんとする今日まで、尾を引いているからである。

公社幹部OBの会

大蔵省統計(通関実績)によると、昭和二十五年に、僅か三十万キロだけが輸入された米葉は翌二十六年の一九九万キロから、次第に量を増し、三十年に五九二万キロ、三十一、二、三年は減って、三十四年に五五〇万キロにもどり、以後は増加の一途をたどり、三十九年度は、一五〇六万キロにも上っている。

この米葉に比し、他の諸国はホンの一握り、多くて一〇〇万キロ前後、ほとんどが十万キロ単位の葉たばこ輸入量である。そして、これらの小量輸入国の、輸入業務はいわば自由竸争であるが(エキストラという)、米葉はレギュラー買付けで、商社は十五社に限られている。

この十五社で、日本米葉協会なるものが組織され、会長に石田吉男前公社副総裁が就任しているが、三井物産、三菱商事、大倉商事、三洋貿易の他は、専業十社といわれる米葉輸入だけを業とする、ワン・フロアー・カンパニーである。

三十九年度のアメリカからのタバコ輸入量は、葉たばこの百億四千万円を含んで、総計百二十一億一千三百六万二千円であるが、これを十五社で分配しており、他の如何なる大商社も小商社も割りこめないという訳である。

この専業十社は、またさらに七葉会という団体があり(このうち一社は、業界筋の話によれば、何かマズイことがあって、専売公社に登録を取消され、米葉協会にも加っていない、という。従って、七葉会の六社と他に四社になる)、これらは、昔の民営時代からの、タバコにおける因縁と歴史と実績と情実とにより、かつ、専売公社幹部OBを役員に加えていることで、完全に「利権化」していることが明らかである。

なお、公社幹部OB会である、清交会名簿の職業欄をみると、石田米葉協会長の三洋貿易と三井物産一名を除き、専業十社の社名が記載されている者は、七社九名にも及んでいる。登記謄本を調べれば、その数はもっと増すであろう。また同名簿によると、六名の国会議員がおり、例の小林章議員の職業欄は、皮肉にも空欄になっているので、これを加えると七名になる。

何故、この十五社しか、米葉の輸入を扱えないのであろうか。公社外国部の外国課友成課長補佐は、「公社は製造たばこの品質、味を一定にするため、アメリカのディーラーを指名しており、この十五社は、アメリカのディーラーの代理店であるからだ」と、説明する。

米葉協会加盟十五社以外は米葉輸入ができないということは、十分に独禁法違反の疑いがあ

るのだが、それを米ディーラーの代理店という形でカバーしており、専業十社のうちでも、それを肯定している社もある。

黒幕・政商たち p.054-055 友成課長補佐は「失念した」と

黒幕・政商たち p.054-055 各社の商売のウマ味とその儲け、さらには、予想されるリべートの額などは、全くの手がかりすらつかめないのであった。〝専売一家のカべ〟である。
黒幕・政商たち p.054-055 各社の商売のウマ味とその儲け、さらには、予想されるリべートの額などは、全くの手がかりすらつかめないのであった。〝専売一家のカべ〟である。

米葉協会加盟十五社以外は米葉輸入ができないということは、十分に独禁法違反の疑いがあ

るのだが、それを米ディーラーの代理店という形でカバーしており、専業十社のうちでも、それを肯定している社もある。

さらにまた、友成課長代理は「専業十社というのは良く知らないが、明治時代の岩谷の〝天狗たばこ〟以来の実績商社だときいており、そのたばこ民営時代からの貢献度で、公社が認めたといわれているが、伝聞だから責任はもてない」とも洩らしている。

私が調査してみると「専業十社」の中に、さらに「七葉会」なる組織があり、いずれも米葉輸入のみに依存している商社であった。公社は米国ノース・カロライナ州ラーレイに買付事務所を設けているが、公社の買付値、米葉協会商社(シッパー)の輸入値、公社の買上値と、米葉輸入をめぐる疑問(注、政治資金とのつながり)を解くべき数字は、関係者のいずれもが明らかにしようとしない。

公社(JMC)は、シッパーであるアメリカのディーラーと契約を結ぶ。その間に、インポーターであるエージェントの日本商社が、JMCから受けるマージンは、友成課長補佐は「失念した」というが、〇・五%にすぎない。しかし、インポーターがシッパーから受け取るマージンは、二~三%といわれるが、専業十社筋では、「数字は公社のインフォメーションを通して受取ってほしい。私たちが明らかにすると、公社のお叱りを受ける。友成氏が忘れたというのなら、私も忘れた」と、一切を明らかにはしないのである。

前述の数字は、米葉協会加盟外の商社筋の観測だが、同筋では米葉以外では、「葉たばこの輸入は、それほどウマイ商売ではないが、製造たばこの規格が、国会の議決で決るのだから、一度使用された葉は、一定量は毎年安定した数字の商売として輸入できる点が取り得だ」という。では、何故、米葉はウマイ商売なのだろうか。第一には、まず量が極めて多いということである。第二には、業者が指名登録によって、レギュラー買付だけなので、固定した利権と化しているからである。従って、社員も少数、事務所も小さく、但し、公社の〝外郭団体〟として、役員は多いが、これは止むを得ないことだ。ワン・フロアー・カンパニーと称される所以でもある。

〝専売一家〟の厚い壁

では、十五社の何処が、幾らで、何をどの位輸入しているか? という点になると、通産省の極秘公文書である「輸入インボイス」の数字を取らなければならない。業者が「数字は公社で……」と、伏せて、公社がトボけてしまう現状では大蔵省統計の通関実績表の合計数字しかなく、各社の商売のウマ味とその儲け、さらには、予想されるリべートの額などは、全くの手がかりすらつかめないのであった。〝専売一家のカべ〟である。

どうして、リベートが予想されるかというと、〝大統領の密使〟ミス・コーラーに続いて、

マカパカル派の上院議員、ミスター・デュモンが飛んできて、ホテル・ニューオータニに陣取り、具体的に数字をあげて、フィリピン・ヴァージニア葉の売り込み工作を積極的に展開したからであった。

黒幕・政商たち p.056-057 関係者たちのフトコロに入る

黒幕・政商たち p.056-057 もっと平たくいえば、この、円の二〇〇円は、日本側の工作資金、政治資金にして、どうぞ御自由にお使い下さい、という内容を示してきたのである。
黒幕・政商たち p.056-057 もっと平たくいえば、この、円の二〇〇円は、日本側の工作資金、政治資金にして、どうぞ御自由にお使い下さい、という内容を示してきたのである。

どうして、リベートが予想されるかというと、〝大統領の密使〟ミス・コーラーに続いて、

マカパカル派の上院議員、ミスター・デュモンが飛んできて、ホテル・ニュー・オータニに陣取り、具体的に数字をあげて、フィリピン・ヴァージニア葉の売り込み工作を積極的に展開したからであった。

それによると、米葉は一口にいって、キロ当り八〇〇円(昨年度通関実績の千五百六万キロでみると、七百三十二円強である)だが、フィリピンはキロ四〇〇円という半値だ。しかも、そのまた半分の二〇〇円をドルで支払ってもらいたい。残り二〇〇円は円で、日本物資の買付けにあてるということ。もっと平たくいえば、この、円の二〇〇円は、日本側の工作資金、政治資金にして、どうぞ御自由にお使い下さい、という内容を示してきたのである。

この数字を実際の数字にあてはめてみると、フィリピンからは三十八、九両年度は葉たばこの輸入がないので、三十七年度二万一千キロで六百十七万九千円、キロ当り二百九十四円、四十年度(八月まで)五万四千百六十キロで一千七百三十九万三千円、キロ当り三百二十二円。四十年度の米葉七百五十二円に比べ、四割三分に当るから、半値のキロ四百円というのは、まずはマットウな数字ではある。しかし、そのまた半分は、日本側にリベートするというのだから、葉たばこ商売の実態が、この辺で大よそつかめようというものである。

事実、ノース・カロライナのあるタバコニストは、マニラにも傍系会社をもっている。もともとフィリピンのヴァージニアはその名の示す通り、ヴァージニアの葉たばこを移植したもの

である。アメリカのタバコニストが、フィリピンで同じ商売をしていることに、何の不思議もないし、商習慣も同じとみるべきであろう。つまり、米葉のキロ当り八〇〇円という数字は、どの程度の、必要経費を含んだ数字であるかということである。

もし、この〝大統領〟の示す条件で、米葉の全量を比島に切替えたとしたら(製造たばこの味など無視した上で)、三十九年度の千五百六万キロだから、ドルを四分の一に節約できた上に、三十億一千二百万円のリべートが関係者たちのフトコロに入る勘定になる。その上、通商条約の批准も行なわれるという次第だ。

これは決して荒唐無稽な笑い話ではない。葉たばこは、農作物であるから、アメリカ政府は農民保護のため、余剰農産物として、葉たばこをも価格調整のために買い上げたのちに、安く放出するのである。業界筋の情報によると、この安い政府放出の葉たばこを抱えた、オースチンというディーラーが、三十八年に日本でしきりに暗躍していたと伝えている。そして、三十九年の通関実績は、前年を三十万キロもオーバーしているのである。これらのナゾを解いてくれるものは、通産省にある輸入インボイスの商社別の数字だけである。

黒幕・政商たち p.058-059 戦前、井上日召の付け人

黒幕・政商たち p.058-059 「田中角栄幹事長は、キミイ、比島葉は難しいぜ、キミイ、といっただけだった。ワシのこれからの仕事は、米葉利権と政治家の結びつきの究明だ」
黒幕・政商たち p.058-059 「田中角栄幹事長は、キミイ、比島葉は難しいぜ、キミイ、といっただけだった。ワシのこれからの仕事は、米葉利権と政治家の結びつきの究明だ」

〝怪人物〟コバケン

利権と政治家の結びつき

さて、私は一方で、〝コバケン〟なる人物をたずね歩いていた。右翼で小林健といえば、全愛会議の青年組織である、青年思想研究会議長の小林健氏を指すものと思われたが、ジンタイ(人体、人相、風態の意)が違う。この小林氏を追尾してみた時、「甲府のコバケン」といわれる人物がいることを聞き、私は直ちに市外番号調べのダイヤルを回してみた。

交換嬢の告げる電話番号と住所を書き取った私は、直ちに甲府市の地図をひろげる。意外! この小林健氏は、甲府市外、しかも笛吹川を渡って、なお数キロもある境川村に居住しておりながら、甲府の市内番号の電話を引いているのであった。これだけの事実で、私のカンはピシャリと決った。新宿駅にかけつけて、第二アルプス号に乗ったのである。ついに〝怪人物〟の割り出しに成功した。

甲府市外境川村、駅から小型のタクシーで八百円余りの草深い田舎に、「洗心荘」という、数寄屋造りの別荘を構え、小林健氏は、京風の庭の手入れをしていた。私の調査によれば、戦

前、憲兵隊から井上日召氏のもとに、付け人として派遣され監視に当っていたといわれる、治安当局の分類によれば、右翼に位置づけられている人物。

氏は、米葉と結びついている利権政治家の名前をあげ、その腐敗をつき、〝義によって〟マカパカル大統領の応援に乗り出した経緯から説き起した。

「まず第一に、外貨が節約できるではないか。第二に、条約の批准が期待できるではないか。これはすべて国益だ。比島葉の栽培、採り入れ、味付け、すべて公社が指導すればよいことだ。そのための研究所も持っているではないか。このワシの正論の前に、公社はグウの音も出ないのだが、既得権益を守る勢力の方がまだ強い。これを打破せねばならないのだ」

確かに、氏の主張は正論であった。だが、氏の応援が期を失っていたのか、或いは力及ばなかったのか、デュモン上院議員、〝密使〟ミス・コーラーは、何の収獲もなく、九月に入るとともに、ホテルを引払って帰国した。

「田中角栄幹事長は、キミイ、比島葉は難しいぜ、キミイ、といっただけだった。ワシのこれからの仕事は、米葉利権と政治家の結びつきの究明だ」

〝怪人物〟コバケンは、こういって新聞に眼を落した。マカパカル敗る! のニュースであった。そして、その頃、通産省は、四十年下期のタバコ輸入割当を決定した。葉たばこ二千八百トン、紙巻二万二千八百本、葉巻百五十万本、パイプ三十一トン。葉たばこ対象国としては

依然として、アメリカ、ローデシア、インド、タイ、そして新たに、韓国が候補に上ってきた。フィリピンはやはり葉巻用だけで、黄色種(ヴァージニア葉)はカクエイ・タナカのいう通り、〝むづかしい〟らしい。

黒幕・政商たち p.060-061 貢献度による特権商社の会

黒幕・政商たち p.060-061 公社に百%依存して、そのOBを重役に引取っている専業者たちが「数字は公社から」と拒み、公社は「予算的にもルーズ」であれば、もちろん米葉の実態を明らかにはしないであろう。
黒幕・政商たち p.060-061 公社に百%依存して、そのOBを重役に引取っている専業者たちが「数字は公社から」と拒み、公社は「予算的にもルーズ」であれば、もちろん米葉の実態を明らかにはしないであろう。

〝怪人物〟コバケンは、こういって新聞に眼を落した。マカパカル敗る! のニュースであった。そして、その頃、通産省は、四十年下期のタバコ輸入割当を決定した。葉たばこ二千八百トン、紙巻二万二千八百本、葉巻百五十万本、パイプ三十一トン。葉たばこ対象国としては

依然として、アメリカ、ローデシア、インド、タイ、そして新たに、韓国が候補に上ってきた。フィリピンはやはり葉巻用だけで、黄色種(ヴァージニア葉)はカクエイ・タナカのいう通り、〝むづかしい〟らしい。

週刊新潮四十年九月四日号「阪田総裁、人望の裏側」という記事は、「専売公社は他の機関と違って、予算的にもルーズな面があるようなんですよ。従来、きびしい経理監督の面がなかったんじゃないですか。公労協傘下の組合には、ヤミ賃金というのがありましてね。これはそれぞれの組合が、理事者側とウラ協定を結んでいるわけです。これが多いのが、専売と電通といわれますがねえ。……大蔵省がうるさくなると、ヤミ賃金なんかの面でしばられる結果を、全専売はおそれているんですよ」と、公社がヤミ賃金を出している事実を社会党系人物の談話として述べている。

一体、このヤミ賃金の財源は何であろうか。

友成外国課長補佐は、米葉の買付け状況を、数字を抜きにして、親切にシロウトにも判り易く説明する。

「ヴァージニア葉は、ピース、富士、ハイライトなどに、香喫味として加えるのであって、主原料は国産葉です。だからピース、ハイライトの伸び率に伴って、米葉の輸入もふえるのが当然で、米葉の輸入増大に特別の意味はありませんよ」

東南ア外交の裏で——

たとえ、ピース、ハイライトの伸び率のグラフと、米葉のそれとを比較してもナゾ解きのヒントは得られない。たばこの輸入は、ドルと数量のワクをはめられるが、現実にこの二つのワク内での買付けをドンピシャにはできないのである。葉には茎の上部から、天、中、本、土と四種類あり、乾燥にも蒸気と日干とあり、土壌や天気で品質、味ともに変り、しかも発酵のため二年間は貯蔵する。

これを組み合せ、混ぜ合せて、銘柄の味、香気を作り出すのだから、公表されている数字をすべて集めてみても、〝大統領の密使〟たちが出した条件のように簡単明瞭な金の動きはつかめない。

そして、公社に百%依存して、そのOBを重役に引取っている専業者たちが「数字は公社から」と、拒むのであれば、前記週刊新潮が指摘しているように「予算的にもルーズ」であれば、もちろん米葉の実態を明らかにはしないであろう。

秋山、協同、米星、国際、吉川、三倉、東亜の七社が「七葉会」といわれるが、このうち東亜産業は消息通によれば公社のきびにふれて、除名され、現在は米葉を取扱っていない。また、民営たばこ以来の貢献度による特権商社の会といわれるにしては、三倉物産の創立は昭和三十 一年であり、元公社副総裁、現米葉協会長石田吉男氏(三洋貿易東京支店勤務)が米国勤務中の女性秘書ミス・マートの実兄が、三倉物産社長だと業界では噂されている。

黒幕・政商たち p.062-063 米葉輸入のウマ味

黒幕・政商たち p.062-063 どうして、専売公社は、業者の口を封じ、米葉輸入に関する内容数字を公表しないのか。七葉会の「東亜」が米葉輸入からオロされたのは、何故か。
黒幕・政商たち p.062-063 どうして、専売公社は、業者の口を封じ、米葉輸入に関する内容数字を公表しないのか。七葉会の「東亜」が米葉輸入からオロされたのは、何故か。

秋山、協同、米星、国際、吉川、三倉、東亜の七社が「七葉会」といわれるが、このうち東亜産業は消息通によれば公社のきびにふれて、除名され、現在は米葉を取扱っていない。また、民営たばこ以来の貢献度による特権商社の会といわれるにしては、三倉物産の創立は昭和三十

一年であり、元公社副総裁、現米葉協会長石田吉男氏(三洋貿易東京支店勤務)が米国勤務中の女性秘書ミス・マートの実兄が、三倉物産社長だと業界では噂されている。同社の登記とう本によると、ミスター・オット・F・マートが取締役におり、他はM姓の男女と三人しかない会社であった。この七葉会六社に、東洋、宇田、日辰、協栄の四社が加わったのが、〝専業十社〟であり、長く独占体制であったらしいが、米葉輸入のウマ味が知れてきてから、三井物産、三菱商事、三洋貿易、岩井産業、大倉商事の大手五社が加入した。

阪田前総裁が、結婚式の仲人を池田総理に頼みに行ったところ、「ワシは功成り名遂げた人間だ。キミのこれからの為には、田中蔵相に頼みなさい」といわれたという。一方、田中蔵相は組閣にさいし、後任に池田派の大平外相を推したという。自分のリモコンが利くからだという説である。だが、福田蔵相が実現した。

昭和四十年を回顧してみると、春の吹原事件は、池田派の大蔵官僚出身議員たちをふるえ上らせた。つづいて夏の国有地払下げ問題が、同じように大蔵OBへの圧力。そして、秋には、ついに大蔵官僚の牙城「専売公社総裁」が、財界人に明け渡された。しかも、この全期間を通じてのキャンペインが、〝専売一家〟をゆさぶる小林章派選挙違反事件である。

この一連の動きこそ、私は、偶然の一致とは見ずに、〝佐藤長期不安定政権〟が、着々と打ってきた、政財官界への布石であり、与論形成のためのキャンペインであるとみる。事実、エ

リートの中のエリートをもって任ずる大蔵官僚は、今まで、あまりにも傍若無人であり、あまりにも権力を持ちすぎていた。それは〝利権〟を握っていたからである。

米葉輸入量のグラフに、年度ごとに時の実力者、担当大臣名を記入し、選挙、政変などの主な政治事件を並記すれば、このグラフは、さらに雄弁に米葉輸入のウラ側をも示してくれるであろう。だが、どうして、専売公社は、業者の口を封じ、かつ、米葉輸入に関する内容数字を公表しないのであろうか。七葉会の専業社中「東亜」が指定を取消されて、米葉輸入からオロされたのは、何故だろうか。コバケンこと小林健氏は一通の手紙、アメリカのタバコニストの一人(特に名を秘す)からの私信を示した。

「(前略)下級品(三級)は高値の上に質も良くありません。しかし、当地の業者は、日本専売公社のために、上、中、下級そのものではなく、それらに似通ったものを、買付けるでしょう。割当を充足するためにのみ。

この点に、私はフィリピン煙草をもって、補充する余地を見出せるわけです。何故なら、彼らの煙草はあまりに高値にすぎ、品質が悪すぎるからです。ここに新聞の切抜きを同封しますが、日本側では当地の煙草生産の余剰品を買付けると書かれています。(後略)」

ノース・カロライナ発の英文の手紙が、「米葉でなきやダメ」と主張する公社外国部の主張をくつがえしている。

黒幕・政商たち p.064-065 コバケン一人がアガいても

黒幕・政商たち p.064-065 井上日召の身辺の世話をみてあげたが、私は右翼ではない、という氏が、〝黒い葉たばこ〟のウラ側の、利権政治家の名前をあげるのは何時の日か。
黒幕・政商たち p.064-065 井上日召の身辺の世話をみてあげたが、私は右翼ではない、という氏が、〝黒い葉たばこ〟のウラ側の、利権政治家の名前をあげるのは何時の日か。

「公社はコバケン一人がアガいても、米葉は政治資金につながってるからダメなのサ、といわんばかりに冷笑して。私の正論に耳をかそうとしない。だが、河野、池田らに汚された保守政治を、洗い清めてくれる保守党最後の旗手——それが佐藤なんだと、私は信じている」

戦後、井上日召の身辺の世話をみてあげたが、「だからといって、私は右翼ではない。甚だメイワク……」という氏が、〝黒い葉たばこ〟のウラ側の、利権政治家の名前をあげるのは何時の日か。

日韓をあげた佐藤政権の、次の課題は日ソといわれていた。だが、マニラにアジア開銀本店を誘致された政府は、東南ア外交を再検討せざるを得なくなった。日韓の次は、日比の声が強くなるのも当然であろう。

今まで、河野一郎、田中角栄といった実力者たちに、全世界をマタにかけた、気宇壮大な物語りに登場していただいたのであるが、ここで忘れてならないのは、インドネシヤはジャカルタのデビ夫人と、夫人が〝パパ〟と呼ぶ川島正次郎副総裁である。

川島副総裁のテコ入れで、スカルノ大統領の第三夫人デビさんという、元日本女性がアジアのファースト・レディという扱いを受けるように変った。

この〝美談製造〟の物語りは、項を改めて詳述しなければならないが、ソウルにジャカルタに、はたまた、マニラにと、黒幕やら政商やらは、まさに東奔西走の多忙ぶりである。

第4章 マイホームの夢を食う虫

昭和四十三年。十月十二日付毎日新聞朝刊=自民党の佐藤派議員は、十一日午後、東京のホテル・ニューオータニで会合し、十一月の総裁選に臨む同派の態度を協議した。十一日の会合で、田中角栄氏は「佐藤首相三選のためには」として、首相三選の体制固めの必要を強調した。

黒幕・政商たち p.066-067 佐藤の三選への執念

黒幕・政商たち p.066-067 自民党会館二階の喫茶室。記者らしい二人連れの対話に、私は耳を澄ませていた。確かに、佐藤首相の周辺には、〝黒い噂〟も情報もないのは事実だろう。
黒幕・政商たち p.066-067 自民党会館二階の喫茶室。記者らしい二人連れの対話に、私は耳を澄ませていた。確かに、佐藤首相の周辺には、〝黒い噂〟も情報もないのは事実だろう。

住宅公団の抜け穴

〝佐藤さん〟はキレイ好き

「田中角栄というのは、幹事長をはずされ、全くの無役にされても、〝広川弘禅〟にはついにならなかったネ。不思議な奴さ。…国会中には、院内の福田幹事長室あたりで駄弁っていたりして、悠容迫らずといった感じなんだ」

「ウン。彼が幹事長からおろされた時、ある大会社の重役がネ、あわてて飛んできてオレにきくんだ。検察の手がのびるでしょうかッて。彼の周辺には〝黒いムード〟がただよっていた」

「福田で想い出したが彼が怪文書を流されたことがあるネ。自動車会社から億だかをマキあげたといって。福田はカンカンに怒って、この正体不明の怪文書を警視庁に告訴した」

「そうそう。警視庁はすぐさま犯人を割り出して、広川一馬という雑誌ゴロをあげた……」

「その時、福田は、犯人があげられたのを見届けてから、名誉棄損の告訴を取下げただろう?」

「あれはたしか、去年の秋ごろかナ?」

「福田の告訴取り下げは、捜査当局の、腹を立てさせたが、世論も割り切れない後味の悪さに、批判の声をあげた……」

「ウン。一橋大の刑法の植松正など、告訴は犯人に刑事罰を求める意志表示だから、取下げなど怪しからん、といっていた」

「そのウラは、広川某の黒幕に、田中角栄側近のHが出てきたからサ。福田もあの時点で田中との正面衝突を避けたのだろう」

「しかし、あの当時、佐藤栄作は、よく田中幹事長を切ったね。オレはエライと思ったよ」

「そうだナ、佐藤の三選への執念。いうなれば七〇年安保を自分の手でやりとげるのだ、という堅い決意を物語るものだろう」

「大津正首席秘書官をおろしたのも、同じ伝だナ…。確かに、不思議なほど、佐藤の周辺には、〝黒い噂〟がないよなあ!」

永田町の自民党会館二階の喫茶室。あたりに人影の少ないのに気を許したか、記者らしい二人連れの対話に、私は耳を澄ませていた。

確かに、この話の通り、佐藤首相の周辺には、不思議と思えるほど、〝黒い噂〟も情報もないのは事実だろう。そして、池田首相夫人とは違って、佐藤寛子夫人にさえ、〝出過ぎた〟話

も出てこない——私は、これこそ、首相の執念とみる。

黒幕・政商たち p.068-069 住宅公団の宅地買収のデタラメさ

黒幕・政商たち p.068-069 千葉県を舞台にして、公団が宅地を買付けた。「坪六千円の土地が、ある業者の手を経て、公団に買収されたが、その価格が坪一万一千円。ほぼ倍の値段です」
黒幕・政商たち p.068-069 千葉県を舞台にして、公団が宅地を買付けた。「坪六千円の土地が、ある業者の手を経て、公団に買収されたが、その価格が坪一万一千円。ほぼ倍の値段です」

確かに、この話の通り、佐藤首相の周辺には、不思議と思えるほど、〝黒い噂〟も情報もないのは事実だろう。そして、池田首相夫人とは違って、佐藤寛子夫人にさえ、〝出過ぎた〟話

も出てこない——私は、これこそ、首相の執念とみる。

賞めすぎるようだが、六〇年安保をなしとげた、兄岸首相のあとをうけて、七〇年安保に政治生命をかけた、佐藤栄作の〝自覚〟が冷酷にさえ見えるその人事にうかがえる。河野一郎を閣外に追落し、返す刃で片腕ともたのむ田中角栄を党からはずす。兄弟の長年の〝忠僕〟大津秘書官さえ暇を出すという、この徹底した潔癖さは、側近の非違のために挂冠するハメにおちいることを、極度に警戒しているものであろう。

世田谷の私邸でも、一国の総理としては貧弱な家である、これほど〝身を持すること厳〟な首相ではあるが……。

幽霊会社に消える土地代金

「私も不動産業者ですから、ある時には、結構、稼がせてもらいますよ。でも住宅公団の宅地買収のデタラメさには、義憤を感ぜざるを得ませんよ」

彼はこういって言葉を切った。私は黙って、彼の口許に眼をやる。

——落ちる瞬間とはこれだな!

刑事のいう〝落ちる〟とは、犯人が自供をはじめることだ。私の記者生活の体験からいうと、多くの場合、事件の真相を知る人物は、実は事件の主役たちと利害の上で、相当程度に密着し

ているものである。それ故に彼が提供したその記事のもたらす影響と、彼の利害との関係位置に気を配らねばならない。それが一瞬、口をつぐませるのだった。

彼——その男は、まだ三十台の若さながら、都心に事務所を持つ有力な業者の一人だった。ある意味での、成功者のうちに数えられる彼にとっては、シャニムニ、金にさえなれば良い、といった、アクドイ商売には、批判の眼を向けざるを得ない〝ゆとり〟が生れていたのだ。

彼の話には、まだウラがとれてない。つまり、私自身の調査による、裏付け取材がしてないのだが、やはり関係者の談話なので、ここで一通りの紹介をしておこう。千葉県を舞台にして、公団が宅地を買付けたのだという。

「坪六千円の土地が、ある業者の手を経て、公団に買収されましたが、その価格がなんと、坪一万一千円。ほぼ倍の値段です。大衆にとって、宅地が高嶺の花にならないよう、宅地債券などが新らしくできましたが、この実例でみると、宅地債券など買う奴は、安い土地をわざわざ高く買う結果になっているのです」

これは、他の実例を見ても、間違いのない事実である。もう少し、彼の話を聞かねばならない。

「公団と地主の間には、ある会社がクッションになって入っています。ホテルニュー・ジャパンの中にあるその会社の社長というのは、ある金融機関の支店長だった男です。そして、彼

が、その土地を、半年でも一年でも持っていて、公団に売ったというのなら、まだよろしいでしょう。しかし彼が所有していたのは、僅かに一日間だけです。土地の広さですか? 坪六千円の土地で、総額十数億円にのぼる面積です。そして、彼はその土地のある農協から十億もの融資を受けているのです」

黒幕・政商たち p.070-071 蒸発してしまう会社が必要

黒幕・政商たち p.070-071 そして、九億ほどの金が、地主以外の連中——公団に売り付けた幽霊会社や、公団をめぐる政治家をはじめとする〝黒幕〟たちのフトコロを肥やしているのである。
黒幕・政商たち p.070-071 そして、九億ほどの金が、地主以外の連中——公団に売り付けた幽霊会社や、公団をめぐる政治家をはじめとする〝黒幕〟たちのフトコロを肥やしているのである。

「公団と地主の間には、ある会社がクッションになって入っています。ホテルニュー・ジャパンの中にあるその会社の社長というのは、ある金融機関の支店長だった男です。そして、彼

が、その土地を、半年でも一年でも持っていて、公団に売ったというのなら、まだよろしいでしょう。しかし彼が所有していたのは、僅かに一日間だけです。土地の広さですか? 坪六千円の土地で、総額十数億円にのぼる面積です。そして、彼はその土地のある農協から十億もの融資を受けているのです」

公団から地主たちに支払われた金は、彼の会社を通して、農協に預金され、そして彼は、その金を農協から融資してもらっている。

「だが、ニュー・ジャパン内のその会社は、融資をうけるやいなや、煙の如く消えてしまったのです。ホテルの交換台は、その部屋の主が、〝出発〟してしまったと告げるのです。……一体、十億という金を借り得る会社が、そんなに簡単に消減してしまうものでしょうか」

固有名詞が、公団とホテル名以外は、すべて伏せられているので、読者はこの話を、にわかには信じ難いと思うかも知れない。

しかし、公団の宅地買収に関する限りは、このようなミステリーは、日常茶飯事である。坪六千円ならば、三十万坪で十八億円。しかし、倍の値段で買上げているので、十八億では約十五万坪しか買えない。そして、九億ほどの金が、地主以外の連中——公団に売り付けた幽霊会社や、公団をめぐる政治家をはじめとする〝黒幕〟たちのフトコロを肥やしているのである。

また、農協に対しては導入預金だ。地主に渡った約九億円の金の大部分が、農協に入り、そ

の金はまた、幽霊会社へ還元されている。一体、誰がこのようなミステリーの脚本を書き、誰が演出しているのだろうか。そして、また、その金の行方は?

「私が研究した限りの税法では、このような取引は、考えられないのです。そのため、すべての〝悪〟をひっかぶって蒸発してしまう会社が必要なんです」

彼の話は、まだえんえんと続くのであるが、信じきれない読者のために、まず一つの「事実」を示さねばならない。

光明池事件のウラのウラ

ここに一通の公文書がある。昭和三十八年七月二十日付で、日本住宅公団の三人の監事の連名による、日本住宅公団総裁挾間茂にあてた、監査報告書だ。その全文を紹介しよう。

大阪支所の監事監査結果について

先般、大阪支所の監査を行いましたその結果は、別紙監査書の通りでありますので、御通知いたします。以上。

日本住宅公団監事 武井良介
         川合寿人
〔宅地部関係〕  大庭金平

黒幕・政商たち p.072-073 某監事の〝義憤〟が火を噴いた

黒幕・政商たち p.072-073 光明池地区に関して、「一年経過してこれが適地となることは、まず、常識では考えられない」「今後はかかる公団独自で解決できぬ」土地は選ぶなと、鋭く問題点を指摘している。
黒幕・政商たち p.072-073 光明池地区に関して、「一年経過してこれが適地となることは、まず、常識では考えられない」「今後はかかる公団独自で解決できぬ」土地は選ぶなと、鋭く問題点を指摘している。

1 光明池地区について

当地区の選定については、種々問題があろうが、すでに地区決定をし、用地買収費を支払済である。現在、公団としては、事業を遂行する義務が課せられたのである。水道、連絡道路、排水関係、特に光明池に対する防災工事等問題は山積している。原価試算をみると、本地区の事業費が他地区と比して、高くもなっているが、これの予算裏付け、最後に出来上り成果が需要にマッチするかというような諸点は、もちろん、成算あっての上地区決定とも思料されるが、大阪支所だけでは処理できない幾多の問題点が、内蔵されているので、本地区に関しては、支所共、関係諸機関と連絡調整の上、禍を残さぬよう事業遂行のタイミングに、充分留意されることを希む。

おって本地区は前年度において不適地としたものである。一年経過してこれが適地となることは、まず常識では考えられぬことでもあり、それだけ問題点がある。今後は、かかる公団独自では解決できぬような問題点を有する土地は、他に候補地がなければ別であるが、選ばぬような指針を立てられたい。

本地区選定の推移と、三十八年度分特分審査の問題は、二律背反の典型であり公団の性格を如実に表したものである。

2 八幡地区の地区決定等について

当地区については、三十七年十二月十四日付造成面積五十六万坪、取得予定価格、坪当り三千八百円として地区決定しているが、同地区については当初候補予定地としてあがってから、すでに数年を経過し、その間、約四倍(当初坪千円位、取得予定四千円)の土地値上りをしている。排水路の問題で今迄決定がのびていたとはいえ、当地区をやるという決断が早ければ、もっと土地が安く取得でき、その分を排水工事費に、余計予算をかけても、現在実行に踏みきるよりは、経済的ではなかろうか。光明池の地区決定、買収完了は、特殊事情により、速かったかも知れぬが、用地の取得に限らず仕事はすべて、もっと迅速にかつ慎重に処理するようされたい。(後略)

——この監査報告は、大阪支所の仕事ぶり全般にわたって、細かに、眼を配らせているが、宅地関係を抜粋すると、以上の通りである。

光明池地区に関して、「一年経過してこれが適地となることは、まず、常識では考えられない」「今後はかかる公団独自で解決できぬ」土地は選ぶなと、その背景となっている〝政治的特殊事情〟を十分に承知した上で、鋭く問題点を指摘している。

八幡地区についても、時間を浪費したための地価の四倍値上りを取りあげ、警告しているが「光明池の地区決定、買収完了は、特殊事情により速かったかもしれぬが」という数文字は、事情を知るものにとっては、某監事の〝義憤〟が火を噴いた、痛烈な皮肉と読みとれよう。

黒幕・政商たち p.074-075 何十億の金が右から左へと動く

黒幕・政商たち p.074-075 日本住宅公団大阪支所のやった、光明池問題なるもの、この〝元兇〟ともいうべき立場の人物は、今は故人となった河野一郎だというのが、関係者の通説である。
黒幕・政商たち p.074-075 日本住宅公団大阪支所のやった、光明池問題なるもの、この〝元兇〟ともいうべき立場の人物は、今は故人となった河野一郎だというのが、関係者の通説である。

左翼の国会議員も登場

ここで、読者の理解を助けるため、日本住宅公団大阪支所のやった、光明池問題なるものを解説しなければならない。この〝元兇〟ともいうべき立場の人物は、今は故人となった河野一郎だというのが、関係者の通説である。そして、筆者がこの事件を、改めて取上げる所以も、河野一郎なる公人の、政治家としての功罪を、評価すべき資料たらしめたいと、願うからでもある。

光明池問題が表面化したのは、三十九年四月二十一日の衆院決算委で、勝沢芳雄委員(社、静岡一区)が、「公団の宅地買収に不明朗な点がある」と、質したのにはじまる。その質問によると、「公団が三十八年五月十七日に、同地区を坪当り四千百円で買ったが、この土地は三十六年ごろには、坪当り千円にすぎなかった。また、公団は三十七年に団地化計画を立てて、大阪支所に調査命令を出したが、三十八年四月上旬、同支所は条件が悪いとして、計画反対の報告を出した。しかし、四月末になって、再調査命令が出され、同支所は、五月七日に土地等評価審議会を開いて、土地買収の申請をすることを決め、その後十日間のうちに、契約が成立して、買収費の十四億七千万円のうち、九〇%が一会社に支払われた」という。

そしてさらに、前述の「監査報告書」が訂正されて、不明朗な点に注意喚起した部分が、削

除されている、とまで指摘して、〝黒い霧〟ムードを糾騨した。

これに対し、挾間総裁は「四千百円は適正だ」と、型通りの〝国会答弁〟をして逃げ、大庭監事は「大阪支所の報告の内容に、事実誤認があったので訂正」とのべた。

だが、監査報告書は訂正版には、報告の・印部分「おって……公団の性格を如実に表わしたものである」の十三行が削除されているし、大庭監事の署名印は双方にあるのである。

勝沢委員の質問は、こうして、いうならばカルクイナされてしまったのであるが、問題は深く静かに潜行していたのであった。そして、被害者に選ばれたのが日本三棉の雄といわれた、東洋棉花不動産部。主役は、東棉嘱託の肩書をもつ、東洋殖産社長岡林和生(三九)と、興亜建設社長大橋富重(四二)の両名。最後には顔見世ながら、右翼の巨頭(?)といわれる児玉誉士夫氏から、日共を追われた「日本のこえ」志賀義雄氏まで登場するといった、豪華キャストである。何十億の金が、右から左へと動くのも、無理からぬことでもあろう。そして、事件は、勝沢委員の質問から、丸一年を経た四十年春すぎから、東京、大阪で軌を一にして起ってきた。

まず、大阪篇から述べよう。

大阪府警捜査四課に、四十年八月十三日、大阪で二人の雑誌発行人が捕まったのである。「パーチャス・ガイド・オブジャパン」という、英文の貿易案内誌といっても、ベヤリングを

主とした機械の業界誌であるが、この二人の同社重役は、光明池地区の宅地買収にからんで、東洋殖産岡林社長から一千万円、東棉不動産部豊田保部長から二千七百万円、合計三千七百万円をおどし取った、という容疑であった。