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迎えにきたジープ p.200-201 鹿地は日本人ではなくスパイ人

迎えにきたジープ p.200-201 Kaji has always been among the spies, so he considers himself not a spy. However, a person like him should not be treated as a Japanese. It is known worldwide that he is a spy, not a Japanese.
迎えにきたジープ p.200-201 Kaji has always been among the spies, so he considers himself not a spy. However, a person like him should not be treated as a Japanese. It is known worldwide that he is a spy, not a Japanese.

しかし記事はもう少し前、例のスメドレー女史(註、ゾルゲ事件の立役者の一人)から金をもらって、香港へ飛んだあたりから始めてもらいたかった。ただし資料を集めるに苦労は必要で、内山完造

グループは口が堅いし、平沢さくら(註、鹿地氏の前夫人)では、彼と一緒になった当時、黄浦口に飛び込んで自殺しかけたオノロケ話位しかできまい。

やはり当時の特務機関か、領事館警察の連中を探し出さなければなるまい。副産物として、当時一挙に陸、海、外務の一流を屠った新公園事件(註、重光外相が片足を失った事件)など明らかになると思う。

日本も再軍備するとなれば、諜報部隊がなくてはならないのは自明の理で、謀略といえば聞えが悪いが、謀略必ずしも破壊的なものではない。日本軍唯一の正統謀略将校松井太久郎中将は、中国の古都北京を、当時の敵将宗哲元との取引で戦火より救っているなど、謀略将校でなければやれない面がある。松井氏は大佐になって正服を着たが、私服時代の在露時代に捕まり死刑寸前ということになったが、日本で捕ったソ連スパイとの交換で危うく帰国できた話なぞ面白い。

とにかく、この鹿地事件は、鹿地自身がいつもスパイの中にいたため、自分をスパイでないと思っている所に、ピントが外れた話になってきている原因があるのであって、彼は日本人ではなくスパイ人であることは、世界的に知られているのであるから、恥をかかぬようにくれぐれもお願いする。

*  *  *

鹿地事件、興味深く拝見しました。小生は上海時代に同人の妻君池田幸子と同一の家に住んでいましたが、鹿地が重慶に行く時の主役は幸子で、幸子は国立山東大学で勉強し中国語も優秀で、上海での彼女の動静は微妙のものであった。

鹿地は中国語は大したことなく、蔭の力は幸子であって、幸子の身元を洗えば興味あると思う。

幸子とかって同棲していた佐々木四郎は、右翼岩田の子分で、佐々木が上海工部局(註、警察)を辞めた時の原因は幸子とのトラブルで、佐々木と幸子とを結婚させようと話をしたのは、国警本部のピストル訓練を担当しておった塚崎正敏であった。国警への紹介は元工部局警視総監渡部監弌であったときいている。

鹿地を日本の人間として考える時は、いささか愛国的な線から外れている。彼の如きは敬遠すべきもので日本人として扱うべきではあるまい。

このような手紙にみられる通り、事件そのものは極めて簡単な話である。

娼婦が客を相手取って強姦の告訴事件を起したと思えばよいのであって、反米感情という政治的な含みから、左派社会党の猪俣代議士がこれをジャーナリスティックに利用した著意と手腕は買うが、娼婦の抱え主ならば『告訴する』といきまく娼婦に対して『お前のもてなしが悪いからだ』とさとすのが良識というものであろう。

だが、三橋氏は違う。彼は実直なサラリーマンであり、従順な兵隊であったのである。技術者としての彼の人生観が、事件そのものを割り切って考えられたから、無事に生きていられる

のであって、割り切れなかった佐々木克己氏は死をえらんだではないか。

迎えにきたジープ p.208-209 鹿地・三橋スパイ事件日誌

迎えにきたジープ p.208-209 Kaji / Mitsuhashi Spy Case Diary September 24th to December 29th, 1952
迎えにきたジープ p.208-209 Kaji / Mitsuhashi Spy Case Diary September 24th to December 29th, 1952

鹿地・三橋スパイ事件日誌

▽昭和二十七年

九月二十四日 米軍による鹿地氏不法監禁という、いわゆる鹿地事件英文怪文書が大阪国際新聞社に送られ、「鹿地事件」がジャーナリズムに取上げられた。

十一月九日 鹿地亘氏(48)=本名瀬口貢、東京都新宿区上落合一ノ三六〇=は、昨年十一月二十五日午後六時すぎ転地療養先の神奈川県藤沢市鵠沼で散歩に出たまま行方不明になっていたが、同氏夫人の池田幸子さん(42)が藤沢署に捜査願を提出した。

十二月六日 日中友好協会内山完造氏(68)と鹿地氏夫人池田幸子さんら近親者が『鹿地氏は米軍に

不法監禁されている。私は六月まで一緒にいた』という元駐留軍コック山田善二郎氏(24)を伴い、港区芝車町六二の左社代議士猪俣浩三氏を訪れ鹿地氏の救出措置を依頼した。

同七日 一年余にわたり失踪していた鹿地氏は同夜八時半ごろ突然新宿区上落合一ノ三六の自宅に帰ってきた。

同八日 猪俣浩三氏は衆院法務委員会で、鹿地氏からの「私は訴える」という声明書を発表した。

同九日 在日米軍スポークスマンは八日夜、鹿地氏が米軍に監禁された旨の日本の新聞報道について、『鹿地氏は二十六年末に尋問のため一時監禁されたが、その後釈放されている』と語った。

三橋正雄氏(39)=東京都北多摩郡保谷町下保谷二三八=が国警東京都本部に自首、当局では電波法違反で取調べを始めたところ『私は米軍の鹿地氏逮捕の真相を明らかにするために自首した』と、自供した。

同十日 鹿地氏は衆院法務委員会で証人に立ち、昭和十三年三月の漢口の国民政府軍事委員会顧問の反戦運動時代から咋年十一月米軍に拉致され、そして釈放されるまでの経緯を証言した。

同十一日 在日米大使館は鹿地氏失踪以来の沈黙を破って『鹿地氏の逮捕は外国スパイの容疑だった』と発表。また国会でも岡崎外相、齋藤国警長官らが衆院法務、参院外務各委員会などで『鹿地氏にはスパイの疑いがある』と言明した。

同十二日 電波管理局では三橋氏の自供により同夜十一時四十五分から三十分間にわたりソ連からの

無電連絡の呼出しのコールサインをキャッチした。その発信地はウラジオストックであることが確認された。

同十四日 国警都本部では三橋氏は昨年五月、某国人の紹介で鹿地氏と知り合い、鹿地氏が米軍に逮捕されるまで都内や江の島電鉄鵠沼駅付近などで、前後六回街頭連絡していたと自供したことを明らかにした。

同十五日 国警都本部は三橋氏が『アメリカにも通報していた』と自供したことから、二重スパイと認定した。

同二十三日 鹿地氏夫妻は衆院法務委員会で、三橋氏とのレポの模様や米軍により沖繩へ連行されたことなどを証言した。

同二十九日 東京地検は三橋氏を電波法第百十条第一号(免許をうけず無線局を開設する罰則)で起訴した。

最後の事件記者 p.218-219 菊池寛賞、新聞部門第一回受賞

最後の事件記者 p.218-219 これは、独立直後の日本で、占領中からの特権を行使して支配を継続しようとした、不良外人たちに対し、敢然と下した、日本ジャーナリズムの、最初の鉄槌であった。
最後の事件記者 p.218-219 これは、独立直後の日本で、占領中からの特権を行使して支配を継続しようとした、不良外人たちに対し、敢然と下した、日本ジャーナリズムの、最初の鉄槌であった。

私は原部長と相談して、書く時期をみることになった。外務省のヤミ取引、というか、倭島局長のマニラ在外事務所長時代のヤミ取引で、ルーインのヤミ入国という特ダネは、まだしばらく

秘められることになった。

だが、書くべき時は間もなくやってきた。そして、この事実を重視した、衆院法務委員会が、社会党猪俣代議士の質問で追及した。その当日、委員会の記者席に坐っていた私の前を、倭島局長が通りすぎようとした。彼は政府委員として、この事件の責任者だ。

フト、彼の視線に私の姿が入ったらしい。彼は、一、二歩、通りすぎて立止った。クルリと振り向くと、グッと私へ憎悪の目を向けてニラミすえた。そして、政府委員席へと歩き出した。猪俣委員の鋭い質問がはじまるや、局長と、新聞のコラム欄では、「取引を外交と思いこんでいる」とヤジられて、すっかり男を下げてしまったが、これが二十八年七月九日のこと。

やがて、八月になると、ルーインが局長へ手紙をよこして曰く。

『私は、貴殿が、私の入国の協力者として、恥をかかれたとお思いなら、心からお詫び申しあげます……』

この「東京租界」は、十月二十四日から十一月六日までの間、タッタ十回ではあったけれども、続きものとして連載された。まだまだ材料はあったのだが、十一月十日の立太子礼のため、打切らざるを得なかった。

これは、独立直後の日本で、占領中からの特権を、引続き行使して、その植民地支配を継続しようとした、不良外人たちに対し、敢然と下した、日本ジャーナリズムの、最初の鉄槌であった。

そして、この続きものをはじめとするキャンペーン物で、読売社会部は、文芸春秋の菊池寛賞、新聞部門第一回受賞の栄を担ったのであった。