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迎えにきたジープ p.116-117 メジャー・田上の名前は耕作

迎えにきたジープ p.116-117 "In my judgment, he is the de facto director of the information department of the representative of Soviet, and is definitely Captain Kirikov, who arrested Japanese bacterial war criminals in the Khabarovsk trial."
迎えにきたジープ p.116-117 ”In my judgment, he is the de facto director of the information department of the representative of Soviet, and is definitely Captain Kirikov, who arrested Japanese bacterial war criminals in the Khabarovsk trial.”

戦死者としてすでに軍籍も失っていた彼は、そこで意外にも嘗つての上官、露人班々長や保

護院長だった青木大佐に解逅した。大佐は飛行機で内地へ帰り、今はその対ソ工作の腕を買われて、CICの秘密メンバーとなっていた。対ソ情報については流石の米国も、元日本軍人の協力を乞わねばならなかったのであった。

東京の顔、銀座。そして夜の銀座の裏通。バンドの旋律に乗って嬌声のこぼれる西銀座も、四丁目から京橋寄りに入ると、幾分静かになって何かホッとした感じになる。

スカッとした二世スタイルになった勝村は並木通りに入る。外人兵の集まるクラブのはずれに進駐軍ナムバーの車が沢山駐車している。時計をみて勝村はウインドウを覗いた。尾行を調べる習慣的な動作だ。

彼を乗せた一台の車が静かにスタート。諜報将校で二世には少ない少佐だった。ラジオを入れて音楽を流す。バックミラーを睨みながら尾行する車があるかどうか注意する。朝鮮動乱が始まってからようやく一年になろうとしていたので、米国も必死になって対ソ諜報に努力を傾けていた。

『御苦労さん。写真の男判りましたか?』

『一九五一年、つまり今年の三月廿三日芝浦入港のソ連船スモールニー号で入国した男です。

資格はシビリヤンで代表部雇員、エゴロフということになってますがね』

『トンデモハップン、ですか。ハハハ』

メジャー・田上は冗談を飛ばしながら、スッと車を走らせて東銀座へ渡り、小さなバーのネオンの下に停めた。二人きりの車内、ラジオを流して盗聴を防ぎ、しかも盛り場の明るい灯の真下で、通りすがりにでも車内の顔をみせないという心くばりだ。

『私の判断では、事実上の代表部情報部長であり、例のハバロフスク細菌戦犯の摘発をやったキリコフ大尉に間違いないですね』

『キャプテン・キリコフは進級したよ』

『ホウ、そうですか。その功によりですな』

『キリコフか?』田上少佐は溜息をもらしながら、また車を移動した。

『最近の動きをみていますと、例のUSハウス九二六号が、大尉(カピタン)・キリコフ、いや、少佐(マイヨール)・キリコフですか、奴の根拠地です。あの辺は米軍の部隊ばかり……』

『燈台下暗しでしたね』 メジャー・田上の名前は耕作といった。名前を説明して『耕やす作ると書きます。私の父は百姓ですから……』と笑うような二世だった。日本人の気持が良く判るのでこの仕事も旨く行くのだろう。

迎えにきたジープ p.118-119 帰国した大谷小次郎元軍医少将

迎えにきたジープ p.118-119 If it turn out that Kirikov arrive, he is the authority of the germ war, so we must pay attention. He will probably contact Maj. Gen. Otani, so let's arrest there.
迎えにきたジープ p.118-119 If it turn out that Kirikov arrive, he is the authority of the germ war, so we must pay attention. He will probably contact Maj. Gen. Otani, so let’s arrest there.

『それで……、メジャー・田上。五十年四月の信濃丸で帰国した大谷小次郎元軍医少将のこと覚えていますか』

勝村が緊張した表情になったので、田上少佐も鋭くバックミラーを覗いた。

『あの人の行動は確かにおかしいですね』

『そんな呑気なことぢゃ困りますよ。大谷少将は習志野のメムバーになってるのを知ってますか。馬鹿々々しい』

『エ、あの石井部隊長の処にいるッて?』

『そうです。私も昨日はじめて知ったのですが、米軍も横の連絡が悪いのは日本軍と同じですなあ』

さすがに田上も顔色が変った。

『キリコフが着任したとなると、細菌戦のオーソリティだけに気を付けないとなりませんよ。奴はきっと大谷少将に連絡をとるでしょうから、その現場を押えましょう』

『是非、そうして下さい。私の方では、彼と一緒に帰った将官連中から、貴方へ情況を知らせましょう』

『メジャー・田上。並木元少将のことでしょう?  御存知でしょうが彼は二重諜者(ダブルスパイ)ですから充

分注意して下さい』

『ハイハイ。ミスター・勝村。私はいつも叱られてばかりですね』

車は東京温泉の前で止った。

『オット、忘れていました。頼まれていた例の証明書です』

田上が差出す小さな紙片を、勝村はうなずきながら受取った。

自動車年式オヨビ型式
一九四二年 ポンティアック箱型
車輛登録番号 三〇七九四
所有者 ——
関係者各位
重大ナル交通違反オヨビ事故以外、当自動車ハ抑留サルルコトナク、又運転手オヨビ同乗者モ尋問サルルコトナシ
警視総監 田中栄一 印

その紙片にはこう書いてあった。大変な許可証である。もちろん、こんな許可証はこれ一枚限りで、他には発行されていないことはいうまでもない。

迎えにきたジープ p.120-121 細菌戦の権威は習志野に

迎えにきたジープ p.120-121 Bacteriology in Japan was at the top level in the world, and advanced in the field of bacterial warfare. The aim of the Soviet rapid invasion was to obtain the flawless research results of Ishii Unit.
迎えにきたジープ p.120-121 Bacteriology in Japan was at the top level in the world, and advanced in the field of bacterial warfare. The aim of the Soviet rapid invasion was to obtain the flawless research results of Ishii Unit.

田上が差出す小さな紙片を、勝村はうなずきながら受取った。

自動車年式オヨビ型式
一九四二年 ポンティアック箱型
車輛登録番号 三〇七九四
所有者 ——
関係者各位
重大ナル交通違反オヨビ事故以外、当自動車ハ抑留サルルコトナク、又運転手オヨビ同乗者モ尋問サルルコトナシ
警視総監 田中栄一 印

その紙片にはこう書いてあった。大変な許可証である。もちろん、こんな許可証はこれ一枚限りで、他には発行されていないことはいうまでもない。

勝村は例のドライヴごっこを受持ったのだが、尾行中に交通巡査に止められて、モロトフを逃すことがしばしばだったので、田上に警視総監の特別許可証を頼んでいたのだった。眼を通した勝村はニヤリと笑った。

『ありがとう。総監もこんな証明書を出したのは生れて始めてでしょうナ』

勝村は大仰な身振りで別れを告げて、東京温泉の中に吸い込まれた。この建物も外人記者たちの報じたように〝東京らしい歓楽境〟の一つだ。

——大谷が習志野学校にいるとは、飛んでもない話だ。すでに内容は盗まれているかも知れない!

メジャー・田上は車を走らせながら、いつか勝村から受けた報告を想い出した。それは平壤の細菌試験所長チェレグラワー女史と大谷少将が協同でやったハルビンの生体解剖事件のことだった。

昭和二十年八月九日、ハルビンの石井部隊ではソ連の参戦を知って、てんやわんやの騷ぎだった。同夜中に林口、海林、孫呉、ハイラルの四支部に対して業務用建物、宿舍、設備、資材一切の書類の焼却命令が暗号電報で打たれた。同時に本部でも重要な施設や書類は直ちに朝鮮と内地とに移し、残りは爆破、焼却された。

しかし石井部隊の成果は、部隊長とともに飛行機で内地に帰ってきたのである。日本の細菌学は世界でも一流であり、細菌戦に関しても進んでいた。ソ連の迅速な進撃の狙いは、石井部隊を無瑕のまま押えることにあった。その成果をそっくりそのまま頂戴しようというのだ。

ドイツを占領したソ連軍は、光学器械で有名なツアイス・イコンの工場をそのまま押さえ、工場施設から技師、工員にいたるまで、そのままウクライナのキエフに移して生産を再開させた。そしてコンタックスと寸分違わぬカメラ「キエフ」を作った伝である。

ソ連側の企図は完全に成功しなかったが、ハバロフスク裁判の被告をみると、関東軍軍医部長医博梶塚中将、石井部隊製造部長医博川島少将、同教育部長西中佐、同製造部課長柄沢少佐、同支部長尾上少佐、第五軍軍医部長佐藤少将、関東軍獣医部長高橋中将らの幹部や、細菌学専門家を押えているので「矯正(強制?)労働として、石井部隊の再現と、その研究を進めさせるだろうことは想像に難くない。

一方撤収した施設は、南鮮で米軍に押えられ、千葉にあった習志野学校もまた接収された。試みにあの習志野原を横断して見給え。

米式装備で演習に励んでいる自衛隊に気を奪われて、何気なく見落してしまいそうだが、昔の習志野学校は厳重に鉄条網が張りめぐらされ横文字の札が立っている。内地に帰った細菌戦

の権威は今迎えられてここの研究指導を行なっているのだ。まさに日本の研究は米ソ両国に山分けされたことになる。

最後の事件記者 p.146-147 新聞記者の功名心だって?

最後の事件記者 p.146-147 『どういう目的で書いたか? こんなことをバクロすれば、ソ側スパイに殺されると思わないか。生命が惜しくないのか? 怖くないのか』
最後の事件記者 p.146-147 『どういう目的で書いたか? こんなことをバクロすれば、ソ側スパイに殺されると思わないか。生命が惜しくないのか? 怖くないのか』

しかし、実際には私もこわかった。「スパイは殺される」という。所轄の北沢署に保護を頼んだり、一日中社へよりつかなかったりした。ある夜などは、私の帰りを待ちくたびれた妻が、深夜にフト眼覚めて、用足しに階下へおりようとして、二階の踊り場から見通しの階段へ一歩踏み出した。

アッと、もう少しで叫び出して、階段から転がり落ちそうになった。玄関のドアにはまったガラス、その上のラン間のガラスに、一条の懐中電燈の光りが走っている。

その光りは、標札の文字でも確かめているらしく、瞬時にして消えた。耳を澄ます妻には、玄関を去ってゆく足音さえ聞えない。背筋を冷たく氷が走って、片足は階段に踏みだしたまま、もう身動きができなかった。

その夜、私は帰宅しなかった。妻は今でもその時のことを想い出しては、

『あれほど恐かったことは、まずちょっとなかったわね』

という。あの懐中電燈の光の主が保護を頼んだ警官なのか、或いは郵便配達か、また〝黒い手〟の人だったのか、とうとう判らない。

『危いから、待伏せされてるかも知れないと考えて、あなたが帰ってこなければいい、と願ったわ。外泊を祈ったのは、後にも先にもこれだけね』

新聞記者の功名心

意外な反響は、米軍側のものだった。東京駅前の郵船ビルのCICが、私と私の記事とを疑ったのである。「どうしてこの事実を知ったか」「なぜ記事にしたのか——危険だと思わないのか」の二点に集中されて、私への疑惑を露骨に出した調べだった。

調べ官はハワイ生れの二世で、田中耕作という中尉だった。「私の父は百姓なので、コーサクとは、耕す作ると書くんです」というほど、日本人らしい二世だったが、調べは厳しかった。

『どういう目的で書いたか? こんなことをバクロすれば、ソ側スパイに殺されると思わないか。生命が惜しくないのか? 怖くないのか』

これに対して私の答は簡単だ。

『書いたのは新聞記者の功名心からだ。生命も惜しくない。戦争と捕虜とで、二度も死んだはずの生命だ。新聞記者として仕事のために死ぬのは本望だ。自分の記事のために死ぬなんて、ステキだ』

『新聞記者の功名心だって? 生命の危険を冒した功名心? 信じられない、納得できない』

最後の事件記者 p.148-149 事故を装ったコロシですよ

最後の事件記者 p.148-149 だが、このCICの係官の疑問は、そのまま日本の治安当局に引継がれて、今だに「三田記者はソ連の秘密工作員だ」という、報告書が当局へ提出され、それがファイルされている。
最後の事件記者 p.148-149 だが、このCICの係官の疑問は、そのまま日本の治安当局に引継がれて、今だに「三田記者はソ連の秘密工作員だ」という、報告書が当局へ提出され、それがファイルされている。

『新聞記者の功名心だって? 生命の危険を冒した功名心? 信じられない、納得できない』

この中尉にどんなに説明しても、とうとう判ってもらえなかった。この事実を知っていることは記者自身が幻兵団、すなわちスパイ誓約者であるか、どこからか、資料の提供をうけたということ。秘密組織をバクロすることに伴う危険を、おそれず記事にしたということは、危険がないことを保証されている。ひっくり返すと、安全を保証されて、資料の提供をうけて記事にした。その意図は何かということだ。

すると、その答は、ソ連側と了解の上で、反ソ風に装ってアメリカ側に近づく目的で書いたに違いない、とみられたのであった。

だが、このCICの係官の疑問は、そのまま日本の治安当局に引継がれて、今だに「三田記者はソ連の秘密工作員だ」という、報告書が当局へ提出され、それがファイルされている。

ある当局の親しい係官に、その後ずっとたってから、またたずねてみた。

『最近、当局ではオレのことをどうみているンだネ。依然として、反動を偽装している〝赤の手先〟とみているンかネ』

『それについて、ワシの方には別にデータも出ていないようだが、しかし…』

この〝しかし〟がクセモノである。

『しかし、幻兵団の記事を書いた動機は、いまだにナゾですナ。危害を与えるに値しないと先方が判断したのか、危害を加えられないという保証があったのか、依然としてナゾだとみているンだ』

やはり、この生命の危険を冒した記者の功名心は、どこでも、誰にでも、判ってもらえないらしい。

判ってもらえないばかりではない。危険はツイ眼の前まできていたのだった。当時の法務府特審局(現公安調査庁)の吉橋調査第一部長が私に忠告してくれたのである。

同局がある共産党の細胞か何かを捜索した時に、押収した文書の中に、「読売三田記者を合法的に抹殺せよ」という、極秘指令を発見したというのだ。

『合法的ということは、事故を装ったコロシですよ。第一が交通事故、信号を無視したり、酔って道路を横断したりなさるナ。それから駅のプラットホーム。これは電車が進入してきた時に、突き落されるのです。酔ってたので、足がからんでブツかった、などと事故にされちゃうよ。それと、高い所もダメですよ』

吉橋部長は、一応まじめな顔で、

『ともかく、当分は気をつけた方がいいですよ』と、親切に忠告してくれた。